映画『ワイルドライフ』あらすじ・感想!母親、父親、息子それぞれの視点で描く「家族」の役割と呪縛、そして希望

出典:kinofilms.jp

ポール・ダノの初監督作品となる『ワイルドライフ』。

パートナーであるゾーイ・カザンと共に脚本を手掛け、繊細さと雄大さを兼ね備えた物語を作りあげました。

全体として静謐な描き方でありながら、誰かと共に生きることの根幹を私たちに問いかける傑作です。

ポイント
  • 登場人物が縛られる「家族」における役割
  • 雄大な自然を背景に、長回しで映し出される感情の揺らぎ
  • 家族を家族たらしめるものは何か?ポール・ダノのメッセージ

それではさっそくレビューしたいと思います。

映画『ワイルドライフ』作品情報

映画『ワイルドライフ』作品情報

出典:映画.com

作品名 ワイルドライフ
公開日 2019年7月5日
上映時間 104分
監督 ポール・ダノ
脚本 ポール・ダノ
ゾーイ・カザン
原作 リチャード・フォード
出演者 キャリー・マリガン
ジェイク・ギレンホール
エド・オクセンボールド
ビル・キャンプ
音楽 デヴィッド・ラング

映画『ワイルドライフ』あらすじ


1960年代。

ジェリー(ジェイク・ギレンホール)一家は、カナダとの国境近くにあるモンタナ州の田舎町へとやってくる。

14歳の息子ジョー(エド・オクセンボールド)は、ジェリーがゴルフ場で働き、主婦の母ジャネット(キャリー・マリガン)が家事をこなす姿を見て、新たな生活が軌道に乗り始めたことを実感する。

ところが、ジェリーが仕事をクビになって家族を養うために山火事を食い止める仕事に就き、ジャネットとジョーも働くが、生活は安定しなかった。
出典:シネマトゥデイ

映画『ワイルドライフ』みどころ

映画『ワイルドライフ』みどころ

『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』などの俳優ポール・ダノが監督を務め、ピュリツァー賞作家リチャード・フォードの小説を映画化したヒューマンドラマ。

アメリカ・モンタナ州を舞台に、崩壊していく家族が描かれる。

『17歳の肖像』などのキャリー・マリガン、『ナイトクローラー』などのジェイク・ギレンホール、『ヴィジット』などのエド・オクセンボールドらが出演する。
出典:シネマトゥデイ

映画『ワイルドライフ』を視聴できる動画配信サービス

『ワイルドライフ』は、下記のアイコンが有効になっているビデオ・オン・デマンドにて動画視聴することができます。

なお、各ビデオ・オン・デマンドには無料期間があります。

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注意点
  • 動画の配信情報は2019年7月4日時点のモノです。
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ご覧のとおり、2019年7月4日現在はどこのビデオ・オン・デマンドでも配信開始となっておりません。

動画配信が開始になり次第、追って情報を掲載させていただきます。

『ワイルドライフ』は映画界を支える素晴らしい俳優たちが紡ぐ物語

『ワイルドライフ』は、リチャード・フォードの同名小説を基にした作品です。

監督のポール・ダノはこの小説に魅了され、公私ともにパートナーであるゾーイ・カザンと共同で脚本を手掛けて作品を映像化しました。

2012年に製作された映画『ルビー・スパークス』での2人のタッグが記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。

当時は、ゾーイ・カザンが脚本、製作指揮、主演を務め、ポール・ダノも製作と主演として作品に加わっていました。

ポール・ダノとゾーイ・カザンが『ワイルドライフ』にかける想いの強さは、こちらのインタビュー動画からも強く伝わってきます。

ゾーイ・カザン インタビュー映像

ポール・ダノ インタビュー映像

ゾーイ・カザンとポール・ダノが手掛けた脚本は、本当に素晴らしかったです。

物語の随所に表れる象徴的な比喩や台詞には、2人の感性や知識が投影されているように感じました。

一方で、監督を務めたポール・ダノは、これまでに出演した映画の影響を多分に受けながら、彼自身の視点をつくりあげることに成功しました。

本作『ワイルドライフ』は、特にドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『プリズナーズ』を思い起こさせます。

静かにゆっくりと人物の表情をとらえるカメラワーク、時折おとずれる息を呑むような緊張感…その静と動の使い分けがまさにポール・ダノ自身が映画に出演しながら感じ取ってきたものだと言えるのではないでしょうか。

プリズナーズ』では、ジェイク・ギレンホールとポール・ダノが刑事と容疑者という立場で共演を果たしています。

「家族」における役割とその呪縛〜母親として〜

舞台は1960年代のアメリカ、モンタナ州。

家族は何度も引っ越しを繰り返しており、今回は父親のジェリーのゴルフ場での仕事のために、新しい生活を始めることになります。

妻であるジャネットは教員の経験がありますが、モンタナに来てからは働きに出ておらず、主婦として家事をこなすことになります。

そんな2人の間には14歳の息子、ジョーがいます。

家族はそれぞれにモンタナでの新しい環境に適応しようとしますが、ジェリーが突然ゴルフ場での仕事を解雇されたことをきっかけに、そのバランスが少しずつ崩れていくのです。

家族のなかにいると、本当は縛られなくても良いような家族観に縛られることがあります。

家族の働き手としての父親、家族をサポートする母親、親のためにも良い選択をしようとする子ども。

そして、それらが『ワイルドライフ』では生々しく描かれているのです。

今でこそ、「父親」や「母親」にそれぞれ割り当てられた役割を拭い去ろうとする動きがありますが、1960年代のアメリカ、特に田舎ではまだまだ保守的な考えが当たり前だったと考えられます。この家族もその例外ではありません。

ジャネットは、ジェリーが職を失ってから、パートの面接に出かけるようになります。

「経理もできるし、タイピングもできる」と言っても、あいにく募集していないときっぱり断れてしまうことも。

ようやく、望んでいた事務の仕事ではありませんが、水泳のインストラクターとして職を得ます。

映画の冒頭では、秘書の仕事をする女性に「息子のために家にいることにしたのよ」と話していたジャネット。

家族で母親としての役目を果たさなければならない一方で、自立したい、家の外に出たいという衝動を抱えていたのではないかと思います。

久しぶりに外に働きに出始めたジャネットの表情や雰囲気は変化を見せます。

14歳の息子には、「昔は男性たちに声をかけられるようにこんな服を着ていたのよ」と着飾ってみせたりするのです。

そして、ジェリー以外との男性とも距離を縮めることになります。

子どもの視点から描かれているからこそ、母親のジャネットが父親不在の間に取る行動は目を背けたくなるほど耐え難いものがあります。

酷い女性だと思わざるを得ないかもしれません。

しかし、家族の外に飛び出すということも、ジャネットという女性が選んだ1つの選択に他ならないのです。

このジャネットという女性の描き方については、『ワイルドライフ』がニューヨークフィルムフェスティバルで上映された際のQ&Aでも話題に上がりました。

一人の観客の男性が、ジャネットのキャラクターを「完璧に非難されるべき」であり、「共感できない」と俳優や監督がいる目の前で名指しをしたのです。

そのコメントに対し、ジャネットを演じたキャリー・マリガンはこのように答えました。

私たちは、映画の中で女性たちが本当に上手く振る舞うのに慣れすぎてしまっているのです。

女性たちが自分自身を抑えきれなかったり、葛藤したりする様子を映画の中で見ると、それが本当のように感じられないときがあります。

というのも、女性が常に完璧であって、何でもできるのだと理解するように私たちが育ってきたからなのです。

出典:Carey Mulligan Brilliantly Defended ‘Wildlife’ After Moviegoer Slammed Her Character During NYFF Q&Aより筆者拙訳

キャリー・マリガンは、映画の中でさえ、社会にとって理想的なジェンダー・ロールが散りばめられてきたことを示唆しています。

『ワイルドライフ』において言えば、家庭におさまらず、外の世界に救いを求める母親は果たして徹底的に非難されるべき存在なのでしょうか。

当然、観た人によって感覚は異なるでしょうし、様々な感想を持たれることが作品の意義であるような気がします。

少なくとも、「女性が映画の中でどう描かれるべきか」という点にまで、俳優が自ら考えを及ぼし、言葉を発したということは非常に意味のあることではないでしょうか。

「家族」における役割とその呪縛〜父親として〜

失敗と成功を繰り返し、職がなくなる度に家族とともに引っ越す。

そんな父親ジェリーを、ジャネットは「逃げている」と強く責めます。

ゴルフ場での仕事を失い、山火事を消火する仕事に就きたいと言い出したジェリーは、「男には挑戦しなきゃいけないときがある」とつぶやくのです。

ジェリーは、家族のなかで男としての役割を果たさなければならないという使命感とプレッシャーを抱えていました。

そして、そのフラストレーションを解き放つためにも、広大な自然に自ら挑もうとするのだろうと思います。

『ワイルドライフ』では、中盤で父親が全く出てこなくなります。

その間、家族の様子は母親と息子の視点でのみ伝えられるのです。

中盤の場面で家族にとっての重要な転換点が描かれているため、序盤のジェリーが山に行く前と終盤の山から帰ってきた後のシーンでは、家族の様子は大きく異なっています。

あえて中盤に父親を完璧に不在にすることで、展開をより劇的に仕上げることに成功したと言えます。

2人の男性の象徴的な対比

ジェリーが山へ向かったあと、ジャネットは家族の外へと気を逸らすようになります。

そして、自分を気にかけて、より良い環境で生活をさせてくれるような男性と関係を持つことになるのです。

相手は車販売店を営むミラーという初老の男性。

ジャネットにとっては、ミラーはジェリーが与えてくれなかったものをすべて持っているような人間です。

権力に、財産に、人脈。

そのすべてがジャネットにとっては魅力的なものに思えたかもしれません。

ミラーは、「大切なことはすべて軍隊で学んだ」と話すような人物で、好奇心の赴くままに仕事を選んできたジェリーとは正反対のようなものです。

ジャネットは主婦として生活をしていたため、ジェリーの稼ぎなしでは生活をしてくことができません。

彼女にとって、ジェリーがいない間に必要なのは自分の面倒を見てくれるような人間であり、彼に魅力を感じたかは別として、生きていくために、衝動的に選択をしてしまったのかもしれません。

そしてこの衝動こそが、タイトルである「ワイルドライフ」、つまり「野生生物」の意味するところなのではないかと思っています。

『ワイルドライフ』における火の描写

『ワイルドライフ』は火の描写が象徴的な映画です。

ゴルフ場での職を失くしたジェリーは、テレビに映し出された山火事の光景に目を奪われ、家族の制止をふりきって、山にこもって火事を消す仕事に出かけて行ってしまいます。

この決断は、家族にとって決定的な分断のきっかけとなりました。

ジャネットが息子ジョーを山火事の現場に連れていき、外に出て空気を実際に吸わせるシーンはとても印象的です。

ジャネットはジョーに山の雰囲気が好きかと尋ねますが、ジョーは首をふります。

すると、ジャネットはその答えに満足したように、「彼は私たちと違う」と断言するのです。

つまり、ロマンを追い求めるような、ただひたすら理想を追い求めているような父親と私たちは違うのだと、明確に息子に線引きしてみせたのです。

息子ジョーが父の働く山を見つめる後ろで、火が煌々と燃えていく様は、限界のところで踏みとどまっていた家族が燃え始め、瓦解していくように感じられました。

山火事は、家族の分断のきっかけとなりましたが、物語の終盤では思わぬ方向へと話が結実していきます。

山の仕事を終えて、家に戻ってきたジェリー。

ジョーの話から、自分が不在の間に起こったことの顛末を知ります。

すると、ミラーの自宅へと車を走らせ、衝動的に家の周りに火をつけるのです。

火を消す仕事に魅了され、山へこもったジェリーが、自ら火をつけにいく。

その光景はとてもショッキングでした。

皮肉にも、ジェリーの行動を知ったジャネットは、自らがした選択の意味とその影響を知ることになります。

そして、息子のジョーに対しても、自らが恥ずべき母親であると謝罪するのです。

ここで家族は一度本当に終わりを迎え、再び新たな関係性へと移り変わってゆく様子がラストにかけて描き出されます。

『ワイルドライフ』において、火は家族の様子を映し出す鏡のような存在として象徴的に描かれています。

この描写が物語に深みを持たせ、後半の展開をより意味深いものにさせていたのだと思います。

映画『ワイルドライフ』まとめ

どうすれば家族はいつまでも家族として存在し続けられるのでしょうか?

考えてみると、家族は何より曖昧で脆いもののように思います。

家族だからといって、いつも本当のことが話せる訳でもありませんし、家族だからこそ打ち明けられないこともたくさんあります。

お互いをしっかりと掴んでいたつもりでも、どこかで歯車がかみ合わなくなっていて、すべてが間に合わなくなってしまうこともあります。

そのとき、私たちはすべてを失ってしまうのでしょうか。

もしかしたら、家族でなくなってしまったとしても、どこか一点でも関わりあって生きていくことができるのかもしれません。

そんな一つの希望と可能性を『ワイルドライフ』は見せてくれました。

要点まとめ
  • あるべき「家族像」の描写ではなく、一人一人の人間の選択を追う描写
  • 象徴的な「火」の存在とそこに投影される家族
  • ラストに描かれるのは、家族のその先にある未来

最後に、監督ポール・ダノの言葉を引用して紹介して締めくくりたいと思います。

「希望を失うこと、バラバラになっていく家族の姿を見つめて、最後に、生き残ることを描きたい。たとえ最悪のことが起こったとしても、人間は生き残ることができるということを探求したい。」

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