児童養護施設に暮らす子供たちが直面している問題を扱うドキュメンタリー映画『ぼくのこわれないコンパス』。
今回は、監督のマット・ミラー氏、被写体のトモヤ、ナレーションを務めるサヘル・ローズ氏にインタビューを行いました。
大きな社会的意義を持つ今作『ぼくのこわれないコンパス』に込めた想い、メッセージを存分にいただきました。
『ぼくのこわれないコンパス』インタビュー
−−マット監督、今作の被写体であるトモヤさんと出会った経緯、また彼を被写体で撮りたいと思われた決め手をお聞かせいただけますか。
マット・ミラー監督「当初は僕のファミリー・ヒストリーについて撮ることで、幼少期にネグレクトを受けて孤児院で育った父の心の傷を癒したいと考えていました。しかし、実際に製作してみて目的は果たせず、1年ほどかなり落ち込み、アメリカに帰国しようか悩みました。
でも『父の心を癒す』ことはできないかもしれないけど、『施設の子供たちの心を癒す』ことはもしかしたらできるのではないかと思い立ち、施設とボランティアの仕事を始め、働く中で写真やビデオを撮るようになりました。活動をしているうちに施設側も私を快く受け入れてくださるようになり、そのおかげで施設の子供たちと触れる機会が増え、撮影できるようになったのです。
その頃、イベントでトモヤと出会い、彼が高校3年生の時に『映画に協力してくれないか』と頼んだら、すぐにOKと返事をもらってトモヤの撮影が始まり、約1年前からトモヤが自身の経験を話してくれるようになりました。」
−−トモヤさんは、今作の撮影中に何か意識されていたことはありますか?
トモヤ「監督と1対1で撮影しているので、緊張感があって強張る部分もあるのですが、少しでも明るくしようと意識して撮影に臨んでいます。」
−−映画に出る前と出た後で、トモヤさんの中の変化や周りの反響など変わった点はありましたか?
トモヤ「映画に出演する前の施設にいた頃は保育士になりたいという夢を強く思っていました。保育士になって養護施設で働いたり、幼稚園や保育園で働けたらいいなと。ただ、撮影やインタビューを受けるにあたって、保育士だけではなく、子供たちがもっと寄り添えるような環境、子供たちの助けになるような仕事であれば、保育士だけにこだわらなくても広く深く見ながら関われることをやりたいという意識が芽生えています。」
−−「国際人権の全ての子供に家庭を」という想いで、世界中の孤児の様子をご覧になられているサヘルさんから見た、現状の日本が抱える児童養護施設の問題点・課題点はどのように感じておりますか?
サヘル・ローズ「場所によって支援が行き届いてるところと、置いてきぼりになっているところがあります。施設そのものが問題だと取り上げられてることが多いですが、施設が子供たちにとって居場所にもなっている事実もあるので、施設だけが悪く言われるのは違うなと思っていて、施設における職員さんの負担が大きすぎるという実態があるんです。深夜12時まで働かないといけない施設もある中で、職員さんのサポートや心のケアが行き届いておらず、職員さんが疲弊しています。
子供の数と職員の数が合っていないので、もっと職員になりたいと思えるような制度作り、社会的サポートを充実させなければいけないと感じます。もちろんすごく良い施設もたくさんありますが、それらは施設任せ、職員任せな側面が強いので、そうではなく『働きやすい環境』と『守れる状態』にするべきであり、そのためには制度の改革が必要だと思ってます。」
−−昨今、介護に携わる人々の人手不足がひとつの社会問題とされていますが、人手不足を解消するために必要なものは何でしょうか?
サヘル・ローズ「給与面や心のサポート、しっかり休暇を取らせてもらえるなど、基本的な『働きやすい制度』が必要です。人が不足している中で、施設の数が増えることは正しくなく、むしろ減らすことや里親制度もちゃんと考えなくてはなりません。
子供をなかなか授かれない、子供が欲しいけどできない夫婦がいる中で、家庭で育ちたいと思っている施設の子供もいるんです。双方思っているけどパイプラインが上手く行き届いておらず、里親制度や土日だけ子供を預けることができるような制度があるのに橋渡しが上手くできていない。世の中に認知されていないことが問題です。里親制度で家の中でも面倒を見れる環境があることをスタンダードにしたいですね。施設の負担を減らすというのは私たちにもできることだし、手を挙げたい大人もたくさんいるので叶えていきたいです。」
−−今作の虐待シーンなどは、子供の心の傷を過剰に刺激しないようにアニメーションを使うプランがあるとおっしゃっていましたが、実際に完成した作中ではどのように表現されていますか?
マット・ミラー監督「映画の中では実際にそのシーンを撮影することなく、アニメとおとぎ話で議題に出すような形にしました。子供たちの問題に関連することはなるべく映画で取り上げたいという気持ちがあって、観る人に課題を率直にお伝えしたいのですが、虐待シーンなどはそのまま取り上げると、観る側が心を閉ざす可能性があるので、観ていただく皆さんに影響のない形で演出しました。」
−−今作のタイトル『こわれないコンパス』は、主人公であるトモヤさんの強い心のことを指しているとのことですが、特にトモヤさんのどのような部分に心の強さを感じましたか?
マット・ミラー監督「トモヤのこともそうですし、全ての子供たちに希望を与えるようなタイトルにしたいと思って付けました。子供たちはみんな自分自身が思っているよりも強い心を持っているし、誰もが愛されながら生きていける希望をタイトルに込めたかったのです。トモヤも今、一緒に映画を撮る経験を通して、今まで閉じこもっていた殻を破り、大人になって想像力を持てていることを示したいのです。」
−−施設に入られている多くのお子さんの中でも、例えばトモヤさんのように前向きになれるお子さんもいれば、なかには後ろ向きになって自分の殻に閉じこもったまま大人になっていくお子さんもいらっしゃると思います。トモヤさんが前向きになれたきっかけやターニングポイントがあれば教えてください。
トモヤ「僕は中学校1年生の後半に施設に入ったのですが、その時は後ろ向きな状態がずっと続き、2年、3年になるにつれて、ほぼ不登校になってしまいました。その中で、先輩たちが『今は暗くても、トモヤなら後から明るくなっていくよ』と言ってくれたり、先生にも『大丈夫。すぐに来いとは言わないけど自分のペースで来れる時に来な』と言ってくれたことで心が楽になりました。上級生になって自分が施設の子供たちの話を聞いたり、相談を受ける側になったことで、少しずつ前向きな自分になれたと感じました。」
−−トラウマやPTSDによる子供の心の傷をケアすることの重要性を強く説いておりましたが、今作の中で心のケアに関する具体的な治療法は語られているのでしょうか?
マット・ミラー監督「子供たちのメンタルヘルスというのは今作の重要な要素の一つになっていて、もちろん今作でも触れていきたいと思っています。ただ、実際の心のケアに関しては、日本ではあまりオプションがない状況なのも事実。なので、そこに具体的なオプションを示して子供が子供らしくいれるように導きたいと願っているところです。」
−−サヘルさんは、すでに今作のドキュメンタリー部分をご覧になって「美しい映画だ」とおっしゃられていましたが、特にそう感じた印象的なシーンがあれば教えてください。
サヘル・ローズ「今作のような題材は、少なからず今から重いシーンを見ることになるかもしれないというイメージが起こると思います。でも、今作にはマット監督の人間性がすごく出ていて、豊かな自然や映像からトモヤとの信頼関係が感じられるんです。観ている側が2人と同じ視線で姿を追う中で、目線や表情が少しずつ変化しているトモヤくんと、撮っているマットの変化も見れて、信頼が構築されていく様子が顕著に表れてとても美しい。トモヤくんとマットを見て、孤独を感じている人にも『誰かが自分のことを熱心に思ってくれているんだ』と感じながら優しい気持ちになって欲しいです。」
−−本作に込めたメッセージ性や社会的意義はどのように感じていますか?
マット・ミラー監督「子供は国の宝だ。そういう言葉がありますが、観る人たちが映画の中に自分も入り込んでもらって子供の頃を思い出してほしいし、『子供たちにはこういう経験をしてほしい』という気持ちで観てほしいです。そして、観てくださった人々が癒された心を持ち帰ってほしいと願っています。」
サヘル・ローズ「今作を観た時に、トモヤくんは普通の子だと思ってほしいんです。施設を退所した子たちは、周りの子が『孤児院にいたことを触れちゃいけない』というような一歩引いた目で見られることが多いんです。そういった線を引くのではなく、普通の子たちだと思ってほしい。本当にそれが一番の想いです。」
トモヤ「僕の知り合いに予告編を見てくれた人がいるのですが、僕は見た人に『同情はいらないよ』と伝えているんです。『僕が辛い思いをしたから大変だったね』ではなく、普通の友達として、家族として接してほしいというメッセージが込められている映画だと思うので、『これから頑張っていこう』と前向きな気持ちで観てほしいです。」
サヘル・ローズ「施設にいたことを知っても『そうなんだ、へぇ〜』と言われた方が楽だよね?」
トモヤ「そうなんです。適当でいいんですよね。『大変だったね、かわいそう』とかではなく、『じゃあ、どういう生活してたの?』とか掘り下げてほしいです。」
サヘル・ローズ「逆に興味を持ってくれた方が楽です。なぜなら私たちは『かわいそうだった』の期間を乗り越えてきてるので。」
−−「普通に接してほしい」というのは、今作の重要なメッセージなのですね。確かにお話を聞かせていただき「なるほど」と思いました。
サヘル・ローズ「この映画から学ぶことは多いと思います。自分で生きていかないといけない子供たちは、普通の家庭で経験しないことを経験しているので、ぜひ興味を持ってほしいです。特に、トモヤくんや今作に出てくる子供たちはそれらを乗り越えて、今は普通に堂々と道を歩きたいという姿を観て感じていただきたいです。」
(サヘル・ローズ)ヘアメイク / 榊原美聖
インタビュー・構成 / 佐藤 渉
撮影 / 白石太一
ドキュメンタリー映画『ぼくのこわれないコンパス』作品情報
第二次世界大戦後、孤児として日本の児童養護施設で育った父親のルーツを辿りたいと2006年に来日したアメリカ人の映像作家マット・ミラーは、児童養護施設で暮らす子どもたちがアウトドア体験を通して自分の道を自分の力で切り拓ける「生きる力」を育むことを目的とする認定特定非営利活動法人『みらいの森』で映像を撮るようになった。
現在、日本の児童養護施設に入所している子どもたちの内、約6割は虐待を経験しているが、この子どもたちにはカウンセリングなど十分なメンタルヘルスのサポートが無いこと、さらに原則18歳の高校卒業と同時に施設を退所することが定められており、まだ経済力がない中、衣食住すべての自立が求められるという現実を知り、ショックを受け、社会への発信が必要だという思いに至る。
その『みらいの森』の参加者の一人・トモヤ(現在21歳)は、マットとの出会いと交流をキッカケに「自分と同じような境遇にある子どもたちの、声なき声の代弁者になりたい」と決意。
18歳以下の児童養護施設の子ども達は、親の同意書が必要になってくる等の理由から、ドキュメンタリーに顔や声を出すことは難しい。
親の同意なく出演できる年齢となったトモヤは、児童養護施設の子ども達を代表し、本ドキュメンタリーの被写体となることに同意した。
トモヤが12歳だった2012年6月、実の母親とその夫がメモと1,000円だけを残して数日外泊していることを学校の先生が知り、母親の帰宅まで児童相談所に保護される。
13歳になった9月には学校の健康診断で背中に痣が見つかり、児童相談所で数日、一時保護所で2ヶ月過ごした後、児童養護施設に入所。
そこで見つけた安心できる生活と、『みらいの森』との出会いなど10代の自分に起こった出来事をトモヤ本人が自分の言葉で告白。
本作は、これまで直接聞く機会がほとんどなかった子どもたちの心に光を当て、児童虐待やネグレクト、そして子ども達のメンタルケアの欠如などの社会問題に正面から向き合い、社会に発信することで、関心をもってもらうことを目指している。
本作のナレーターとして、4歳から7歳までイランの孤児院で過ごし、国際人権NGOの「すべての子どもに家庭を」の活動で親善大使を務めるなど、難民キャンプや孤児・ストリートチルドレンなど子どもたちによりそっているサヘル・ローズを抜擢。
本編より8分のプレビューと、監督による動画メッセージもどうぞ。
このドキュメンタリー映画の完成に向け、到達しない場合は1円も受け取ることができない「All or Nothing 方式」を採用した150万円を目標とするクラウドファンディングで9月22日(火)17時まで寄付を募っています。
ぜひ、社会的意義に共感いただいた方々は、お力添えをいただきたいです。以下URLより詳細をご確認ください。
URL:https://bit.ly/3lyBW6o
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