映画『シカゴ7裁判』の時代背景を解説!ベトナム戦争をめぐる政治の動き、実在の登場人物のその後まで紹介

映画『シカゴ7裁判』の時代背景を解説!ベトナム戦争をめぐる政治の動き、実在の登場人物のその後まで紹介

出典:Netflix

『シカゴ7裁判』はアーロン・ソーキン監督・脚本による法廷劇です。

本作で描かれているシカゴ7裁判は実際に起きた事件です。

時は1968年、1968年、シカゴで開かれた民主党全国大会で暴動をあおった罪で起訴された、7人の若者の命運を決める裁判が描かれます。

舞台はアメリカ合衆国のシカゴで、遠い国で半世紀以上前に起きた出来事です。

本作はかなり丁寧に説明を挟んでいるとは思いますが、時代背景について全く無知だとちょっと敷居の高いつくりになっているのも確かです。

今回は『シカゴ7裁判』をより楽しめる1960年代終盤のアメリカの時代背景について解説していきたいと思います。

映画『シカゴ7裁判』の時代背景を解説

『シカゴ7裁判』概要

『シカゴ7裁判』

出典:IMDB

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『シカゴ7裁判』の監督・脚本を務めたのは、アーロン・ソーキン。

劇作家としてキャリアをスタートさせたソーキンは舞台、テレビ、映画のすべての分野で脚本家として成功を収め、『モリーズ・ゲーム』(2017)で映画監督デビューを果たしています。

本作は当初ソーキンの脚本ありきでスタートし、監督がスティーヴン・スピルバーグ、ポール・グリーングラス、ベン・スティラーと転々とした末に結局ソーキンが自身で監督することで落ち着き、企画が立ち上がってから10年以上して完成した曰く付きの作品です。

ニコ・トスカーニ

監督がコロコロ変わる映画は残念な結果になってしまう場合も少なくないですが、評価は上々で第93回アカデミー賞で作品賞、脚本賞を含む6部門の候補になっています。

内容の方はいかにもソーキンらしい硬派な法廷サスペンスです。

『シカゴ7裁判』

出典:IMDB

ソーキンの出世作となった『ア・フュー・グッドメン』(1992)は、軍法会議を舞台にした法廷劇でした。

『シカゴ7裁判』は政治色も強い作品ですが、ソーキンは『ザ・ホワイトハウス』(1999-2006)という政界を舞台にした政治モノの傑作ドラマも生み出しており、政治色の強い法廷サスペンスとなると得意分野と得意分野が合わさった超得意分野です。

ソーキンらしくセリフの量が圧倒的に多い脚本で舞台的な作りですが、インサートを挟みつつ細かくカットを割ることでテンポよく飽きの来ない作りになっており、監督作は2作目ながら監督としても見事な手腕を発揮しています。

ベトナム戦争

シカゴ7裁判事件は、背景にベトナム戦争への反戦活動があります。

ニコ・トスカーニ

ベトナム戦争は数多くの映画で描かれている事件なので、映画ファンにはご存じの方も多いでしょう。

一応、ベトナム戦争の概要についてお浚いしておきます。

ベトナム戦争

出典:Wikipedia

東南アジアに位置するベトナムは第二次世界大戦以前、フランス領インドシナと呼ばれていました。

文字通りフランス植民地だったのと、インドとシナ(中国のこと。蔑称と見做されるので使っちゃ駄目です)の中間に位置していたことに由来します。

ベトナムに限らず、東南アジアの一帯は欧米列強に長きにわたって支配されていました。

20世紀になると日本軍が進駐しますが、日本が第二次世界大戦に敗北したことで日本も去っていきます。

同じアジア人である日本人がフランス人を追い出したことでベトナムでは民族意識に火が付きましたが、今度は旧宗主国のフランスが舞い戻ってきました。

ベトナムには中国・ソヴィエト連邦の後押しを受けたホー・チ・ミン(1890-1969)政権が誕生しており、ディエンビエンフーの戦いで大敗を喫したことでフランスは撤退します。

ホー・チ・ミン

出典:Wikipedia

これでようやくベトナムに平和が…と言いたいところですが、そうはいきませんでした。

ベトナムは中国・ソヴィエトに支援を受けた共産主義政権です。

ベトナム共産党

出典:Wikipedia

当時の東南アジアは近隣のラオス、カンボジアにも共産主義が伝わっていました。

その勢いは共産主義がアジア中に広まりかねない状況でした。

そうなって困るのが、資本主義陣営の大国アメリカです。

アメリカは南ベトナムに親米傀儡政権のサイゴン政府を作り上げ、援助しました。

こうして北部のホー・チ・ミン政府と南部のベトナム共和国(南ベトナム)の二つの勢力が、17度線を隔てて争うことになったのです。

ベトナム戦争は当初、アメリカが南ベトナムに送り込んだ軍事顧問団vsホー・チ・ミン政府の北ベトナム正規軍という勢力図でした。

それが南ベトナムで反米の抵抗勢力、南ベトナム解放民族戦線(通称ベトコン)の破壊活動が活発化し始めると、アメリカの送り込んだ軍事顧問団だけでは対抗できなくなります。

南ベトナム解放戦線

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1965年11月にアメリカは本国から正規軍を五月雨式に投入し、争いは泥沼化します。

これがベトナム戦争(1965-1975)です。

ベトナム戦争は両軍から多大な犠牲者が出ましたが、最終的にアメリカは撤退。

ベトナム、アメリカの双方に心の傷を残しました。

ベトナム戦争

出典:Wikipedia

戦争終結から間もなく、映画の題材にもなり『ディア・ハンター』(1978)、『地獄の黙示録』(1979)などは、ベトナム戦争もの映画の初期の傑作です。

1980年代になると、自身もベトナムで戦ったオリバー・ストーン監督が『プラトーン』(1986)を発表しています。

2020年以降の例だと、スパイク・リー監督の『ザ・ファイブ・ブラッズ』(2020)もベトナム戦争を題材にしています。

またベトナム戦争とは間接的なつながりですが、シルヴェスター・スタローン主演のシリーズに登場するジョン・ランボーもベトナム帰りの設定です。

『ランボー』ジョン・ランボー

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『シカゴ7裁判』の舞台なっている1968年はベトナム戦争最盛期で劇中でアーカイブ映像を交えながら語られていた通り、アメリカ軍は南ベトナムに540,000人を派遣していました。

その当時ベトナム戦争に反対する活動が広まっており、シカゴ7として『シカゴ7裁判』劇中に登場する7人は実在の反戦活動家たちです。

『シカゴ7裁判』

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オリバー・ストーン監督の『7月4日に生まれて』(1989)でトム・クルーズが演じていたロン・コーヴィックはベトナム戦争の負傷が原因で半身不随になっており、彼は帰国後反戦活動家に転じています。

ロン・コーヴィック

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ニコ・トスカーニ

『7月4日に生まれて』は1967年から1970年ごろが舞台なので、『シカゴ7裁判』と同時代の出来事ですね。

また、1970年代に入るとベトナム戦争を終結に向かわせる重要な事件が起きます。

極秘文書「ペンタゴン・ペーパーズ」の流出です。

ペンタゴン・ペーパーズにはベトナムへの米軍介入の根拠とされていたトンキン湾事件に関して、アメリカの捏造した事件が含まれていることが明記されていました。

これによりベトナム戦争は一気に終結へと向かいます。

この事件は、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017)の題材になっています。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』

(C)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

1969年以後、撤退計画に基づいてアメリカ派遣軍の撤退が開始され、1973年の3月29日に完全撤退が完了しています。

最終的に戦死者は4万人を超えていました。

1975年4月30日に北ベトナム軍により、ベトナム共和国の首都サイゴンが陥落。

サイゴン陥落

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ベトナム戦争は完全に終結しています。

リベラルに寄り始めた1960年代

1960年代は世界レベルで、「自由」が激しく叫ばれた「政治の季節」でした。

その担い手になったのが、シカゴ7のような若者たちです。

先立つ1950年代、「ビートニクス」と呼ばれるカリスマ的な詩人や作家が熱狂的な支持者を獲得していました。

ビートニク

出典:Wikipedia

ビートニクの思想について説明するとややこしいことになるので詳解は避けますが、その要素の中で重要だったものの一つが「反戦」です。

『シカゴ7裁判』にチョイ役でアレン・ギンズバーグ(1926-1997 演・アラン・メトスキー)が出てきましたが、ギンズバーグはビートニクスの代表的存在です。

アレン・ギンズバーグ

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当時のアメリカは第二次世界大戦後のベビーブームの影響で若者人口が多く、ビートニクスを支持する若者たちは一大勢力になっていました。

1950年代に始まった公民権運動(アメリカの黒人が公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った大衆運動)も、1960年代に入ってさらに勢いを増していました。

ヒューイ・パーシー・ニュートン(1942-1989)と、『シカゴ7裁判』にも登場するボビー・シールが結成したブラックパンサー党は黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた急進派組織の代表格です。

ブラックパンサー

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公民権運動もよく映画の題材になっており、『マルコムX』(1992)、『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』(2011)、『グローリー/明日への行進』(2014)、『私はあなたのニグロではない』(2016)などが代表例として挙げられます。

ニコ・トスカーニ

このようなリベラルで急進的な時代の背景には、アメリカ司法界の潮流も影響していました。

アメリカ合衆国における最上級の連邦裁判所は、合衆国最高裁判所です。

合衆国最高裁判所

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合衆国最高裁には9人の判事がいますが、判事は大統領の指名で決まります。

大統領の任期は1期4年、最高でも2期8年までしか務められないアメリカですが、意外なことに最高裁判事には任期が無く、大統領でも更迭できません。

ニコ・トスカーニ

引退か死去以外では、入れ替わりがありえません。

そのため、法律関係においては大統領よりも最高裁判事の影響の方が強いと言われています。

1960年代は、リベラル寄りの時代でした。

その流れを作ったのが1953年に最高裁長官に指名されたアール・ウォーレン(1891-1974)です。

アール・ウォーレン

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ウォーレンは第二次世界大戦中、カリフォルニア州地方検事として日系人の強制収用を支持しており保守派と目されていましたが、実のところウォーレンはその行いを深く後悔していました。

1954年、ウォーレンは南部の公立学校における白人と黒人の隔離を違憲とする「ブラウン判決」を下しています。

ここから公民権運動に火が付き、1965年には黒人の参政権が認められています。

公民権運動

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弁護士費用を払うことができない被告人に税金から弁護士を雇う制度、黙秘権や弁護士をつける権利を告知せずに逮捕ができない制度もウォーレンの最高裁長官時代に制定された制度です。

ウォーレンは1969年に辞任していますが、その後もしばらくはリベラル寄りの時代が続いており、1973年には人工妊娠中絶を合憲とする判決が下っています。

『十二人の怒れる男』(1957)の陪審員8番(ヘンリー・フォンダ)は他の陪審員を根気強く説得して全員一致の無罪に導いていましたが、陪審員8番はアール・ウォーレンを意味していると言われています。

『十二人の怒れる男』

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なお、黙秘権や弁護士をつける権利の告知を「ミランダ警告」と言います。

20年の長きにわたって放送された『LAW&ORDER/ロー・アンド・オーダー』(1990-2010)は、ニューヨーク市警察の刑事が容疑者逮捕時にミランダ警告を読み上げるのが前半部分のクライマックスお決まりのパターンになっていました。

『LAW&ORDER/ロー・アンド・オーダー』

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シカゴ7が裁判沙汰になったように、前述のペンタゴン・ペーパーズを流出したダニエル・エルズバーグも裁判沙汰になり、無罪になっています。

ニコ・トスカーニ

シカゴ7の面々も結局全員無罪になっていますが、これには当時の司法界の風潮も関係していたのかもしれません。

シカゴ7裁判の関係者たち

しつこいようですが、多くの脚色を含みはするものの『シカゴ7裁判』は実在の事件に基づいているので、映画の登場人物も実在の人物です。

最後に映画の主要な人物たちについて解説して、締めくくりたいと思います。

トム・ヘイデン(1939-2016)

トム・ヘイデン

出典:Wikipedia

『シカゴ7裁判』の主役級の一人。

映画ではエディ・レッドメインが演じていました。

1939年生まれなので、裁判開始当時はまだ20代です。

ニコ・トスカーニ

映画では比較的穏健派で現実主義的であるように描かれていましたが、実際のヘイデンも他の面々に比べれば現実主義者だったのかもしれません。
『シカゴ7裁判』

出典:IMDB

ヘイデンは1982年にカリフォルニア州議会の議員に当選。

シカゴ7の中で唯一政界入りを果たしています。

1997年にはロサンゼルス市長に立候補して敗戦するものの、2000年まで議員を務めています。

アビー・ホフマン(1936-1989)

『アビー・ホフマン』

出典:Wikipedia

同じく主役級の一人。

映画ではサシャ・バロン・コーエンが演じていました。

『シカゴ7裁判』

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映画でも描かれていた通り、時折おどけた仕草を見せて新聞の一面を飾っていました。

作家として何冊か著作を発表し評判になりましたが、晩年は双極性障害に苦しみ、自殺しています。

ニコ・トスカーニ

まだ50代でした。

ボビー・シール(1936-)

ボビー・シール

出典:Wikipedia

裁判関係者で唯一の黒人。

映画では、ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世が演じています。

『シカゴ7裁判』

出典:IMDB

当初、シカゴ7の面々と共に裁判にかけられましたが除外されています。

コネチカット州での警官殺害の容疑をかけられていましたが、こちらも冤罪であったことが発覚しています。

また、ボビー・シールの関係者としてフレッド・ハンプトン(1948-1969)が登場(演・ケルヴィン・ハリソン・Jr)していますが、ハンプトンは『ジューダス・アンド・ザ・ブラック・メサイア』(邦題未定・2021)にも登場しており、ハンプトンを演じたダニエル・カルーヤは『シカゴ7裁判』でアビー・ホフマンを演じたサシャ・バロン・コーエンと、アカデミー賞の最優秀助演男優賞を争っています。

ウィリアム・クンスラー(1919-1995)

『ウィリアム・クンスラー』

出典:Wikipedia

シカゴ7を弁護した弁護士。

映画では、マーク・ライランスが演じています。

『シカゴ7裁判』

出典:IMDB

クンスラーは弁護士であると同時に公民権活動家でもあり、公民権運動の代表的な活動家だったマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師(1929-1968)、マルコムX(1925-1965)の弁護も担当していました。

ラムゼイ・クラーク(1927-)

ラムゼイ・クラーク

出典:Wikipedia

アメリカ合衆国第66代司法長官。

映画の舞台当時は退任し、一介の弁護士になっていました。

映画ではマイケル・キートンが演じています。

ニコ・トスカーニ

シカゴ7の弁護団に重要な情報をもたらす、短い登場時間ながら重要な役どころです。
『シカゴ7裁判』

出典:IMDB

映画では描かれていませんが、公民権運動において重要な役割を果たした人物で、投票時の人種差別を禁じた1965年投票権法成立は彼の功績の一つです。

1969年に司法長官を退任した後、弁護士として活動する傍らベトナム反戦活動に参加しています。

ニコ・トスカーニ

1927年生まれですが、調べてみたらなんと記事執筆時点でまだ存命中でした。

ジュリアス・ホフマン(1895-1983)

シカゴ7裁判を担当した裁判官。

劇中ではフランク・ランジェラが演じていました。

『シカゴ7裁判』

出典:IMDB

ニコ・トスカーニ

1895年生まれですので、裁判当時はすでに70代だったことになります。

映画ではだいぶネガティブな描かれ方をしていましたが、実際に78パーセントのシカゴの法曹関係者が彼のことを「不適切だった」と判断しています。

1982年、合衆国地方裁判所の立法委員会は、高齢と悪評を理由にホフマンに新しい裁判への参画をしないよう命じました。

ホフマンは以後もすでに審議中だった裁判で議長を務め続け、結局亡くなる直前まで裁判官の職務を全うしています。

映画『シカゴ7裁判』の時代背景を解説:まとめ

以上、ここまで『シカゴ7裁判』の時代背景について解説してきました。

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