直木賞・本屋大賞受賞作家・辻村深月のヒューマンミステリーを、『あん』『光』の河瀨直美監督が実力派キャストを揃えて映画化し、カンヌ国際映画祭公式作品「CANNES 2020」に正式に選出された『朝が来る』が10月23日に全国公開となります。
実の子を持てなかった夫婦と、実の子を育てることができなかった14歳の少女を繋ぐ「特別養子縁組」によって、新たに芽生える家族の美しい絆と胸を揺さぶる葛藤を描いた作品で、血のつながりか、魂のつながりか…現代の日本社会が抱える問題を深く掘り下げ、家族とは何かに迫り、それでも最後に希望の光を届ける感動のヒューマンドラマが誕生しました。
このたび、完成報告会見が行われ、河瀨直美監督と出演者の永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、佐藤令旺が登壇し、それぞれの撮影秘話や河瀨組ならではの体験、作品に込めた思いを語りました。
ミルトモ編集部が取材に行ってまいりましたので詳しくレポートします。
『朝が来る』完成報告会見レポート
開催日時:2020年10月6日(火)17時30分~18時10分
登壇者:河瀨直美監督、永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、佐藤令旺(途中から)
司会:笠井信輔(フリーアナウンサー)
会見が始まるとキャスト・監督からそれぞれコメントがありました。
永作博美(以下、永作)「『朝が来る』の魅力を少しでも伝えられるように頑張ります。」
井浦新(以下、井浦)「河瀬組監督、スタッフ、キャスト一同、全身全霊で魂を削って作り上げました。たくさんの方々に見て頂きたい映画です。」
蒔田彩珠(以下、蒔田)「この映画は私にとってとても大切な作品で、公開が延期された時は少し不安だったんですが、こうして公開日も決まって、もう少しでみなさんに見ていただけることが本当に嬉しいです。」
浅田美代子(以下、浅田)「新型コロナの影響で延期されましたが、逆にもう一度家族の在り方を見直す時代になってきたと思うので、ぜひ多くの方々に見て頂きたい映画です。」
河瀬直美監督(以下、河瀨監督)「本来であれば、6月5日の公開で、そしてカンヌ映画祭という舞台で、世界中の皆さんにこの映画をお披露目できるはずだったのですが、暗いトンネルの中に一旦は入り込みました。そしてその先の光へ向かってみなさんの前に現れることができたと思えて感無量です。」
−−辻村深月さんの小説の映画化で、河瀨監督としては『あん』に続いての小説原作の作品となります。原作のどのような点に惹かれたのでしょうか?
河瀬監督「感動しない小説は映画化しません。とても感動しました。それだけではなくて、行間から溢れる新しい命の讃歌。その光にあふれる映画にしたいと思って原作者の辻村深月さんのもとに行き、許可をいただき今日を迎えることとなりました。本当に嬉しいです。」
−−特別養子縁組という仕組みについてはご存じなかったのか、知っていたものの目の当たりにはしなかったのかどちらでしょうか?
河瀬監督「特別養子縁組は知らなかったです。私は養女で養子縁組をしてもらった子供なんです。ただ特別養子縁組と養子縁組は、実子として子供が迎えられるところが大きく違うなと思いました。子供の戸籍はその家族に残り続けるんです。私は養子だとわかるようにするためです。特別養子縁組を斡旋されている全国のNPO法人のみなさんの多くは、子供への真実告知をするということをきちんとされています。日本でよくある養子縁組を隠すような形ではなく、むしろそれをきちんと制度として後押しするという仕組みだったので素晴らしいと思いました。それで救われる命があるんだなと思いました。」
−−たしかに生みの親は他にいるという点が本作の重要な要素になっていて、ご覧になる方々はその点で大きく心を揺さぶられると思います。多くの観客の皆さんをこれまで以上に感動の渦へ巻き込む作品になっていると思うのですが、監督の手ごたえはいかがですか?
河瀬監督「実はここまでの間に試写も回っていなかったですし、感想を聞く機会がなかったんです。最近、本作に関わってない人たちに感想を聞く機会が増えてきて『これは河瀬映画の中でも一番のエンターテインメント映画である』という声をたくさんいただきました。最後まで飽きることなくご覧いただける作品になっていると思います。」
−−永作さんが演じた佐都子は自分たち夫婦が子供を授かることができないとわかって、血の繋がらない子供を育てることになるんですが、自分が母親であるという強い執念と深い優しさに見ていて涙が止まりませんでした。非常に難しい役どころだったと思うんですが、本作で大切にされていたのはどんなことですか?
永作「最初に佐都子役の話を聞いた時に、辻村さんが原作でそれぞれのキャラクターをハッキリと書いてくださっているので、しっかりと彼女の品行方正さが伝わってきたんですよね。そういう人をどう表現しようかと監督と話しました。やはり大事なのは彼女が頑張り屋さんで今まで全て上手くいってきたのに、結婚して初めて子供ができないという壁にぶつかるところだと考えました。その心情を表現するために、夫である清和さん(井浦新)とも役としてではなく本当に夫婦が家で相談しているかのように、例えば養子縁組に関してどんなことが気になるかというようなことも話をしながら進めていっています。本当に小さなことを見逃さず、突き詰めて作っていました。」
−−生みの親、育ての親の違いに関して演じていて何か気づいたことはありますか?
永作「これまで取材を何度かさせていただいた時に、本当の愛や本当の親という言葉を仰る方がいました。本作で佐都子役を演じていて、本当の親や本当の母と聞いた時、それはやはりひかり(蒔田彩珠)なんだろうと思ってドキッとしました。佐都子は本当の親ではないですが、それでも特別養子縁組を選んだ以上その事実を乗り越えるパワーが必要です。しかし乗り越えるパワーをくれたのは息子を産んでくれたひかりでした。本作のエンディングは、原作はもちろん、監督の誘導に感謝している部分がありますね。」
−−井浦さんが演じた栗原清和は子供を授からない原因は自分にあるとわかって、特別養子縁組という重大な決断をします。そこに至るまでの繊細な心の動きが痛いほど伝わりました。演じるにあたってどんな準備をされてきたんでしょうか?
井浦「まず河瀬監督の作品ではクランクインする数ヶ月前から特別養子縁組について、もしくは不妊治療についてしっかりと学んでいく役積みという時間を経験させていただけるんですよね。その監督からのミッションを1人ではなく夫婦を演じる永作さんと2人で一つ一つやっていきました。しかも河瀬組は完全なる順撮り(シナリオの冒頭から順を追って撮影を進める方法)で、シーン1から撮ってくださるので1シーン1シーンを積み重ねながら演技できました。演技ではなく、1日1日と幸せな時期から問題が起きた時期へと変化していくことで自然と心の動きを変化させていけるんです。お芝居を意識するのではなく、目の前で起きていることを一つずつ丁寧に拾って、出来事に素直に心を動かしていくことを大切にしながら演じていました。」
−−蒔田さん演じるひかりは14歳で出産してからどんどん落ちていき、時間を経ていくにつれて顔つきも変わっていました。自然体でありながら体当たりで演じていく姿に圧倒されました。とても大変だったと思いますが、監督からはどんなアドバイスがあったのでしょうか?
蒔田「細かい指示はなかったのですが、ひかりの朝斗を思う気持ちは、絶対に忘れないで欲しいと言われました。朝斗がいるから、どんなに辛くても寂しくてもひかりは生活できていたのではないかと思って演じていました。」
−−河瀨監督は厳しい指導をするという話も聞きますが、いかがでしたか?
蒔田「厳しいというより、ふと自分からひかりの役が抜けてしまった時に、主題歌の「アサトヒカリ」を耳元で流してきたり、今までの撮影現場の写真を見せていただいたりと引き戻してくれている感じでしたね。」
−−永作さんにお聞きしますが、現場での河瀨監督はどのような方なんでしょうか?
永作「何かを要求するというより無言の圧がきます(笑)それと現場では何か違う様な気がするとなった時は監督と演者で一緒に少し考えてそれからまた撮影するという時間がありました。選択を迫られて、自分が決めるということを演者みんなが経験しています。多くの監督が自分で決めて指示する中で、河瀬監督は役者に疑問を投げかけるんですよね。自分でも考えて監督と一緒に進んでいった現場でした。」
−−井浦さんは河瀨監督に追い込まれた思い出はありますか?
井浦「常に追い込まれています(笑)しかし、監督が真剣に映画作りに取り組まれているからこそ追い込まれているわけですし、そうでなければ逆に不安になってしまいます。全てのシーンが大事だからこそ、河瀨監督は常に言葉にせず今のシーンがどうだったのかなど目で語ってくださっていました。それに、僕が大変なシーンの撮影を終えて呆然としていると、監督がふと横に座ってくれました。大変なシーンを与えるからこそ、そのまま投げっぱなしにはせず、そのあとのケアを必ずいつもしてくださるんです。監督でありながら、僕の中ではシャーマンのような人だと思いました。これくらい丁寧に役者に寄り添うことが演出なんだと学ばせていただきました。」
−−浅田さんは中学生のひかりが産んだ子供を栗原夫妻に届ける役という本作でとても大事な役どころを演じられていました。『あん』に続いての河瀬組はいかがでしたか?
浅田「『あん』は初参加でしたし、樹木希林さん演じるハンセン病患者の施設は国の施設だったのでそこに住むことはできなかったんです。でも本作では役積みのために広島の街に実際に住まわせていただきました。」
−−河瀬監督はまさに浅田さんの起用を樹木希林さんからの啓示と仰っていた様ですが、浅田さんは樹木希林さんの支えを希林さんがお亡くなりになってからどのように感じていますか?
浅田「河瀬監督からオファーを受けたのがちょうど希林さんが亡くなってから数か月経ってからのことでした。、希林さんが河瀬監督の枕元で「みよちゃ〜ん」と言ったのかなと思うくらいのタイミングで、だから参加するからには裏切ってはいけないなという気持ちがすごく強かったです。」
−−河瀬組には「役積み」という役を積み上げる準備期間が必要です。ロケ地になる家に実際の撮影前から住むなど、登場人物が経験することをカメラのない状態でも順番に経験していくことを行います。キャストの皆さんも滅多にない経験をしたのではないでしょうか?皆さんが役積みや撮影現場で一番大変だったもしくは印象に残っていることをお聞かせください。
永作「役積みに関しては、スタッフをどんどん信じられなくなっていくことがありました(笑)作品の中で急に『明日は清和の誕生日だからプレゼント買ってきて』と急に指令が飛んできたり、突然1人だけにさせられて役と対峙する場面を与えられたり。本作で佐都子と清和が温泉旅館に止まるシーンがあるのですが、その前のシーンが長引いて旅館に着くのがすごく遅くなったんです。その日はまだ撮影もあって泊まらないはずだったのですが、旅館に着いたら旅館に着いたら食事の準備もお風呂の用意もあったんです。カメラは回っていないのでどう食べればいいかもわからず、スタッフの姿も全く見えなくて女将さんがやってきていろいろお世話をしてくれるんです。井浦さんと2人でここまで役積みをやるんだなと話していたんですが、私はそのあたりでこれは罠だなと思ったんですよ。前のシーンが長引いたのも絶対罠だと思って、このまま泊まらせるつもりじゃないかとまで考えました。翌日に学校のシーンがあるので遅くに解放されたのですが(笑)疑心暗鬼になるくらい、どのシーンもしっかりと役積みがありました。」
井浦「旅館の料理の味は全く覚えてないですね。実はカメラが隠されてるんじゃないかと思って(笑)」
−−井浦さんは、役積みでどんなことが印象に残っていますか?例えば特別養子縁組を求める人たちへの説明会のシーンがあるんですが、どう見ても周りの方々に本当の特別養子縁組をされた方を起用していてドキドキしました。
井浦「あのシーンは、2人ともドキドキしていましたね。台本だとセリフが一言もないシーンで、設定だけが書かれていて僕と永作さんが参加するといきなり説明会が始まるんです。」
河瀬監督「不安がそのまま出る感じでいいんですよ。本物の人たちの中に俳優が入り込むと違和感が生まれてしまうんですが、それがなくなってくるまでずっとカメラを回しています。」
−−すごいのはあのシーンでベイビーバトンの代表役の浅田さんがその場に馴染んでいたことです。
浅田「私はとにかくそのシーンで説明することがきちんとわかっていないといけないので、受験勉強の様に資料があったので全部把握しました。今聞かれてもすぐ答えられます。実際にお会いしたベイビーバトンの代表もサバサバしてすごく良い方で、わからないことがあったらすぐに聞きに行けました。」
−−蒔田さんの役積みはいかがでしたか?
蒔田「私は片倉家の家族役の人たちと三週間近く一緒に住んでいました。本当にお母さんが洗濯物をしていたり、お風呂に入ってと怒られたり、その期間で出来上がった関係性が映画の中に写ってるなと思いました。」
−−お父さん、お母さん役の2人はひかりを妊娠させた彼氏の家族(の役の俳優)に会いに行って、謝っているとお聞きしました。
河瀬監督「撮っていなかったので映画にはないシーンです。それでも実際に話をしに行ってからシーンを撮れば、行く前と行った後の俳優の感情が変わるんですよ。想像を超える現実を経験できますから。そこで彼氏の巧(田中偉登)がその話し合いに入ってこれなくて、階段の端っこで会話を聞きながら体育すわりをして泣いているんです。その後はひかりに合わせてもらえないですからね。映画には使っていませんがメイキングのカメラでその場面は撮っています。」
−−6月公開から新型コロナの影響で延期になった本作ですが、その間に人と人の距離感や絆が見直されている状況になっています。本作は血のつながりを超えた家族の絆がテーマなので、みなさんにとって家族とは何かフリップに書いてもらいました。
浅田「(家族とは)『神様からの贈り物』だと思いました。もちろん自分で産んだ子もそうですし、そうではない子も、自分が選んだものではなく神様がくれたものだと思っています。」
蒔田「『もう1人の自分』です。自分のことは自分が一番わかってると思っていたんですが、自分がわからないことも理解してくれていたりするので、もう1人の自分だと思います。」
井浦「『生きる』です。日々仕事してご飯を食べて毎日生きていることも、僕にとっては家族のおかげだと思っています。」
永作「『仲間』です。家族の中にいると本当に気づかされることが多くて、いいこともよくないこともいつも教わってると思うんですよね。もちろんひどいことも言ったりしますし泣いたり怒ったりするんですが、それを一緒に乗り越えて先に進むための仲間だと思っています。」
河瀬監督「『河瀬組』です。私は父と母に育てられず、8ミリフィルムから私の作品の中には何かしら家族とは何かという問いがあります。そして本作を一緒に作り上げた河瀨組が家族だと思っています。」
河瀨監督に両親がいないことが本作の演出やテーマに通じるものがあったと思いますか?
永作「本作のオファーを一番最初に聞いた時、河瀨監督からそのお話を聞きました。監督は本作で自分が大事にしたいことは、朝斗の目線だと言ったんです。河瀨監督ではないと行きつけない目線だと思いました。自分が経験した養子側の目線を観客に見せたかったのかなと思います。」
その後、フォトセッションの前に『朝が来る』で特別養子縁組で栗原家に引き取られる朝斗の役を演じた佐藤令旺が登壇し、監督と出演者にブーケを渡しました。
佐藤令旺はその後、「『朝が来る』世界25か国で公開決定!おめでとうございます。」と発表しました。
『朝が来る』はフランス・スペイン・ブラジルなど25の国と地域で公開が決定。
「血のつながりだけが親子なのか?」というテーマは万国共通なのでこれからも公開する国と地域はまだまだ増えそうです。
そして最後に河瀨直美監督が代表してコメントをしました。
河瀬監督「朝斗の笑顔が今ここにあるということは、物語がスクリーンを飛び越えて皆さんの前にやってきてくれたということです。私たちの人生にはなかったことにしていることやなかったことにされてしまったことがたくさんあり、それに対してとても暗い淀みのような感情が生まれてしまうかもしれません。それでもこの世界を美しいと思えるようになるために本作がほんの少しでも力になれればいいと思います。映画によってネガティブな感情をポジティブな感情に変えていく、作り手にとってこんな喜ばしいことはないと思っております。映画を作るために、時にたくさんの人たちに大変な思いをさせてしまうこともあります。それでも乗り越えた先に今この時があるとしたら、また映画作りを続けていきたい欲求になると思います。映画作りを最後に結んでくれるのは映画館に来てくれる観客の皆さんです。どうぞこの映画を育てて下さい。本当に皆さんに会いたいです。」
取材・構成 / 白石太一
『朝が来る』作品情報
【原作】辻村深月「朝が来る」(文春文庫)
【監督・脚本】河瀨直美
【共同脚本】髙橋泉
【出演】永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、佐藤令旺、田中偉登、中島ひろ子、平原テツ、駒井蓮、山下リオ、森田想、堀内正美、山本浩司、三浦誠己、池津祥子、若葉竜也、青木崇高、利重剛
【製作】キノフィルムズ・組画
【配給】キノフィルムズ/木下グループ
【公式サイト】http://asagakuru-movie.jp/
『朝が来る』あらすじ
「子どもを返してほしいんです。」
平凡な家族のしあわせを脅かす、謎の女からの1本の電話。この女はいったい何者なのか―。
一度は子どもを持つことを諦めた栗原清和と佐都子の夫婦は「特別養子縁組」というシステムを知り、男の子を迎え入れる。
それから6年、夫婦は朝斗と名付けた息子の成長を見守る幸せな日々を送っていた。
ところが突然、朝斗の産みの母親“片倉ひかり”を名乗る女性から、「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」という電話がかかってくる。
当時14歳だったひかりとは一度だけ会ったが、生まれた子どもへの手紙を佐都子に託す、心優しい少女だった。
渦巻く疑問の中、訪ねて来た若い女には、あの日のひかりの面影は微塵もなかった。
いったい、彼女は何者なのか、何が目的なのか──?
『朝が来る』は10月23日に全国公開!
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