【コラム】『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』解説・古代メソポタミアの文明と生活

【コラム】アニメ『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』解説・古代メソポタミアの文明と生活

出典:『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』公式サイト

人気スマホゲームを原作にしたテレビアニメ『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』が佳境にさしかかってきました。

ニコ・トスカーニ

筆者は恥ずかしながら『Fate/stay night』(2004)の頃からのシリーズ古参ファンで、ゲームアプリ「Fate/Grand Order」のバリバリ現役アクティブユーザーでもあります。

fateシリーズはアーサー王伝説やギリシャ神話のような伝承と古代から近代に至るまで様々な歴史に元ネタを得ていますが、『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』は主にメソポタミア文明を元ネタとしています。

今回はメソポタミア文明と『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』についてまとめてみました。

※筆者は歴史の専門家でもなんでもありません。

ニコ・トスカーニ

歴史好きからすれば突っ込みの浅い内容であることは間違いありませんので、そんなものを読むのは我慢ならないという方はここでブラウザバックしてください。

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『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』とメソポタミア文明・用語解説


メソポタミア文明と農耕

世界史を学んだことがあれば、だれでも世界四大文明について齧ったことがあるはず。

常識レベルの話ですが、念のためお浚いするとメソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明が四大文明です。

4つの中でも最古の文明がメソポタミア文明で、『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』はメソポタミア文明の古代都市、ウルクを舞台にしています。

メソポタミア文明は多くの文明がそうであるように大河沿いに発展しました。

名高いチグリス川とユーフラテス川です。

【コラム】FateGrand Order絶対魔獣戦線バビロニア解説古代メソポタミアの文明と生活

出典:wikipedia

メソポタミアとは、より具体的にはチグリス川・ユーフラテス川間の沖積平野を指し、この地域で生まれた複数の文明を総称したものがメソポタミア文明です。

この地域は古来より土壌が豊かで「農耕」に向いていました。

メソポタミアでは他のどこにも先んじて豊かな文明が芽生えましたが、メソポタミアが「農耕社会」だったことに文明発展のポイントがあります。

ニコ・トスカーニ

「農耕」は狩猟採集と比べ、はるかに効率的に食料の確保が可能です。

説明のため話をうんと単純化すると、狩猟採集では10人分の食料を確保するのに10人の人手が必要ですが、農耕では10人分の食料を7、8人で用意することができます。

余った人手は職人や司祭を務めることができるので、「文明」や「文化」を生み出すうえで「農耕社会」であることは古代の世界において非常に重要な事でした。

古くから農耕が行われたメソポタミアでは紀元前3500年頃には文明が存在していたと考えられており、多くの現代にも通じる「初」が生み出されました

メソポタミアは最古の文字(紀元前3400年ごろ)を生み、現存する世界最古の法典「ウル・ナンム」法典(紀元前1750年ごろ)を生み、ヒッタイト人による製鉄文明(紀元前11世紀ごろ)を生みました。

ワインやビールなどの造酒文化もメソポタミアで生まれたものです。

バビロニア、アッカド、シュメール

メソポタミアはイラクの首都であるバグダッド付近を境に南北に分類されます。

メソポタミア

出典:wikipedia

北部はアッシリア、南部がバビロニアでアニメの主な舞台になっているウルクはバビロニアの都市国家です。

ニコ・トスカーニ

副題である「絶対魔獣戦線バビロニア」はここから来ています。

アニメでウルクの建築として特徴的な青い門が出てきましたが、あれはバビロニアの古代都市バビロンのイシュタル門をモデルにしていると思われます。

オリジナルのイシュタル門は損壊しましたが、再現したレプリカがベルリンのペルガモン博物館に展示されています。

さらにバビロニアでもニップルより北がアッカド、南がシュメールと呼ばれます。

メソポタミア文明を興したのはシュメール人で、バビロニア南部はシュメール人が文明を興した地域。

バビロニア北部は後発のアッカド人が王国を興した地域です。

紀元前2300年ごろ、アッカドのサルゴン王がシュメールのルガルザゲシ王を破りシュメールは併合されますが、アニメはその前の時代ですのでウルクはより厳密にはバビロニアのシュメールの都市という位置づけになります。

ギルガメッシュ

アニメの重要キャラクターであるギルガメッシュは古代メソポタミアの伝説的な王様です。

3分の2が神、3分の1が人間という半神半人で勇猛果敢、怪力無双、容姿端麗という「これでもか」と言うほどのチート要素を集めて固めたようなキャラクターです。

シュメール王命表によるとウルク第一王朝の王でシュメール初期王朝時代を代表する伝説的な人物ですが、何より彼がその名を知られるのは『ギルガメッシュ叙事詩』の主人公としてでしょう。

ギルガメッシュ叙事詩

出典:amazon.co.jp

『ギルガメッシュ叙事詩』は古代オリエント最大の文学作品であり、人類史上最も古い文学作品のひとつとも言われています。

『ギルガメッシュ叙事詩』は一言でまとめると、伝説の王ギルガメッシュの冒険を描いたものです。

ニコ・トスカーニ

ですが、字面上の概要とは対照的に中身はかなり地味で「我らどこから来て我ら何であり、そしてどこへ行くのか」的風情の漂う哲学的な作品です。

アニメに登場するエルキドゥイシュタルもギルガメッシュ叙事詩に登場するキャラクターで、イシュタルの冥界下りのエピソードなどがアニメのシナリオにもモチーフとして活用されています。

旧約聖書の元ネタ説もあり、『ギルガメッシュ叙事詩』に登場するウトナピシュティムの物語はノアの箱舟伝説と酷似しています。

なお、『ギルガメッシュ叙事詩』には考古学的に実在が証明されている人物も出てくるので、ギルガメッシュもおそらく実在した(そしてそれが後に神格化された)のではないかと考えられています。

ウルク

アニメの主な舞台になっているウルクはメソポタミア文明に実在した古代の都市国家です。

メソポタミアは世界初の都市文明を生みましたが、特にウルクはシュメールの都市化において指導的な役割を果たしたました。

ウルクでは紀元前3300年ごろまでには文字、円塔印章(甕などに収納された品の量や内容物を示したもの)が発明され、シュメールにおける政治・経済の中心に。

紀元前3000年時点で人口5万人を記録し、最盛期には8万人に達していたと言われています。

ニコ・トスカーニ

その後、紀元前2000年頃に起きたバビロニアとエラムの戦いをきっかけにウルクは衰退期に入りますが、『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』は紀元前2655年ですので、劇中で描かれているぐらいの賑わいがあっても不自然ではありません。

紀元前のメソポタミアにはまだ貨幣経済は成立していなかったものの、すでに他の都市国家との交易があり、商取引が行われていた記録があります。

こんな記録が残っているのもメソポタミアには既に文字があったおかげで、残された粘土板から往時の取引をある程度知ることができます。

ニコ・トスカーニ

ちなみに粘土はメソポタミアの生活において重要な存在で、文字は粘土板に記され、主な建築資材は粘土から作った日干し煉瓦でした

古代メソポタミアには原始的な水洗トイレもあったらしいです。

下品な話ですが排せつ物の適切な処理は伝染病を防ぐために非常に重要な問題です。

古代ギリシャ文明が衰退したのも中世ヨーロッパで伝染病が流行したのも、排せつ物処理が杜撰だったことが一因と言われています。

古代ローマは上下水道が整備され水洗トイレがあったのは有名な話ですが、古代ローマの下水システム(クロアカ・マキシマ)ができたのは紀元前600年ごろ。

世界最古の水洗トイレと言われているメソポタミアのテル・アスマル遺跡のトイレ遺構は紀元前2200年頃のものです。

ニコ・トスカーニ

中世ヨーロッパではむしろ退化して、その辺の路上に排せつ物を捨てていたそうですから、この時代に水洗トイレがあったというのはそれだけでも凄いことです。

ウルクは城壁に囲まれた城郭都市、言い換えると城壁に囲まれた閉鎖空間です。

そこに5万人を超える人々が生活していたわけですから、排せつ物は適切に処理しないとあっという間に伝染病が蔓延します。

ニコ・トスカーニ

アニメでは特に描写がありませんが、ウルクにも原始的な水洗トイレがあったのかもしれません。

なお、ウルクは遺跡として現在も残っており2019年現在も発掘作業が進行中です。

ジッグラト

ジッグラトは聖塔、要するに神様を奉る場所です。

アニメでギルガメッシュやシドゥリが居るピラミッドみたいな建物がそれです。

そのルーツは農耕と深い関りがあります。

メソポタミア文明において重要な作物がいくつかありましたが、とりわけ重要だったのが大麦、小麦などの穀物です。

穀物を乾燥させると長期保存できることは現代でも重要な事ですが、冷蔵技術の無い古代ではより重要な事でした。

市場経済の存在しない古代において食料はコミュニティにおける共有財産でした。

なので、収穫した穀物が余った場合、一か所に集めて保存していました。

また、日本の古代遺跡で遺構が発見されている高床式倉庫のように湿気対策、風通しの問題から穀物貯蔵庫は高く作った方が合理的です。

ニコ・トスカーニ

天に向かって高く建てるものと言えば……ご想像のとおりこれが神殿、メソポタミアで言えばジッグラトの原型です。

農耕社会であったメソポタミアにおいて作物の収穫量は重要な問題でした。

余った作物を貯蔵庫に収めるのは食糧不足を未然に防ぐため+神々を呼び寄せ、豊作祈願の儀式や宗教儀式をするという意味合いもありました。

貯蔵庫に宗教性という要素が融合したことで、余った食べ物には「供物」という側面が付与され、貯蔵庫は神殿≒ジッグラトへと変化を遂げました。

ジッグラト

出典:wikipedia

神殿に収められた作物の一部は神官の胃を満たしましたが、神官は建築や灌漑システムの整備維持など、コミュニティにおける公共事業の指揮を執っていました。

こうして神官は現代で言うところの官僚のような役割を担うようになり、原始的な官僚制度が完成しました。

ニコ・トスカーニ

古代メソポタミアにおいて、神殿は祈りの場であると同時に政治の中心地でもあったわけですね。

アニメで王様であるギルガメッシュがジッグラトで政務を執り行っているのはそういう経緯からと考えられます。

麦酒の誕生

造酒文化がメソポタミアに存在したことは最初の方でちらっと触れました。

ニコ・トスカーニ

アニメ劇中でレオニダスが「麦酒」を飲んで酔っ払う描写がありましたが、麦酒、麦の酒…となるとお分かりと思いますがビールです。

メソポタミアには「良いものはビール、悪いものは戦争」ということわざがありました。

『ギルガメシュ叙事詩』の中で野人だったエルキドゥはパンを食べ、7壺までビールを飲み、「文明人」になったと記述されています。

ビールがことわざになるほど生活に密着した品で、メソポタミア「文明」を象徴する存在だったことが窺えます。

メソポタミアがビール生誕の地となり、ビールがメソポタミア社会において重要な存在になったのは風土的に必然と言える結果です。

ビール粘土板

出典:wikipedia

メソポタミアを含む肥沃三日月地帯にはもともと野生の麦が自生していました。

文明発展以前の人類は、お粥やスープにしてそれを食べていたようですが、余ったそれらを取って置いたらたまたま発酵現象が発生してビールが出来た。

ニコ・トスカーニ

または麦を貯蔵していた甕に雨水が入り、たまたま発酵現象が発生してビールができたと考えられています。

ビールの誕生は相当に古く、紀元前4000年頃には既に記録があるので、少なくともそれより古くから人類がビールを飲んでいたのは確実です。

メソポタミア文明を興したシュメール人はワインも生み出しましたが、ワインの原料となるブドウは産地が限られており高級品扱いでした。

ワインは後に起こったギリシャ、ローマ文明で重要な役割を果たすことになります。

メソポタミア社会と麦酒

前述のとおりメソポタミアの各都市では交易が行われていました。

交易があったので当然、商取引もありました。

当時の社会に貨幣経済は存在しませんでしたが、その代わりを果たしていたものがあります。

一つは一定量の貴金属……シュメール社会においてはです。

アニメ劇中でアナがお小遣いとして銀を受け取っていましたが、これは当時の商習慣を反映しています。

ニコ・トスカーニ

メソポタミアでは紀元前7世紀ごろにコインが登場しますが、当初のコインは金・銀・銅などの純度、重量を保証するために発行するものでした。

もう一つが穀物

ジッグラトの項目から想像がつくと思いますが、一定量の穀物は貨幣のような普遍的価値を持っていました。

取引では量が≒価値ですので、公平な取引が行えるようウルクでは度量衡が発明されました。

ニコ・トスカーニ

さらにもう一つがなんとビールです。

灌漑設備の維持や建築などの現代の感覚で言う公共事業が、当時のメソポタミア社会にはすでに存在しました。

それを神官が指揮していたのは前述のとおりですが、労働者が神殿から受け取る配給は「1日分のビールとパン」が一般的でした。

ビールはやや遅れて興ったエジプト文明でも重要な存在で、ギザのピラミッド建築に参加した市民たちにも給与替わりにビールが振舞われたという記録が残っています。

アルコールは貨幣経済が成立した後の世でも貨幣に近い役割を果たすことになります。

アルコール

出典:wikipedia

代表的な例がカリブ海の砂糖プランテーションで誕生したラム酒で、大航海時代における奴隷貿易で奴隷の対価としてラム酒が支払われた記録があります。

また、ビールは神事においても重要な存在でした。

ビールに限らず酒造は、糖を酵母が分解しアルコールを生成する発酵現象を利用したものですが、酵母の存在を知らない古代人にとって発酵は神秘的な現象でした。

アルコールの摂取で起きる酩酊という現象も神秘でした。

そのため、メソポタミアにおいてビールは神事にも用いられていました。

イスラム教や仏教では本来、飲酒が禁じられていますがメソポタミアに限らず、エジプトやバラモン教、ゾロアスター教など紀元前に発生した原始宗教ではむしろ飲酒は神聖な行為とみなされています。

ニコ・トスカーニ

我々日本人に身近なところだと、神道の御神酒もそうですね。

ちなみに当時のビールですが、今の物と大きく味は違ったはずです。

私たちが慣れ親しんだ現代ビール独特の苦みはホップが添加されていることに由来しますが、ホップをビールに添加することが一般的になるのは14世紀ごろの話です。

ニコ・トスカーニ

当時のビールはもっと苦みが弱かったと考えられます。

さらに当時のビールは製造過程で加熱処理をしていたため、いわゆる「生ビール」は存在しませんでした。

衛生状態が現代とは比べ物にならないほど悪かった時代ですので、加熱処理をするということはその過程で殺菌処理も行われていたということになります。

ビールは安全に飲むことの出来る飲料水=生活必需品でもあったということがわかります。

『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』とメソポタミア・まとめ

ニコ・トスカーニ

以上、少々長くなりましたがいかがでしたでしょうか?

私はfateシリーズからメソポタミア文明に興味を持ち、自主的にコツコツ調べて来たのですが、知れば知るほど大変に興味深いテーマでした。

最後まで記事にお付き合い頂きました皆様にも、メソポタミア文明に興味を持っていただけたら望外の喜びです。

参考文献

なお、今回の記事を執筆するにあたり下記を参考にしました。

ビールについての記述は、トム・スタンデージ(著)新井 崇嗣(翻訳)『世界を変えた6つの飲み物 – ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史』(インターシフト)

世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史

出典:amazon.co.jp

農耕社会の発展については、ジャレド・ダイアモンド(著)倉骨彰(翻訳)『銃・病原菌・鉄――1万3000年にわたる人類史の謎』(草思社)

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出典:amazon.co.jp

メソポタミア文明に関しては東京・池袋の古代オリエント博物館の展示を参考にしました。

古代オリエント博物館は『ギルガメッシュ叙事詩』のオーディオブックも販売しており、朗読を担当しているのは『Fate』シリーズでギルガメッシュを演じ続けている関智一さんです。

関さんは古代オリエント博物館の音声ガイドも担当しています。

詳しくはこちらをどうぞ。

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