1986年にアナーキストのイギリス人アラン・ムーアによって生み出されたコミック=グラフィックノベルが「ウォッチメン」です。
それまでの子供向けと言うコミックのイメージを一新したこの作品はコミックのアカデミー賞と呼ばれる“アイズナー賞”を受賞し、1988年にはSF作品に対して贈られるヒューゴー賞を受賞、2005年には“タイム誌”が選ぶ「アメリカの長編小説100選」の中に唯一コミックから選ばれた記念碑的作品です。
2009年にザック・スナイダー監督の手で映画版『ウォッチメン』が作られましたが、映画だけでは「ウォッチメン」のすべてを知るのは無理です。
そこで、今回は無理を承知で『ウォッチメン』の映画とコミック両方を解説していきます。
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目次
『ウォッチメン』作品情報
作品名 | ウォッチメン |
公開日 | 2009年3月28日 |
上映時間 | 163分 |
監督 | ザック・スナイダー |
脚本 | アレックス・ツェー デイヴィッド・ヘイター |
原作 | アラン・ムーア デイブ・ギボンズ |
出演者 | ジェフリー・ディーン・モーガン ジャッキー・アール・ヘイリー マシュー・グード パトリック・ウィルソン マリン・アッカーマン ビリー・クラダップ マット・フリューワー |
音楽 | タイラー・ベイツ |
【ネタバレ】『ウォッチメン』あらすじ・感想・原作解説
『ウォッチメン』基本設定
物語の主な時代は米ソ冷戦真っ只中の第3次世界大戦の脅威が迫る1985年のアメリカ。
ウォーターゲート事件は起きておらず、ニクソン大統領が異例の3選を果たしたアメリカというIFの世界を描いた物語です。
“主な”と書きましたが、実際にコミックを読むと第2次世界大戦以前1930年代から話が始まっています。
この時期、アメリカでは同時多発的に覆面(=マスク・フード)を被ったヒーローが登場して、独自の自警活動を始めるようになります。
村松 健太郎
やがて、ヒーローたちは最初のヒーローチーム“ミニッツメン”を結成、アメリカの国威発揚の一翼を担うなど徐々に政治と密接になっていきます。
その後、次世代のヒーローたちが新たなチーム“ウォッチメン”を結成します。
しかし、法律に則るわけでもなく国家に帰属するわけでもないヒーローの正義に疑問の声が上がります。
そしてとうとう“WHO WATCHES THE WATCHMEN”(誰がウォッチメンを見張るのか?)の合言葉のもとヒーローたちの行動を規制する条例(=発案した議員の名前を取ってキーン条例)が施行されるとヒーローたちは事実上の引退状態になります。
それが1977年のことです。
村松 健太郎
主要キャラクターたちを紹介
ここで、『ウォッチメン』のヒーローたちに触れていきます。
第一世代ともいうべきキャプテン・メトロポリスやフーデッド・ジャスティスが1930年代に登場、後に“ミニッツメン”となるメンバーです。
中には初代シルクスペクター、後に本名で自伝を書くナイトオウル1世、ダラー・ビルやモスマン、実はLGBTQであったシルエットなどが集まってきます。
この“ミニッツメン”の最年少メンバーが極端なアメリカ第一主義者のコメディアンです。
その後、1960年代になると次の世代のヒーローたちが新たなチーム“ウォッチメン”を結成します。
メンバーは原子力実験中の事故から帰還したことで文字通り世界で唯一の超人となったDr.マンハッタン。
自らをアレキサンダー大王や古代エジプトのファラオ・ラムセス2世に重ねる超天才オジマンディアス。
初代シルクスペクターの実の娘の2代目シルクスペクター。
初代に弟子入りし名前を継いだナイトオウル2世。
パラノイアで極右・原理主義的思想の持ち主という危険人物ロールシャッハ、
それに“ミニッツメン”のメンバーだったコメディアンを加えたのがウォッチメンの6人です。
しかし彼らの活動期間はわずかだけ、その後、キーン条例と前後してまずオジマンディアスが本名エイドリアン・ヴェイトという本名と素性を明らかにします。
オジマンディアスは自身のグッズや著作物などで巨万の富を築きます。
キーン条例施行以後、ヒーローとしての活動を許されたのは.マンハッタンとコメディアン。
Dr.マンハッタンは生きる核抑止力としてアメリカの守護者となりベトナム戦争に介入しアメリカを勝利に導きます。
コメディアンは時の政権につながり秘密工作員のような立場となります。
村松 健太郎
彼らの活躍もあって本来は2期目の途中で辞任したニクソン大統領が3期目を務めているという状態が生まれます。
ナイトオウル2世は銀行家だった父親が残した遺産もあるので、市井の人として静かに暮らします。
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2代目シルクスペクターはDr.マンハッタンの恋人として彼に付き添う生活を送り、名前も本名のローリーで通しています。
そして、ロールシャッハは非合法となった自警活動を継続、警察に追われる身になりながら自身の正義の執行を続けています。
そんな中コメディアンが謎の死を遂げ、ここから『ウォッチメン』の物語がやっと始まります。
アメリカの男性を象徴したヒーローたち
ウォッチメンのメンバー、特に男性キャラクターはアメリカの様々な一面を切り取っていると言っていいでしょう。
Dr.マンハッタンは原爆開発計画“マンハッタン計画”そのままのネーミングで、さらにヒーローとなると若い女性に乗り換えたりするのものアメリカ人男性セレブにありがちなパターンですね。
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コメディアンはシニカルなスーパーマン、それと、マーベルのヒーローですが、キャプテンアメリカにジョーカーを混ぜ合わせたような存在です。
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イギリス人のアラン・ムーアは海の向こうからアメリカのヒーローたちの姿を見て、“本来はこっちだろう?”と言ったメッセージを込めてキャラクター造形をしています。
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一方で、ヒーローとしての活動を抑制されているので男性としては微妙な感じを抱えていていわゆる“ミドルエイジクライシス”の状態です。
映画では結構2枚目に描かれていますが、コミックでは中年太りが目立ちます。
オジマンディアスはリベラルな白人エリートの象徴で、自分が天才でDr.マンハッタンを除けば限りなく超人に近い存在であることを自覚している存在です。
そして、ロールシャッハは複雑な家庭環境を経て自身の正義を非合法な形で貫く孤独な男。
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アラン・ムーアはそもそも変な扮装をして自警活動をする人間は自己顕示欲の強い危うい存在だと考えている部分があって、『ウォッチメン』ではヒーローの反社会性という部分をことさらに際立たせて、ヒーローとは何なのか?と言うことを突き詰めています。
ロールシャッハが追う陰謀とは
物語は冒頭で謎の刺客によってコメディアンが殺され、それをロールシャッハが追っていくというスタイルを取っています。
かつてのヒーローだった者たちが狩られていると感じたロールシャッハは、“ウォッチメン”のメンバーだった仲間たちの元を訪ねて回ります。
ここで、元“ウォッチメン”の現在と個々のキャラクターの深堀りが語られます。
ロールシャッハの危機感はなかなか相手に伝わりませんが、今度はDr.マンハッタンがかつて関わっていた人々(元恋人、元同僚、ヴィラン)が癌を患っていることをマスコミに責め立てられ、人間との関係が煩わしくなった彼は地球上から姿を消し、火星に居場所を見つけます。
コメディアンが殺されて、Dr.マンハッタンが誘導された世論で地球を去ったことを見たロールシャッハは自分の疑念に確固たるものを感じます。
一方、Dr.マンハッタンのもとを去った2代目シルクスペクターはナイトオウル2世のもとへ行き、美しく若々しいシルクスペクターとの関係が深まっていくとナイトオウル2世は失いかけていていた自信を取り戻します。
そしてロールシャッハの捜査はとてつもない陰謀に突き当たることになります。
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『ウォッチメン』映画化への経緯
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1ページ3×3の9コマを基本とする書式に、日本の漫画に慣れている人は最初は苦労するかと思います。
実際読んで見ると1940年代のコミックも当時からダイナミックでキャラクターの躍動感をバリバリ感じさせてくれるコマ割りの工夫が行われてたので、80年代のウォッチメンの3×3は完璧に演出された結果のものだというのは本当周知されるべきなんですよね… pic.twitter.com/b10dZvGH8d
— ラジアク (@bigfire_tada) November 14, 2016
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時計(=watch)にならって12章で構成され、さらにその間に劇中の人物が、または第3者が劇中の人物について書いた書物のエピソードが挿入されています。
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「ウォッチメン」はコミックという形態をとることで、物語の受け手にページを戻させたり、進ませたりすることで成立する話です。
それを”一方向の物語の経過“しか描けない映画と言う方法に移し替えることが果たして可能なのか?その難題に多くの映画人が関わってきました。
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また、プロデューサーのジョエル・シルバーやローレンス・ゴードンなども映画化に動き、Dr.マンハッタン役にはアーノルド・シュワルツェネッガー、ロールシャッハにはロビン・ウィリアムズという話もあり、他にもナタリー・ポートマンやジュード・ロウ、ケヴィン・コスナーの起用案もあったそうです。
原作者のアラン・ムーアに直接脚本執筆の依頼も行ったそうですが、アラン・ムーアは映画化に関しては一切ノータッチで通す人物で、『V・フォー・ヴェンデッタ』や『フロム・ヘル』などが映画化された時には原作としてクレジットされることを拒否しています。
最終的に2009年に公開された映画の『ウォッチメン』にもアラン・ムーアはクレジットされず、よってコミックを映画の原作として扱っていいかどうか自体にも議論があります。
監督ザック・スナイダーの経歴
“「ウォッチメン」を映画化する“と言う難題に挑んだのはザック・スナイダー監督。
後に『マン・オブ・スティール』『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』などのDC映画を担当しました。
PVやCMを多く手掛けジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』をリメイクした2004年の『ドーン・オブ・ザ・デッド』で長編映画デビューしたザック・スナイダー。
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その後、アラン・ムーアと並ぶ伝説のアメコミ作家フランク・ミラー原作の『300 スリーハンドレット』の映画化に着手します。
大国ペルシャからの100万人の軍勢VSレオニダス王率いるスパルタ軍300人との激闘を描いたアクション作品ですが、見どころはなんといってもコミックのコマの再現度。
背景をほぼフルCGで再現して、動くコミックを完成させました。
そんなザック・スナイダー監督はコミックからの改編を一切行わないことを条件に「ウォッチメン」の映画化を引き受けました。
『ウォッチメン』におけるザック・スナイダーのこだわり
コミック第一主義に基づいて映画を作り始めたザック・スナイダーは1ページ3×3コマの『300 スリーハンドレッド』の時の技術と200近い実物セットを組み合わせて撮影に備えました。
それはニューヨークの街並みからベトナム・サイゴンのBAR、ニクソン大統領が世界情勢を見守るNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)、オジマンディアスのオフィスまでに及びました。
メインキャラクターのコスチュームも多くのはコミックを踏襲しており、特にオープニングで描かれるミニッツメンの再現度は見事です。
一方でナイトオウル2世のコスチュームは元ネタがバットマンであることをさらに極端にしたデザインに変わっていますし、2代目シルクスペクターのコスチュームはより一層ボディラインが出るコスチュームになっています。
ウォッチメンの中で最も庶民の目線・立ち位置にいるのがこのナイトオウル2世と2代目シルクスペクターですが、外見的な変更は中盤のボリュームアップされたアクションシーンのためかガラッと変わった外見になっています。
Dr.マンハッタンは基本的に裸の人なので青く光るスキンヘッドのままです。
オジマンディアスがユニフォームはもちろん、外見もかなり変わっていてこれに関しては爬虫類顔のマシュー・グードと言うキャスティングも含めて賛否別れています。
一方で、元子役から長い雌伏の時を経てキャリア復活したジャッキー・アール・ヘイリーのロールシャッハとコメディアン役のジェフリー・ディーン・モーガンは見事なキャスティングとしてコミックファンからも歓迎されました。
ザック・スナイダー監督はコミックの完全再現にこだわり『ウォッチメン』は2時間43分と言う長尺の映画として公開されます。
村松 健太郎
『ウォッチメン』映画と原作の違い
しかし実は、コミック第一主義と言いつつもザック・スナイダー監督は『ウォッチメン』においていくつかの部分で大きな変更と刈り込みを行っています。
キャラクターで言えば意図的なのか製作上の制約なのかわかりませんが、ロールシャッハは原理主義的なキリスト教信者でパラノイアで極右と言う原作のキャラクターが薄まっています。
村松 健太郎
オジマンディアスについてはキャラクター的には変更点は無いのですが、本来圧倒的に陽性なスーパーヒーローでなくてはいけない中で、マシュー・グードというキャスティングもあって“最初から腹に一物ある”ように見えてしまっています。
オジマンディアスについては基本的に変更していない部分が多いにも関わらず、観客にコミックと映画とでは全く違う印象を与えたことになりました。
村松 健太郎
原作「ウォッチメン」の結末
全ての絵を描いていたのはオジマンディアスでした。
オジマンディアスは遺伝子操作によって生み出した怪物”通称イカ“を世界の主要都市に出現させ、大量破壊と大量殺戮を起こします。
ロールシャッハ、ナイトオウル2世、2代目シルクスペクター、そしてDr.マンハッタンはこの暴挙を止めるために南極の秘密拠点に集まりますが、そこで彼らを出迎えたオジマンディアスは自分の行動の真意を語ります。
彼の狙いとは米ソ対立が深まり第3次世界大戦(=核戦争)一歩手前にあるこの世界に対して、国やイデオロギーを超越した“普遍的な脅威”を創り出して、対立などしている場合ではないという状況を強制的に作り出すことでした。
秘密基地のモニターには大惨事と共に冷戦の枠組みを超えた平和への活動を宣言する各国首脳の姿が描かれています。
この様子を見てオジマンディアスは涙を流しやったぞ!と両手を突き上げます。
オジマンディアスは数百万人の犠牲のもとに世界に平和をもたらしたことになります。
この極端な行動に戸惑うことしかできないシルクスペクターとナイトオウル。
怒り狂いことを公にしようとするロールシャッハ。
Dr.マンハッタンはことが起きてしまった今となっては真実を公にしてやっとなしえた平和を失うのは非論理的だと判断して口を閉ざすことを決め、ロールシャッハを手にかけた後、地球を去ります。
と、このように原作「ウォッチメン」は究極の選択を描く結末で終わっています。
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映画『ウォッチメン』の結末
コミックではオジマンディアスがイデオロギーや国籍を超越した共通の普遍的な脅威となる怪物”イカ”を創り出すことで、強制的に平和をもたらしましたが、映画ではDr.マンハッタンの力の暴走と言う風にアレンジされています。
村松 健太郎
当時の極端に緊張が高まった米ソの冷戦状態を背景にして強制的な平和に導くというのがアラン・ムーアの狙いでしたが、アメリカ側の守護者であるDr.マンハッタンの力の暴走と言うことでは、かえってソ連側に緊張感を与えてしまうのではないかな?と言うのが正直なところです。
そして、これは細かいところですが、実に大きな意味があるのが最後のとある新聞社での会話のシーン。
コミックでは俳優のロバート・レッドフォードが大統領候補になるというセリフがあるのですが、これが映画ではロナルド・レーガンに変わっています。
コミックでロバート・レッドフォードの名前が挙がるのは彼がリベラルエリートの代名詞ともいうべき存在だからです。
村松 健太郎
一方、ロナルド・レーガンは実際に大統領になった保守的でタカ派の政策を取った人物で、ロバート・レッドフォードとは全く別のタイプの人物です、確かにハリウッドの俳優でしたが…。
明らかにアメリカの中にいるDr.マンハッタンの暴走と、平和の実現した世界には合わないタカ派政治家のレーガンの名前、コミックの「ウォッチメン」が描いていた”究極の選択によってもたらされた究極の平和“というもと微妙にズレが感じてしまう映画でした。
『ウォッチメン』まとめ:ドラマ版『ウォッチメン』に続く物語
順番はどちらでも構いませんが、映画の『ウォッチメン』を見ただけで「ウォッチメン」全体を把握できたとだけは思わないでくださいと言うのが正直なところです。
村松 健太郎
確かにかなりのボリューム感と情報量のあるコミックですが、巣ごもりのお供に最適です。
ちなみに「ビフォア・ウォッチメン」と「ドゥームズデイ・クロック」と言う後を受けた作品がありますが、アラン・ムーアが全くタッチしていないシリーズなので、こちらには手を伸ばさなくてもいいです。
そして2020年4月22日から日本でも配信が始まった”ポスト『ゲーム・オブ・スローンズ』“の1本としてHBOが制作したドラマ『ウォッチメン』はコミックから34年後の舞台の物語になっているのでそういった意味でも原作は“必読”です。
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👁🗨デジタル先行配信中⚠️
「#ウォッチメン WATCHMEN」
\#ゲームオブスローンズ の次はこれだ💥HBO®が巨額の製作費をかけ、アメコミの最高傑作「ウォッチメン」(コミック/映画)から34年後の物語を新たに描く…
📀6.3 BD&DVDリリース開始
📺デジタル配信情報はこちらhttps://t.co/YLmPA6es5y pic.twitter.com/hVCdn6B3SB
— ワーナー海外ドラマシリーズ (@WBTV_JP) April 22, 2020
最後に映画は映画で、本当によくザック・スナイダー監督は頑張ったなと思える一本であることも付け加えておきます。
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