映画『アス』あらすじ・感想!中流家庭にもう一人の“私たち”が襲撃!この物語は何を語りたいのか?【ネタバレなし】

映画『アス』あらすじ・ネタバレ感想!

出典:『アス』公式ページ

幸せに暮らす主人公アデレードと家族たち。

サンタクルーズの避暑地にやってきた彼らの前に、夜、自分たちと同じ姿をした赤いジャンプスーツの“私たち”がやってくる。

彼らの目的は!?そして、これから一家はどうなってしまうのか。

ポイント
  • 一番怖いのはもう一人の自分
  • 格差とアメリカと人間の二面性を描く
  • 予想外の展開とオチ

それではさっそく映画『アス』をレビューしたいと思います。

映画『アス』作品情報

映画『アス』作品情報

出典:映画.com

作品名 アス
公開日 2019年9月6日
上映時間 116分
監督 ジョーダン・ピール
脚本 ジョーダン・ピール
出演者 ルピタ・ニョンゴ
ウィンストン・デューク
エリザベス・モス
ティム・ハイデッカー
カーラ・ヘイワード
音楽 マイケル・エイブルズ

映画『アス』あらすじ


アデレードは夏休みを利用して、夫と2人の子供たちと一緒に幼い頃住んでいたカリフォルニア州サンタクルーズの家を訪問する。

彼女は友人一家と落ち合いビーチへ出掛けるが不可解な出来事に見舞われ、過去のトラウマがフラッシュバックする。

やがて夜になると、自分たちとうり二つの不気味な4人組が家の前に現れる。
出典:シネマトゥデイ

映画『アス』みどころ

映画『アス』みどころ

第90回アカデミー賞で脚本賞を受賞した『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督と、製作を務めたジェイソン・ブラムが再び組んだスリラー。

休暇で海辺にやって来た一家が、自分たちにそっくりな人物に遭遇する。

『それでも夜は明ける』で第86回アカデミー賞助演女優賞に輝いたルピタ・ニョンゴが主演を務め、『ブラックパンサー』などのウィンストン・デューク、ドラマシリーズ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』などのエリザベス・モスらが共演。
出典:シネマトゥデイ

映画『アス』を視聴できる動画配信サービス

『アス』は、下記のアイコンが有効になっているビデオ・オン・デマンドにて動画視聴することができます。

なお、各ビデオ・オン・デマンドには無料期間があります。

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注意点
  • 動画の配信情報は2019年9月21日時点のモノです。
  • 動画配信ラインナップは変更される可能性もありますので、登録前に各サービスの公式ページにて必ずご確認ください。

ご覧のとおり、2019年9月21日現在はどこのビデオ・オン・デマンドでも配信開始となっておりません。

動画配信が開始になり次第、追って情報を掲載させていただきます。

映画『アス』感想レビュー【ネタバレなし】

映画『アス』詳しいあらすじ

1986年5月25日。

幼少時のアデレードは、テレビでアメリカ人たちが西海岸から東海岸まで600万人が手をつないで団結し、国内の貧困層への支援を募る『Hand Across America』という運動が起きているのを見ていました。

その後、彼女はバカンスに出かけ、サンタクルーズのビーチの夜店に連れて行ってもらいます。

アデレードは楽しんでいましたが、ふと父親とはぐれ、遊園地の端にある「本当の自分を探す場所」と書かれた怪しすぎる施設に迷い込んでしまいます。

その施設の側では「エレミヤ書11章11節」と書かれたプラカードを持った不審な男が立っていました。

中は鏡張りの不気味な部屋。彼女はそこで自分そっくりな少女に出会ってしまいます。

彼女はたった15分親とはぐれていただけですが、一時的に失語症になるなどトラウマを負いました。

その後、アデレードは大人になり結婚して2児の母になっています。

夫のゲイブ・ウィルソンはそこそこの高給取りで一家は何不自由なく暮らしており、長女のゾーラも長男のジェイソンも少し変な子ではありましたが順調に育っていました。

夏休み、一家はアデレードが昔住んでいたサンタクルーズの家に避暑にやってきます。

アデレードは道中で「エレミヤ書11章11節」のプラカードのあの男が血まみれで救急車に乗せられているのを見て不安に包まれます。

彼女はビーチで友人のタイラー一家と遊んでいてもどこか落ち着かず、懐かしの家にいてもやたらと外を気にしていました。

彼女はなんとなくあのもう一人の自分がやってくるのではないかと危惧していたのです。

不審がるゲイブに自身の過去を話しますが、彼はピンと来ていませんでした。

その夜、突如停電が起こり、その点検をしている時にジェイソンが家の前に4人の不審者が立っていることに気づきます。

ゲイブが追い返そうとしたところ、彼らは逆に散らばって家に侵入してきます。

ゲイブは負傷し、一家はリビングに集められて囲まれます。

彼らはウィルソン一家4人とそっくりな見た目で、全員赤いつなぎを着て、手にハサミを持っていました。

アデレードのドッペルゲンガーはレッド、ゲイブのドッペルゲンガーはアブラハム、ゾーイはアンブラ、ジェイソンはプルートー。

自分と同じ見た目の人間が揃っている恐怖で一家は身動きが取れません。

そしてレッドがアデレードの半生とその間に自分が過ごしてきた酷い日々を語り始めます。

彼らは「私たちはアメリカ人だ」と名乗りました。

アデレードは手錠でテーブルに繋がれ、元陸上部のゾーイは隙をついて家から逃げ出してアンブラに追われます。

ゲイブはアブラハムに殴り倒され外に引きずり出されます。

ジェイソンはプルートーと遊んでくれと言われ、不気味な仮面をかぶった彼と二階の物置部屋に閉じこもります。

そして一家とドッペルゲンガーたちの戦いが始まりました。

しかし、それはあくまでも恐ろしい現象の発端に過ぎませんでした。

一晩のうちに恐ろしいことが起き始めていたのです。

巧みな演出と超絶演技

もう一人の自分が襲いにやってくるという斬新な設定が話題を呼んでいる本作。

しかし、話の内容は人種問題を扱いながらもわかりやすいスリラーだったジョーダン・ピールの前作『ゲット・アウト』に比べると示唆に富んでいて若干難解です。

いろんなメタファーが出てきますし、画面に映る物や音楽が計算されて配置されているので少しめんどくさい映画でもあります。

しかし本作は、あくまでもスプラッター要素の強いホラーとしての下世話な楽しさは忘れていません。

まず、一人二役で主人公一家ともう一人のドッペルゲンガー(ここではあえてそう呼んでおきます)を演じた4人の演技力です。

顔は同じなのに決定的に何かが違う、というのを服装以上に表情と声と独特な動きで表現していてめちゃくちゃ不気味。

特に普段は美人な主役ルピタ・ニョンゴ演じるレッドの目がいっちゃってる表情は、誰もがある程度トラウマになるのではないでしょうか。

『ゲット・アウト』のいきなり笑いながら泣き出す黒人のお手伝いさんといい、ピール作品には強烈な表情の人が良く出てきます。

ところどころ『シャイニング』っぽい撮り方をしている場面もあるのですが、この顔芸でもっていく姿勢こそが一番『シャイニング』風味ですね。

顔だけでなく、ルピタ・ニョンゴが「ずっと声を発さずにいた人はどんな声色なのか」ということを研究して作り上げた不気味すぎる声もトラウマ級。

難しいストーリー云々の前に、まず演技で怖がらせることに成功しているので退屈することはありません。

おかげで二転三転してストーリーがどんどん捻じれていっても、そのわからなさがまた怖さに繋がっています。

もう一人の自分たちとウィルソン一家の殺し合いも刃物、鈍器、その他意外な武器も飛び出して泥臭く血みどろの殺し合いを繰り広げるので注目です。

また後半からは、とあるスペクタクル的な展開になっていき、強烈なインパクトの絵が増えていくのも見どころ。・

「こんなカット見たことない…」とギョッとするようなビジュアルイメージが出てくるので、ピール監督は単にストーリーテラーとして巧いだけでなく絵的センスも抜群なのがわかります。

詳しく言えないのがもどかしいですが、びっくりするのは必至です。

そして、恐怖やサプライズと同じくらい見どころなのは笑いです。

コメディアンの監督だけあって、緊張と緩和の使い分けが巧く、凄惨なことがあった後のとぼけたセリフや、予想外のBGM使いで笑いをかっさらいます。

特にゲイブ役のウィンストン・デュークはコメディリリーフとして最高の演技を見せてくれます。

いろいろ書いてきましたが、難解な部分はあっても見ている間は普通に楽しめるということです。

分からない部分は、公式サイトにも詳しい伏線やキーワード解説が乗っているので調べてみましょう。

格差の話、アメリカの話、“私たち”の話

本作のテーマはいったい何か。

襲ってくるもう一人の自分とは。

冒頭のアデレードの幼少期の時代の描写にいろいろなヒントがあります。

1986年のTVに映るのは、国内の貧困層への支援を募る『Hand Across America』という実際に会ったイベント。

貧困層救済のための募金を募る目的で、西海岸から東海岸まで約6600キロを600万人以上の人が15分間手をつなぐというチャレンジが行われたんです。

確かにすごいことですが、24時間テレビとかが嫌いな人は、正直この行為には偽善臭を感じますよね(笑)

実際こんなことをした割には、大した金額は集まらず貧困層もろくに救済されず、当時のレーガン政権は富裕層の減税やら福祉の縮小やらの悪政を行って、アメリカの貧困率は大幅に増えてそのまま現在に至ってしまっています。

この時、貧困層は見捨てられ、アメリカは分断されたんですね。

少なくとも、当時子供でこの光景を見ていたピール監督はそう感じたそうです。

裕福に暮らしている人の前に現れるもう一人の自分というのは「もしかしたらこうなっていたもしれない貧しくて苦しい自分」の象徴。

たまたま上手く生きていられても、それを妬んでいる自分とほとんど変わらないような人間がいるということのメタファーです。

また、アデレードが『Hand Across America』を見ているTVの横の棚にあるホラー映画のVHSのタイトルも、本作の後の展開やオチを示唆しています。

とりあえず、そのうちの一本である『チャド』という映画について調べて見てください。

謎の男が持っている「エレミヤ書11章11節」とは、キリスト教・旧約聖書内の預言者エレミヤの『予言の書』に書かれている一節です。

エレミヤの『予言の書』は、唯一神ヤハウェに従わない傲慢なイスラエルの民がバビロンに滅ぼされることを予言した恐ろしい書です。

11章11節には、

それゆえ、主はこう仰せられる。「見よ。わたしは彼らにわざわいを下す。

彼らはそれからのがれることはできない。

彼らはわたしに叫ぶだろうが、わたしは彼らに聞かない。
出典:旧約聖書メッセージ

と書かれています。

この不吉な一節は、まさに『アス』の中で起きる惨劇と大カタストロフを示唆しています。

そして、現代パートでレッドたちが言うあのセリフが一番大事なテーマを表しています。

「私たちはアメリカ人だ」

これをわざわざ言う意味とは?

やはり、貧困層や難民や移民を見捨てている現代アメリカ社会への警鐘なのでしょう。

見ないふりはできないぞ。いつかこんな社会は崩壊する。ということでしょうか。

だからタイトルの『US』にはユナイテッド・ステイツという意味も込められていると考えられます。

貧困層と富裕層、人種などで分断されて全然ユナイテッドされていませんが。

そして貧しいもう一人の自分たちが、その生活を奪いにやってきた時にアデレードたちが取る社内排撃行為もゾッとさせられます。

詳しくは見てほしいですが、タダの一般家庭の人々だった彼らがドン引きするくらいの暴力を働きます。

そんなことをしてまで今の自分の生活を守りたいと思ってしまうんです。

他人事でなく、たぶん私も同じ状況ならそれくらいのことはすると思います。

どこかに潜んでいるかもしれない「あり得た貧しい自分」と「自分を守るために他者を平気で排除する自分」という色んな恐ろしい「私たち」が描かれているのがこの映画なのです。

ちなみに今回の記事は、中盤以降に明らかになるSF的な展開ラストのどんでん返しには触れずに書いてきました。

特にラストの大オチには結構ビックリする人も多いのではないでしょうか。

このオチで分かるのは「結局育った環境が人を分けるのね」ということです。

日本でも「貧しいのは結局自分のせい」というような自己責任論が蔓延していますが、やっぱりある程度は個人個人に社会がちゃんとした成長環境を用意しないと貧困から脱するのは無理だし、それを放置して切り捨てていると結局社会が立ち行かなくなってしまうのではないでしょうか。

怖がりつつそんなことを考えるにまで至ってしまう。深い社会派ホラーでした。

映画『アス』まとめ

以上、ここまで映画『アス』について紹介させていただきました。

要点まとめ
  • 襲ってくるもう一人の「私たち」がビジュアルから何まで恐ろしすぎ
  • それだけでなく笑えるし、かっこいい絵や予想外の展開が楽しめます
  • 格差や貧困、生まれた環境による人の成長の差まで考えてしまう社会派映画でもあります