突然ですが、不朽の名作『アラビアのロレンス』(1962)の脚本を手掛けた人物の名前をご存知でしょうか?
正解はロバート・ボルト(1924-1995)です。
ボルトは脚本家としてアカデミー賞を2度受賞し、劇作家としても多大な功績を残している凄い人です。
ですが、『アラビアのロレンス』と聞いて監督のデヴィッド・リーン、メインキャストのピーター・オトゥール、オマー・シャリフ、アレック・ギネスあたりの名前は出てきても、脚本家の名前が出てくる人は熱心な映画ファンでも少ないかと思います。
同じく不朽の名作『ゴッドファーザー』(1972)の原作・共同脚本家のマリオ・プーゾ(1920-1999)や、『羊たちの沈黙』(1990)の脚本を手掛けたテッド・タリー(1952-)の名前が出てくる人はどれだけいるでしょうか?
脚本は作品の中核を成す部分ですが、監督、メインキャストに比べると脚本家の名前が前に出てくることは少ないです。
それは大変にもったいないことだと思うので、今回は優れた実績を残している脚本家たちを何人かピックアップしたいと思います。
彼らの共通点は監督やプロデューサーもやっていますが脚本をメインフィールドにしている、あまり前面に名前の出てこない縁の下の力持ちたちです。
従って、脚本であると同時に監督としても超有名なクエンティン・タランティーノ、クリストファー・ノーラン、ポール・トーマス・アンダーソン、アレクサンダー・ペイン、ウェス・アンダーソン、アルフォンソ・キュアロン、スパイク・リー、コーエン兄弟などは挙げていません。悪しからず。
目次
【海外編】現代最高の偉大な専業脚本家たちの解説
スティーヴン・ザイリアン(1953-)
- 『レナードの朝』(1990)
- 『シンドラーのリスト』(1993)
- 『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2001)
- 『マネーボール』(2011)
- 『アイリッシュマン』(2019)
テレビシリーズの『ナイト・オブ・キリング 失われた記憶』(2016)や『ボビー・フィッシャーを探して』(1993)では監督もやっていますが、基本的には脚本をメインフィールドにしているほぼ専業の脚本家です。
彼の芸風は一言で表現すると「職人」です。
ザイリアンが脚本を手掛けた企画のほとんどが原作もの。
映像にまとめるために枝葉を刈り取り、流れを良くし、セリフとト書きのバランスを整えて…という然るべきことを極めて高いレベルでできる脚本家です。
アーロン・ソーキンと共同で執筆した『マネーボール』は、事実を並べたノンフィクションの原作を「主力選手がことごとく引き抜かれた貧乏球団が知恵で危機を乗り切る」というシンプルな筋立てに集約し、ドラマらしいドラマへと再構成していました。
ニコ・トスカーニ
エリック・ロス(1945-)
- 『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)
- 『インサイダー』(1999)
- 『ALI アリ』(2001)
- 『ミュンヘン』(2005)
- 『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)
- 『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(2011)
- 『アリー/スター誕生』(2018)
前述のザイリアンと非常によく似たキャリアや芸風の持ち主で、主に原作つき、実話ものの名作や秀作を多く手がけています。
ザイリアンのキャリアを上回る超ベテランですが、70歳を過ぎた現在もバリバリの現役。
近年では『アリー/スター誕生』でアカデミー脚色賞候補になり、共同で脚本を手掛けたドゥニ・ヴィルヌーブ監督の『Dune(原題)』(2020)が公開待機中です。
ジョナサン・ノーラン(1976-)
- 『ダークナイト』(2008)
- 『インセプション』(2010)
- 『ダンケルク』(2017)
『ダークナイト』『インセプション』『ダンケルク』の監督といえば、現代を代表するヒットメーカーのクリストファー・ノーランですが、実はこれらの脚本を手がけているのが弟のジョナサン・ノーランなのです。
兄・クリストファーの出世作になった『メメント』(2000)では原案を担当し、『プレステージ』(2006)、『ダークナイト』では兄と共同で脚本を書いた縁の下の力持ちですが、単独でも素晴らしい仕事をしています。
彼の芸風を一言でまとめるなら「エンターティナー」です。
脚本・製作総指揮を務めた『PERSON of INTEREST 犯罪予知ユニット』(2011-2016)は「犯罪を予知するAI」というギミック満載な舞台装置を使った正統派のサスペンス。
同じく脚本・製作総指揮のドラマ『ウエストワールド』(2016-)は「アンドロイドが世界観を作る体験型テーマパーク」というギミック満載ではありますが、これもやはり中身は正統派のサスペンスです。
凝ったギミックで見るものを驚かせ、正統派な物語で楽しませる。
ニコ・トスカーニ
ディック・ウルフ(1946-)
- 『ヒルストリート・ブルース』(1985-1987)
- 『特捜刑事マイアミ・バイス』(1986-1988)
- 『LAW&ORDER』シリーズ(1990-2010)
『LAW&ORDER』シリーズ及び、『シカゴ・ファイア』シリーズの脚本家で創始者。
1980年代からテレビをメインフィールドに活躍してきた大御所です。
ウルフの芸風は、簡単にまとめると「硬派で超ドライなドラマ」です。
初期作であり、代表作でもある『LAW&ORDER』シリーズがもっとも適切な例だと思います。
同シリーズは「登場人物の私生活を描かない」ことを徹底しています。
名物キャラクターの一人ジャック・マッコイ検事補(サム・ウォーターストン)など15年に渡ってドラマに登場しますが、最初から最後まで見ても彼の家族構成すらわかりません。(どうやら離婚歴があることと娘がいることは判明)
同シリーズにおいて、刑事も検事も事件を描写するための駒に過ぎないからです。
『シン・ゴジラ』(2016)が公開されたとき、「ドラマが無い」という不満が一部レビュアーから出ていました。
『シン・ゴジラ』も登場人物の人間関係が殆ど描かれません。最初から最後まで見ても、主人公の家族構成すらわかりません。
その辺が「ドラマが無い」と言われる理由でしょう。
これらの作品で共通しているのは、主人公はあくまでも「事件そのもの」です。
ウェットな人間ドラマが無くても、ショッキングな事件はそれ単体で充分にドラマチックです。
『シン・ゴジラ』も『LAW&ORDER』もそれを究極的に洗練させた例です。
なお、『LAW&ORDER』のスピンオフにあたる『LAW&ORDER:クリミナル・インテント』(2001-2010)は10年継続、『LAW&ORDER:性犯罪特捜班』(1999-)は2019年現在も継続中。『シカゴ・ファイア』(2012-)は8シーズン目に突入する長寿ヒット作です。
ニコ・トスカーニ
デビッド・E・ケリー(1956-)
- 『ピケット・フェンス』(1992-1996)
- 『ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル』(1997-2004)
- 『アリー my Love』(1997-2002)
- 『ボストン・リーガル』(2004-2008)
前述のディック・ウルフと同じく、テレビシリーズをメインフィールドにしているテレビ界の重鎮です。
1980年代よりキャリアを開始し、『ピケット・フェンス』でエミー賞を受賞。
もともとボストンで弁護士をしていたという異色のキャリアの持ち主で、法曹界を描いた作品を得意とし、『ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル』『アリー my love』『ボストン・リーガル』の3本は共通してボストンの弁護士事務所を舞台としています。
超硬派な作風のウルフとは対照的に、ケリーは硬軟両方ができるとても器用な人です。
前述の3作品は世界観を共有するシェアード・ワールドでいずれも弁護士が主人公ですが、『ザ・プラクティス』はシリアスな社会派、『アリー my Love』はヒロインの私生活にフォーカスしたコメディ、『ボストン・リーガル』は社会風刺コメディと筆致を巧みに使い分け、いずれの作品もエミー賞を受賞しています。
大ベテランになった今も精力的に活動しており、『弁護士ビリー・マクブライド』(2016-)、『ビッグ・リトル・ライズ』(2017-)、『ミスター・メルセデス』(2017-)の3本が2019年現在も継続中です。
アーロン・ソーキン(1961-)
- 『ア・フュー・グッドメン』(1992)
- 『ザ・ホワイトハウス』(1999-2006)
- 『ソーシャル・ネットワーク』(2010)
ザイリアンとロスが職人ならソーキンは「作家」と呼ぶにふさわしい存在です。
劇作家としてキャリアをスタートさせたソーキンが、最初に映像で注目されたのが『ア・フュー・グッドメン』です。
ソーキンが原作の舞台劇と映画脚本を手掛けた同作は大ヒットし、アカデミー賞でも作品賞の候補になりました。
その後、製作総指揮兼任のテレビシリーズ『ザ・ホワイトハウス』ではエミー賞とゴールデングローブ賞の作品賞、映画『ソーシャル・ネットワーク』ではアカデミー賞の脚色賞を獲得。
脚本家が獲れる賞はほとんど獲得しているのではないかと思われる現代最高の称号にふさわしい一人です。
ソーキンの特徴は、類まれなセリフのセンスにあります。
彼の脚本はとにかくセリフが多く、映像の脚本としては邪道な作りです。
映画もドラマも映像で見せるメディアであり、セリフで説明せずに済むところは極力映像のみで見せるべきでが、ソーキンの脚本はそういうセオリーがさほど重要ではないように思えてくる魅力があります。
ニコ・トスカーニ
討論のシーンなのでひたすら登場人物が喋り続けているのですが、この会話で登場人物の立場、思想、性格が鮮明に描写されており、ソーキンの描写力がいかに優れているかわかります。
硬派な社会派作品を得意としていますが、堅苦しいだけでなくサスペンスフルでエンターテイメント性もあり、バランス感覚にも優れています。
2019年現在、監督・脚本作品の『The Trial of the Chicago 7(原題)』(2020)が待機中です。
ポール・シュレイダー(1946-)
- 『タクシードライバー』(1976)
- 『レイジングブル』(1980)
- 『魂のゆくえ』(2017)
「作家」は「作家」でもソーキンが「硬派だけどエンタメ性もある中庸タイプ」なら、シュレイダーは「純文学」というところでしょうか。
監督作も数多く発表していますが、シュレイダーの功績を挙げるなら避けて通れないのは『タクシードライバー』と『レイジングブル』という映画史に残る大傑作2本の脚本を手掛けたことでしょう。
シュレイダーは名門コロンビア大学で学び、脚本家の前は映画評論家をしており、そのキャリアからもインテリの匂いがプンプンする脚本家です。
ベトナム戦争から帰還した青年の狂気を描いた『タクシードライバー』、2019年時点の最新作で信仰を主題にした『魂のゆくえ』など、ご覧になっていただければ「純文学」と思える代表格だと思います。
意外なことに、アカデミー賞とはほぼ無縁でノミネートすら1回のみ。それもかなり最近の『魂のゆくえ』が初候補でした。
ニコ・トスカーニ
実は日本との関わりが深い人物でもあります。
脚本家デビュー作の『ザ・ヤクザ』(1974)はタイトル通り日本のヤクザ社会が題材。
監督・脚本作品の『ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(1985)は日本の大作家・三島由紀夫の生涯を題材に、ほぼ全編日本語で製作しています。
チャーリー・カウフマン(1958-)
- 『マルコヴィッチの穴』(1999)
- 『ヒューマンネイチュア』(2001)
- 『アダプテーション』(2002)
- 『エターナル・サンシャイン』(2004)
カウフマンは現代の脚本家でもとりわけ癖の強い作風で知られています。
出世作になった『マルコヴィッチの穴』は俳優ジョン・マルコヴィッチの脳内に通じる穴。
『ヒューマンネイチュア』は自分を猿だと思い込んでいる男、宇宙一毛深い女、ネズミにテーブルマナーを教える博士のブラックコメディ。
『アダプテーション』はスランプに陥ったカウフマン自身を主人公にしたコメディ。
『エターナル・サンシャイン』は記憶除去手術を受けた男女のラブストーリー、と代表作と並べてみると奇想天外な舞台設定ぞろいで字面だけで眩暈がしそうです。
前述のシュレイダーも純文学の匂いがする脚本家ですが、カウフマンの脚本も文学の匂いがたっぷりとします。
ただし、シュレイダーが古典につながる伝統的な文学なら、カウフマンはポストモダン文学というところでしょうか。
寡作で作品数は少ないですが、カウフマンの脚本作品はいずれも評価が高く、『脳内ニューヨーク』(2008)では監督業にも進出。
2本目の監督・脚本作品となる『アノマリサ』(2015)はまさかのアニメーション映画でしたが、「周りの人間が全員同じ顔、同じ声に見える中年男性が主人公」といういつものカウフマン節全開で、同作はアカデミー賞で長編アニメーション部門の候補になりました。
2019年現在、監督・脚本兼任の『I’m Thinking of Ending Things(原題)』(2020)と、共同脚本作品の『Chaos Walking(原題)』(2020)が公開待機中です。
【海外編】現代最高の偉大な専業脚本家まとめ
以上、8人を取り上げました。
他にも、マーク・ボール(1973-)、アラン・ボール(1957-)、マイケル・アーント(1965-)、ニック・ピゾラット(1975-)、ディアプロ・コーディ(1978-)、ピーター・モーガン(1963-)なども主に脚本家として質の高い実績を積み重ねていますが、実績や作品の質、現役感を考慮すると、上記で挙げた8人は特に優れていると思います。
彼らの名前を見ることがあれば、ぜひその作品は注目していただきたいと思います。
また日本の脚本家も取り上げるつもりでしたが、紙幅を喰い過ぎたため、別の項で取り上げようと思います。
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