女優・松林うららが初の長編映画プロデュースに挑戦し、4名の監督による連作スタイルで完成した映画『蒲田前奏曲』が9月25日よりヒューマントラストシネマ渋谷、キネカ大森ほかで全国順次公開されます。
今回は、公開に先駆けて映画『蒲田前奏曲』の第4部「シーカランスどこへ行く」の演出を手掛けた渡辺監督にインタビューをさせていただました。
東京中心主義への批判を入れた意図、全編モノクロで松林うららも出演しない異色の作品になった理由、タイトルの意味などを語っていただきました。
『蒲田前奏曲』第4部「シーカランスどこへ行く」渡辺監督インタビュー
−−プロデューサーの松林うららさんから本作『蒲田前奏曲』のオファーがあった経緯をお聞かせいただけますでしょうか?
渡辺監督「松林さんが『飢えたライオン』という作品で主演して東京国際映画祭にいらっしゃった時に、僕は『地球はお祭り騒ぎ』という作品で、同じ『日本映画スプラッシュ』部門に出品していてそれが最初の出会いでした。その後、『蒲田前奏曲』のプロデューサーの小野さん(本作エグゼクティブプロデューサー)から4人の監督のオムニバス作品という企画を聞き、依頼を受けました。参加を決めた理由は、松林さんが1人の女優として今、世の中に言いたいことや伝えたいことに共感したのと、松林さんの熱意に動かされたからです。」
−−「シーカランスどこへ行く」は舞台も蒲田ではなく、松林さん演じるマチ子も出てこないという他の3作と比べても異色の作品ですが、このような形になった経緯を教えていただけますでしょうか?
渡辺監督「最初は僕も他の監督と同じように松林さんが出演する映画を考えてシナリオも作っていました。しかし、僕の中でこのまま作っても映画として納得いかないんじゃないかと思って、『松林さんにはプロデューサーに徹してもらう作品ということで作ってもいいですか?』と相談してこのような異色の作品になったんです。」
−−このまま作っても納得いかないと感じたのはなぜですか?
渡辺監督「映画としてすごく普通の作品になっちゃうなと思って…。今までもそうですが、あまり普通に面白い作品を作ることに意味を感じない人間なんです。『面白かったね』とか『上手く作れたね』とか『よくできてたよ』とか言われるのが大っ嫌いで。普通の人がなかなかやらない方法で今作にアプローチできないかと考えたんです。」
−−最初の段階の企画でも、今作の主人公は子役のリコで、そこにマチ子が出てくる予定だったんですか?
渡辺監督「もともとマチ子がリコの従姉妹で、出身地の大田原市に帰省してくるという物語だったんです。そこでリコとマチ子、それと僕が演じるちょっと変な従兄弟との交流が描かれるというのが当初のシナリオでした。でもそれだといかにも普通に面白く撮れてしまうなと思ったんです。松林さんがプロデュースするんだから、もっと挑戦的なことをやっても良いんじゃないか?とも考えました。
いつも自分でプロデューサーもして監督もして脚本も書いて出演もしてほぼ全部1人でやってるんですが、今回は松林うららさんという心強いプロデューサーがいるのでどんな危険で挑発的なことをしても責任は全部松林プロデューサーに押し付けられると思って作ったので…。自分でプロデューサーをやらない時は危険な橋を渡るというスタンスは今までと同じです。怒り出す人もいるだろうという線を狙って作っていますね。」
−−確かに挑戦的な作品でした。特に序盤で監督本人が出演されて「東京中心主義への批判」や「オムニバスという形式への懐疑的目線」、「俳優が参加するワークショップへの批判」「東京オリンピックの問題」を中心に色々話されていたのが印象的でした。様々な社会問題がある中でそれらを取り上げた理由をお聞かせください。
渡辺監督「東京中心主義への批判やオリンピック問題に一言申したのは、東京で生きているマチ子の生き方に対する批評的な目線が必要だと思ったからです。もともと言われたテーマを盛り込んであるという感じですね。
オムニバス映画や東京のロクでもないワークショップの批判に関しては今作で言うことじゃないかもしれないですが、僕の演じたキャラクターがどんどん文句を言って、膨らんでいった部分もあります。いつも自分の映画で演じているキャラクターで、社会、いや世界に対して愚痴や文句を言うんです。もちろんただの愚痴や文句ではしょうがないので、やっぱり批評性みたいなものをブラックユーモアとして入れ込む形で喋っているキャラクターを置いてます。」
−−では劇中のセリフは喋っているうちにさらにどんどん出てきたものなのでしょうか?
渡辺監督「後から自分でも結構驚くんです、『俺はこんなことを批判してたのか』と。その場でぽっと出てきたりするんです。ワークショップに関してはマチ子が東京で値段が張るワークショップを受けてるだろうと想像できたので、入れてました。その後に言う、薬物で捕まってしまった俳優たちの話は喋りながら膨らんでいった要素かもしれないです。さすがにそこは削ることになりクラシック音楽の『春』がセリフにかぶさる形になりましたが。」
−−監督が演じられた劇中の映画監督はビシッとスーツを着てサングラスをかけてリコにはずっと敬語を使っているというキャラクターでしたが、そういう人物設定にした理由はなぜでしょうか?
渡辺監督「まずスーツ姿なのは、ヒッチコックのパロディですね。サングラスはジャン=リュック・ゴダールのパロディです。ああいうキャラクターにしたのは、主演の子役の女の子に対しては下手に出るが、自分の知り合いのちょい役に対してはやたらと横暴に振る舞うという、監督としても人間としてもダメな奴だということをコミカルに描くためです。尺の短い作品なので誇張してわかりやすいキャラクター設定にしています。」
−−渡辺監督作品の特徴として、今作だけでなく他の作品もモノクロで撮影されていることが挙げられます。モノクロでの撮影にこだわられる理由は何でしょうか?
渡辺監督「僕たちが本当に少数制で家族とか友達と一緒に撮ってるような自主映画を作っているので、最初は予算的な制約がある中で白黒を選択していました。しかし、作品を作り続ける中で白黒映画の魅力、白黒を極めていくことによって生まれる深みに気づいて、今は白黒映画の魅力に取り憑かれています。
それに僕が割とクラシカルな映画に影響を受けている部分もありますね。やっぱり映画は白黒からスタートしている芸術なので、根源的な美に惹かれています。」
−−劇中の映画監督の演出シーンで、出演者が演技をした後に監督がダメ出ししてツッコんだりボソッと言った一言で周りの出演者が思わず笑ってしまっているのが面白かったです。渡辺監督のセリフや周りのリアクションはアドリブだったのでしょうか。
渡辺監督「僕の映画に出ている方々は、演技を専門にしているプロの方はほぼいないんです。今回は劇団の方が3人出演しているんですが、リコちゃんの脇にいる子供2人はリコちゃん役の久次璃子ちゃんの友達で、その他の宇宙船を見上げている人たちは僕の幼なじみだったり友達だったり地元の知り合いといった普通の人たちです。
だからアドリブというよりも、多分僕がコミカルに演技指導をすることに対して、自然に笑ったり、呆れたりしてるんじゃないかなと思います。」
−−渡辺監督もそこが良いと思ってそのまま使われているんですね?
渡辺監督「はい、変に芝居をつけてもできない人たちなので、『自然にありのままでいてください』と頼んで長回しで撮っているんです。」
−−あの空気感がすごく面白かったです。もう一つユニークだと思ったのが、劇中で撮影されている映画のジャンルがお金のかかりそうなSFパニックだった点です。SFを撮っているという設定にした理由をお聞かせください。
渡辺監督「映画という虚構を作ることのそもそもの馬鹿馬鹿しさをとにかく誇張してやろうと思ったからです。なんならあの劇中の映画監督も本当は映画監督じゃないただのよくわからない人というぐらいの馬鹿馬鹿しさを意図してます。ほとんど映画ごっこに近いというか…。
だからそこまで深い理由で設定しているわけじゃないですね。どうやったら映画監督という生き物の馬鹿馬鹿しさやおかしさが出るのか考えた結果です。」
−−だから撮っている映画のジャンルも一番荒唐無稽なものにしたんですか?
渡辺監督「変なものを一生懸命作ろうとしている狂気を含めて、映画監督という生き物を描けたらいいのかなって…。狂気というまではいかないですかね、あのキャラクターだと。本当に馬鹿な奴が馬鹿なことをしてそれに無理やり参加させられた人たちを描くために荒唐無稽なSFにしました。」
−−SF映画を作っているというところも含めて『エド・ウッド』を思い出しました。
渡辺監督「そうですね。『エド・ウッド』は好きなんでね。」
−−「シーカランスどこへ行く」というタイトルの意味についてお聞きしたいです。本来は「シーラカンス」だと思うのですが…。
渡辺監督「これはもう『渡辺が馬鹿だからシーラカンスをつけ間違えたんだ』という人がいるかも知れないですが、あれはもう狙ってつけた「シーカランス」という造語ですよ。リコちゃんに劇中に出てくる犬のぬいぐるみに『名前をつけて』とお願いしたら、くんちゃん、デイビットとか色々な名前が出てくる中で、『シーカランス』という名前をつけたんです。僕はその名前が子供にしか思いつけないもので面白いなと思って、『シーカランスどこへ行く』というタイトルにしちゃおうとなりました。
これ絶対間違えられるだろうなと思いましたし、一瞬『シーラカンスどこへ行く』というタイトルにしようかと思ったんですが、ここは造語で『なんなのこれ?』みたいなクエスチョンマークがつくタイトルにしたかったのでこうしましたね。」
−−「シーカランスどこへ行く」の「どこへ行く」の部分の意味は何でしょうか?
渡辺監督「『どこへ行く』の部分はマチ子やリコちゃんのような、若い女性や子供たちが今後どういう生き方をしていくのかという投げかけの意味でつけました。」
−−「シーカランスどこへ行く」に込めたテーマやメッセージをお聞かせください。
渡辺監督「あんまりテーマとかを決めたりして映画を作らないタイプなんですが。作った理由は松林さんに言われた東京中心主義を批判することや、ただ批判や文句を言うだけでなく、映画の現場というものを設定して社会性とか松林さんが訴えようとしていることを描くことですね。ただ蒲田とは関係ないと言われることもあるんですが、蒲田は実は関係あるんじゃないかと無理やりどこかで思っていただければ良いと思います。」
−−リコちゃんが蒲田マチ子の親戚ということで関係はあると思います。
渡辺監督「そうなんですよね!今作で重要なのはリコちゃんなんですよね。劇中の手紙で触れられるのみで、劇中で描かれることはないんですが、リコちゃんはマチ子と何回も会っているし、マチ子が何をやっているのかも理解した上で自分も映画に関わっているというその瞬間を切り取った映画です。マチ子の生き方を見て、それなりに演技や女優というものに興味を持ったリコちゃんを描いたことに意味はあるのかなと思ってますね。」
取材場所協力 / ENBUゼミナール
インタビュー・構成・撮影 / 白石太一
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『蒲田前奏曲』作品情報
出演:伊藤沙莉、瀧内公美、福田麻由子、古川琴音、松林うらら、近藤芳正、須藤蓮、大西信満、和田光沙、吉村界人、川添野愛、山本剛史、二ノ宮隆太郎、葉月あさひ、久次璃子、渡辺紘文
監督・脚本:中川龍太郎、穐山茉由、安川有果、渡辺紘文
企画:うらら企画
製作:「蒲田前奏曲」フィルムパートナーズ(和エンタテインメント、ENBUゼミナール、MOTION GALLRY STUDIO、TBSグロウディア)
特別協賛:ブロードマインド株式会社、日本工学院
配給:和エンタテインメント、MOTION GALLRY STUDIO
2020年 / 日本 / 日本語 / 117分 / カラー&モノクロ / Stereo
第4番「シーカランスどこへ行く」あらすじ
監督・脚本:渡辺紘文(大田原愚豚舎)
出演:久次璃子、渡辺紘文
マチ子の実家は大田原にある。
大田原に住む親戚の小学5年生のリコは、大田原で映画の撮影現場にいる。
そこへとある映画監督が撮影現場の待機場所にやってきて…。
渡辺紘文監督ならではの視点で東京中心主義、映画業界、日本の社会問題についての皮肉を、お決まりの作風で描く。
9月25日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷・キネカ大森他にて全国順次公開!