『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』の第7話では、ついに帝釈天が阿修羅と再会。
そこで帝釈天は深手を負わされてしまいます。
2人の間に何があったのか、長いこと隠されていた真実がやっとここで語られます。
…ここまで長かったです。やっとひとつスッキリできました。
では、さっそくレビューをご覧ください。
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目次
『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』第7話あらすじ
餃子パーティーが行われている最中、帝釈天が突如、梵納寺から姿を消す。
帝釈天が向かう先には阿修羅がいた。
帝釈天から目を離したことを悔やむ梵天は釈迦如来の力を借りて、彼を追う。
対決する阿修羅と帝釈天。彼らを切り裂いた悲しい過去とは……?
出典:『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』公式ページ
【ネタバレ】『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』第7話の感想
阿修羅と帝釈天
阿修羅が放ったであろう矢を見つけた帝釈天。
そこで久しぶりに阿修羅と再会をします。
帝釈天は一緒に煩納寺へと行き、煩悩退治をしようと持ち掛けますが、阿修羅はこれを拒絶。
阿修羅を傷つけたくない帝釈天は、憎しみいっぱいの彼の無数の矢に貫かれ、重傷を負わされました。
すぐに駆け付けた梵天や釈迦如来が助けたことで一命をとりとめ、薬師如来によって回復はしたものの、帝釈天の心の傷は癒えません。
帝釈天と阿修羅、ふたりの間に何があったのか。
実は他の神仏たちは、詳しくは知らないのです。
とにかく2人を会わせないように…とだけしていたと言っても良いでしょう。
決別の原因はある村の少女が原因だった
起き上がることさえままならぬ帝釈天。
そんな彼に梵天は、阿修羅と何があったのか聞きます。
2人が決別することになった「あの夜」とはいったい何だったのか…?
見ているこっちもずっと気になって仕方がなかったことです!
どうやら、帝釈天と阿修羅は、共に世の中を平和にする旅をしていたみたいです。
ひとつの貧しい村で、父親にこき使われている少女と出会った阿修羅と帝釈天は、彼女を救いたいと思いました。
しかし、そこに居合わせた釈迦如来と梵天は彼女を救いません。
それどころか、釈迦如来が接するのは、娘に対して暴力をふるう父親の方でした。
釈迦如来の行動に、阿修羅が異論を唱えると、釈迦如来からこんなことを言われます。
救うものと救わぬもの、なぜ線を引く。なぜ救えるなどと思う。
私たちは、ただ救いの道へといざなうだけ。あとは彼ら次第。
父親を悪だと決めつけている帝釈天と阿修羅は、娘を苦しみから解放できればそれでいいと思っていました。
しかし釈迦如来は、父親の言葉に耳を傾け、その父親を救うことで、娘も救われるということを知っていたのです。
娘にヒドイ扱いをするようになったのも、畑が枯れてしまったことへの怒りと憤り、そして絶望です。
釈迦如来と阿修羅、ふたりの視野の違いが、ずいぶんとはっきり出たと思いました。
そして、釈迦如来の従者として側にいた梵天は、今とは違い、なかなか厳しいです。
帝釈天と相いれない関係にあることは変わらないのですが、現代にカルチャーショックを受けて目をキラキラさせる姿はありません。
まあ、そんな浮かれられるような場所にいないのも確かなんですが…。
ずいぶんと丸くなったものです。これも成長と言えるでしょう。
そして「あの夜」は起こってしまった
娘を苦しみから解放してあげたいと思う阿修羅は、村を出るのが一番だと考えました。
夜、父親に見つからないように家を出てくるように阿修羅に言われた娘ですが、ここで事件は起きてしまったのです。
阿修羅や帝釈天と一緒にいることを知っていた父は、2人の所持品の中から金目のものを盗んで来いと言ったのです。
娘はこれを拒否、家を飛び出しますが、隣人は扉を閉めて助けてはくれません。
家へと引きずり戻されると、昔見た踊り子さんのように伸ばしていた髪を切られてしまったのです。
自分は何も悪くないのに、どうしてこんな仕打ちを受けないといけないのか…。
苦しみが頂点に達した娘は、煩悩に飲み込まれ、父親を殺してしまったのです。
父親を殺した娘は、他者から見れば化け物です。
早くあの化け物を退治してほしいと、阿修羅は村人に縋られます。
そして、村人たちもまた煩悩に飲み込まれていったのでした。
帝釈天の力で、娘の煩悩は浄化できたものの、村人が放った火矢により、彼女は命を落としてしまいました。
阿修羅は後悔します。
もっと早く連れ出していればこんなことにはならなかったのに…と。
釈迦如来に心を動かされ、娘だけを救えば本当に良いのかと迷う帝釈天が待ったをかけたからこうなったのです。
こうして阿修羅は、帝釈天とは別の道を歩むことを決め、今に至ります。
阿修羅の望みは「あの子」を救うこと
人殺しをした人間は、地獄の業火に焼かれ続けます。
それを神仏が救うことはできません。
もう手を差し伸べることは不可能。
だからこそ阿修羅は後悔したのでしょう。
そして今、阿修羅はマーラと共に輪光を集めています。
それはマーラが自分と組めば、地獄に落ちた娘を救うことができると言ったからです。
阿修羅の想いは、今も昔も変わりません。
一人の不幸な娘を救うこと、それだけだったのです。
『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』第7話あらすじ・ネタバレ感想まとめ
【ハイライトGIF】第七話「過去へは戻れぬが、未来は進める」餃子パーティーが行われている最中、帝釈天が突如、梵納寺から姿を消す。帝釈天が向かう先には阿修羅がいた。帝釈天から目を離したことを悔やむ梵天は、釈迦如来の力を借りて彼を…
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— TVアニメ「なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-」公式 (@namu_anime) 2019年5月26日
第1話より、帝釈天が煩悩を退治しようとしても、釈迦如来はそれをスルーする場面が多々ありました。
釈迦如来たち神仏は、人を救おうとはしません。
それは酷いと思うことなのでしょうか?
…英雄ならば救うんでしょうね。そこを間違えてはいけません。
彼らは救いの手を差し伸べる、苦しみから抜け出す一歩を踏み出す手伝いをするだけで、積極的に浄化したり、苦しみから解放しようとはしません。
深堀すれば、頑張れば人は煩悩に飲み込まれずに、自らの力で浄化ができると信じているのでしょう。
そういった考え方をする釈迦如来の方が、ただ今の苦しみから解放してくれようとする阿修羅や帝釈天よりも、もっと温かいと感じました。
- 帝釈天、阿修羅と和解できずに負傷
- ついに語られた「あの夜」の話
- マーラと共に輪光を集めるのは、地獄に落ちた娘を救うため
次回はどんな展開になるのか、しっかり見届けなければと思います。
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