1961年にチャーター機墜落事故で亡くなったハマーショルド元国連事務総長。
その死につきまとう疑惑について、デンマーク人ジャーナリストのマッツ・ブリュガー監督が、調査員のヨーランと共に独自の調査を開始します。
これまで何度も検証されてきたハマーショルドの事故について、一から調べ上げるのは容易なことではありません。
しかし、ブリュガーらは強い信念をもって、謎のカギを握る人々にインタビューを重ねていきます。
- 混乱した国際情勢のなかで命を落としたハマーショルド
- ベルギーの傭兵パイロット説と陰謀論
- ブリュガー監督と相棒ヨーランの執念の調査
まさに紆余曲折な彼らの調査の経緯を追った『誰がハマーショルドを殺したか』を、ここからネタバレありでご紹介していきます。
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目次
『誰がハマーショルドを殺したか』作品情報
作品名 | 誰がハマーショルドを殺したか |
公開日 | 2020年7月18日 |
上映時間 | 123分 |
監督 | マッツ・ブリュガー |
脚本 | マッツ・ブリュガー |
出演者 | マッツ・ブリュガー ヨーラン・ビョークダール |
音楽 | ヨーン・エーリック・コーダ |
【ネタバレ】『誰がハマーショルドを殺したか』あらすじ・感想
ハマーショルドとコンゴ動乱
『誰がハマーショルドを殺したか』の題材になっているダグ・ハマーショルドは、スウェーデン出身の元外交官で、二代目の国連事務総長を務めた人物です。
ハマーショルドが事務総長に就任した1953年、国際社会はまさに冷戦の影響によって混乱の最中にありました。
ハマーショルドは、スエズ危機の平和的解決や、朝鮮戦争における国連軍の捕虜解放など、数々の問題に奔走。
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そんなハマーショルドが直面した課題の一つが、1960年のコンゴ動乱でした。
1960年6月にベルギーから独立を果たしたコンゴ共和国(現在のコンゴ民主共和国)は、南部カタンガ州の分離独立をめぐって全土の混乱へと発展。
カタンガ州の独立を率いたチョンベはベルギーによって支援され、コンゴ共和国の初代首相であったルムンバと対立。
国連軍は当初積極的な介入ができず、米国もモブツを支援し、ルムンバを失脚させるという構図ができ上がっていました。
コンゴは独立以後も、大国の利権の争いの場として大いに翻弄された歴史的な経緯があります。
ハマーショルドは事務総長としてコンゴ動乱の鎮圧を求められますが、国連の対応に不満を持ち、ソ連と接近していたルムンバとの交渉も難航を極めます。
数回にわたってコンゴに自ら出向いていたハマーショルドでしたが、チョンベとの交渉のためコンゴに向かっていた1960年9月18日にローデシア(現在のザンビア)でチャーター機が墜落。
ハマーショルドを含め機体に乗っていた関係者全員が死亡するという悲劇的な結末を迎えることになったのです。
ベルギーパイロットによるハマーショルド暗殺説
ハマーショルドの死の真相に興味をもったデンマーク人ジャーナリストのマッツ・ブリュガーは、調査員のヨーラン・ビョークダールとともに、独自の調査を開始します。
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後半に向かうほど、調査は思わぬ方向へと向かっていきますが、まずはブリュガーとヨーランが辿り着いた一つ目の可能性、ベルギーの傭兵パイロットによる犯行説について状況を整理します。
ブリュガーらは、まず当時の事故状況について情報を握っている人々に直接会ってインタビューを重ねます。
そこから見えてきたのは、ベルギーの傭兵パイロットがチャーター機を撃ち落したという構図でした。
当時、英国海軍に所属していた男性が、ブリュガーのインタビューに応じます。
男性は事故の当日に家族と過ごしていたところ、突然電話があったと証言します。
その中で聞かされた録音は、ベルギーの傭兵パイロットが「自分が機体を撃ち落とした」と証言するものだったと言うのです。
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そして、このベルギーパイロットの友人であるという男性までもがインタビューに答えます。
ベルギーパイロットの名はリッセアムで、男性は1965年にリッセアムに会った際、作戦のことを自慢げに話す彼の姿をしっかりと覚えていました。
作戦当時のリッセアムのコードネームは“ロード・レンジャー”であったことも語られます。
ハマーショルドが搭乗していたチャーター機が、外部攻撃によって撃ち落された可能性については、2015年に国連が立ち上げた専門委員会によっても示唆されており、未だに検証は続いています。
離陸前の飛行機は2時間にわたって点検がなされていなかったため、爆弾を仕掛けることは時系列においては可能であったという点についても、委員会によって示唆されているのです。
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急浮上する陰謀論
しかし、ブリュガーらの調査はここで終わることはありません。
彼らが事件の真相の新たな手掛かりを見出したのは、南アフリカ海洋研究所、通称「サイマー」と呼ばれる秘密組織でした。
サイマーは、民兵からなる諜報機関で、その実態は特定の国に所属するものではなく、英国や南アフリカに拠点を持つ人々によって構成されていたというのです。
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南アフリカで90年代にアパルトヘイト問題を検証するために立ち上げられた「真実和解委員会」が、サイマーによる12枚のハマーショルド殺害計画書が存在することを当時公開していていました。
しかし、殺害計画書の正当性は不透明で、冷戦時におけるソ連の陰謀だという見方が強まり、真面目に検証されることはなかったのです。
調査を続ける中でブリュガーは、ダイアン・マクスウェルという人物がサイマーのリーダーであったという可能性に辿り着きます。
残念ながらマクスウェル自身はすでに死去していたものの、彼と関わりのあった人々からいくつかの証言を得ることができました。
その中で明らかになったのは、マクスウェルは医師として擬態しながら活動をし、無償でヨハネスブルクの黒人居住地区で医療活動を行なっていたということです。
南アフリカ現地の人々も、彼が白衣を着て確かに医療活動を行っていたとブリュガーに証言します。
さらに、マクスウェルが残した回顧録には、彼がサイマーに加入し、研修を受け、コンゴに派遣されるまでの日記が残されていました。
ブリュガーと調査員のヨーランは、半信半疑でサイマーの疑惑について検証を続けていきますが、彼らはある人物のインタビューによって、その疑惑を確信に近いものへと変えていきます。
それが物語の後半でインタビューに応じた、サイマーに所属し前線で戦ったというジョーンズの証言です。
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当初、スパイ行為を主軸に活動していたと思われていたマクスウェルですがジョーンズの証言によって、マクスウェルの白人至上主義的な一面についても明かされていきます。
耳を疑うような内容ですが、マクスウェルは、HIVをワクチンによってばら撒き、黒人の根絶を目指そうとしていたというのです。
アフリカの大部分を自由に操りたいと計画していたマクスウェルとサイマーにとって、それを阻止しようとしたハマーショルドは邪魔な存在だったとジョーンズは結論付けます。
陰謀論の正当性は?
ブリュガーは、ジョーンズの一連の証言を、それなりに正当性のあるものだと結論づけます。
しかし、最後まで決定的な結論には至らず、観客である私たちに多くの可能性を提示しながら、映画は結末へと向かっていきます。
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当初、監督とヨーラン調査員が追っていたものは、あくまでハマーショルドの死の真相でした。
ハマーショルドの事故については、英国のガーディアン紙などをはじめ、各国のメディアもベルギーの傭兵パロットが関与している可能性が高いことを示唆しています。
ここまでは、この映画の内容と国際社会の見解が大まかには一致する部分です。
しかし、監督とヨーランが徐々にハイマーと呼ばれる組織の陰謀論に取りつかれ、当時組織に所属していたと考えられる関係者を調査していく中で、この映画の意味合いや雰囲気は大きく変わっていきます。
南アフリカの白人至上主義や、HIVワクチンによる黒人の虐殺計画など、あまりにも確証を得るのが難しいようなテーマに向かって、監督自身がのめり込んでいってしまうのです。
ハマーショルドの暗殺計画がそのため、出演していた人物の誰が信ぴょう性に足る人物であるのか、観客としても徐々に判断が難しくなっていきます。
また、デンマーク人であるブリュガー監督が、ホテルの一室で黒人女性を秘書として雇い、タイプライターで今までの取材の経緯を彼女に記録させるという演出はとても印象的でした。
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黒人女性が、サイマーの陰謀説に恐怖心を抱く様子をあえて映し出すことで、自身の仮説の現実味を高めようとするブリュガー監督の意図が強く感じられたのです。
この作品で語られるすべての疑惑を鵜呑みにしてしまうのは危険ですが、ハマーショルドの死について、ここまで複数の説が存在するということ自体が、当時の錯綜した国際情勢が未だに解明されていないことを如実にあらわすものでもあります。
実際に、当時ハマーショルドの死に関わっていたとされる西側諸国は、積極的な調査への協力を未だに拒んでいるのです。
「記者としての失態を脚色でごまかしたわけだ」と監督が中盤で自ら話すように、『誰がハマーショルドを殺したか』は、純粋なドキュメンタリーというより、ハマーショルドの謎に取り憑かれ、何があってもその真相にたどり着きたい2人の男のドキュメンタリーであるとも言えます。
ハマーショルドの死の真相を追っていたはずの2人は、徐々に壮大な陰謀論に巻き込まれていきました。
kananika
『誰がハマーショルドを殺したか』あらすじ・ネタバレ感想:まとめ
監督、なかなか真相に辿り着かず
秘書もヤキモキ…。「ゴール目前まで
来たのにーー
一番遠ざかった気分だ」
「だから まだ謎なの?」
「何?」
「フィクションである理由」
「これはフィクションじゃない
そう、ドキュメンタリーだ」
「分かった」
「だが…」 pic.twitter.com/TiMiD87IVM— 映画『誰がハマーショルドを殺したか』全国順次公開中! (@whokilled_h) July 25, 2020
- ドキュメンタリーかフェイクか、判断を委ねられる観客
- 事故当時を知る人々の見ごたえのあるインタビューの数々
- 監督自身が陰謀論に飲み込まれていく様子は必見
いわゆる「信じるか、信じないかはあなた次第」という作品ではありますが、ハマーショルドの死の真相について、ここまで多くのインタビューを盛り込んだ映像作品は他に例がありません。
『誰がハマーショルドを殺したか』はハマーショルドという人物や、彼を取り巻いていた1960年代の国際社会の複雑な状況について関心がある方には、ぜひおすすめしたい作品です。