『旅のおわり世界のはじまり』あらすじ・ネタバレ感想!前田敦子がかつてないほど魅力的で感動的な傑作

映画『旅のおわり世界のはじまり』あらすじ・ネタバレ感想!

出典:『旅のおわり世界のはじまり』公式ページ

ホラーの鬼才・黒沢清がウズベキスタンを旅するリポーターの交流と成長を描く一見爽やかな企画を扱った本作。

しかし、さすが黒沢清。

異常なまでに不穏で、不気味で、しかし繊細でエモーショナルな彼にしか撮れない異様な映画ができあがりました。

ポイント
  • ウズベキスタンという異国が、そのまま黒沢清的な異界に変貌していく演出の妙
  • 前田敦子がかつてないほど魅力的で彼女のための映画になっていく
  • 一人の女性の成長物語。旅が終わり、そして彼女の世界がはじまる

そして、黒沢清が前田敦子に惚れ込んでいるのがよくわかります。

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『旅のおわり世界のはじまり』作品情報

映画『旅のおわり世界のはじまり』作品情報

出典:映画.com

作品名 旅のおわり世界のはじまり
公開日 2019年6月14日
上映時間 120分
監督 黒沢清
脚本 黒沢清
出演者 前田敦子
染谷将太
柄本時生
アディズ・ラジャボフ
加瀬亮
音楽 林祐介

【ネタバレ】『旅のおわり世界のはじまり』あらすじ・感想


異界で成長するヒロイン

本作は日本とウズベキスタン国交樹立25周年で作られた映画で、海外で評価の高い黒沢清に白羽の矢が立ちました。

基本プロットとして、夢に悩む若い日本人女性がウズベキスタンを旅し、そこに暮らす人々の温かさに触れて一歩を踏み出すというお題が出されたそうです。

まあ普通にやれば当たり障りのない良い話ができそうな題材ですが、そこはさすが黒沢監督と言うべきか、ウズベキスタンという馴染みの薄い外国(英語すらあまり通じません)を彼の作品によく出てくる異界的なものとして捉え、その中に夢と現実の狭間で悩む女性が放り込まれて戸惑い、時に恐れ、そして強くなるという要素を加えて彼独自の作品を作り上げました。

ただ日本人女性の通過儀礼としての過酷な環境みたいに描いてしまうとウズベキスタン側に失礼なのですが、その問題に関しても絶妙にチューニングが効いており、とてもクレバーな作品でもあります。

ウズベキスタンの大人気俳優アディズ・ラジャボフさんがまさに橋渡し的な役割を担っているのですが、それは後程説明します。

まるで前田敦子のドキュメンタリーのようだ

概要を簡単に書くと、

「世界の果てまでイッテQ」のようなバラエティ番組(実際、黒沢監督はイッテQの大ファンだそうです)のリポーター葉子が、数人のスタッフと一緒にウズベキスタンまでやってきて、国内最大の湖に潜む伝説の怪魚を捕まえるという企画を進めていきます。

しかし怪魚などおらず撮れ高は最悪。行き当たりばったりに現地をレポしつつ、いろんな無茶ぶりにも応える真面目な葉子。

ですが、彼女には本当は舞台で歌うような歌手になりたいという夢があり、現在の仕事とのギャップに悩んでいました。

そんな彼女は撮影が終わりホテルに戻ると、スタッフとも交流せず、幾度かウズベキスタンの街中へと入っていきます。

葉子はそこで色々なものを見ることになり…

という感じです。

本意ではないリポーターの仕事を、それでも全力かつ器用にこなしていく葉子を演じるのは、言わずと知れた元AKB48のエースであり、昨今個性派女優として頭角を現している前田敦子

この映画の魅力の大部分は彼女が担ってるといっても過言ではありません。

実力はありながら、どこかここではないどこかを見ているような、自分の内にこもっているタイプの葉子は、AKB時代からの前田敦子本人を彷彿とさせます。

また葉子には結婚を考えている彼氏がいる設定なのですが、その彼氏の名前が「リョウちゃん」なのです。これにはびっくりしました。

現在の前田敦子の夫の勝次涼と被っているのです。

この映画の撮影時は、まだ前田は結婚を控えていた段階で、脚本も書いた黒沢監督はそのことを知らなかったのに、まさかの偶然の一致で当人たちも後からビックリしたそうです(笑)

葉子はもうほとんど前田敦子本人のようです。

それを意識したが故なのか、制約の多い海外ロケということもあるのか、黒沢監督はいつもよりもドキュメンタリー的な生っぽい空気をこの映画に盛り込んでいます。

1人でウズベキスタンの市街地に放り出され戸惑う葉子。

その反応は単なる演技ではなく、前田敦子自身が感じていたであろう不安なども映し出されていて、見ているこっちも不安でハラハラしてきます。

ただヒロインが街中にいて何も起こらないシーンがほとんどなのに、黒沢監督の他のゴリゴリのホラー作品と同じくらい怖く感じてくるのが見事。

黒沢清はどこで撮っても黒沢清です。

実際に未成年に間違えられる場面もあるのですが、少女のような前田敦子が日本人よりも顔も濃ければ体格もいいウズベキスタンの人々の中にいるだけでも心許なくなってきます。

また、とある場所を訪れた際に、葉子がやたら勢いのある回転遊具に乗せられてグルングルン回されるシーンがあるのですが、ここも前田本人がノースタントで3回連続で回り続けるという恐ろしいことをやっています。

ここのシーンは、もうただの素の前田敦子ですが、ほとんど演技などできなさそうな状況でも気丈に振舞う前田敦子=葉子を応援したくなる重要な場面です。

また、自分の意思とは関係なく動き出したら止まらない遊具は、この世の中そのもののメタファーかもしれません。

そんな過酷な状況に置かれる前田敦子。

しかし、同時に彼女が今までにないくらい可愛く魅力的に撮られています。

彼女は不安や制約がある状態にある時こそ輝くのかもしれません。

それこそ、秋元康から色んな試練を課されていたように。

葉子と同行しながら彼女の味方だったり、時には追い詰めたりする存在であるTVクルーを演じる染谷将太柄本時生加瀬亮もリアルにいそうな低体温なスタッフを見事に演じており、彼らが映るだけでこれまでの葉子の仕事の内容や番組の雰囲気、そこまで気合いが入っているわけでもないことも伝わってきます。

とくに染谷将太が演じるぶっきらぼうで撮れ高しか考えていないディレクターはとてもリアルで、彼がたまに撮影中に揉めたりすると「この国の人間はみんなそうなのかよ」と吐き捨てるように言うセリフの感じ悪さは絶品です(笑)

そして人気俳優アディズ・ラジャボフさん演じる現地ガイド兼通訳のテムルは、さりげなく葉子に寄り添う立場の人間で、日本とウズベキスタン、そして異界と葉子をつなぎとめる役割を担っています。

テムルが日本語を話せる理由、そして日本を好きになった理由を語るシーンも印象深く、ウズベキスタンの人たちに少し冷たい態度だったクルーたちがそれを聞くことにも意味があるのです。

街中で葉子が出会う物の意味

葉子は劇中で計三回ウズベキスタンの市街に一人でさまよいます。

そこで彼女が出会う物。

一つ目は檻にとらわれた山羊。

群れからも離され、一匹で狭い場所に閉じ込められているのを見た葉子は、その山羊を番組の撮影に使えると言いつつ草原に逃がしてあげるのです。

この山羊は夢に迷い、今の自分にとらわれた葉子の心を表したものでしょう。

二回目の外出では、彼女はさ迷い歩いた挙句、ウズベキスタンの有名なナボイ劇場という場所に入っていきます。

そこでは楽団がリハーサルをしており、そこで流れるエディット・ピアフの名曲「愛の賛歌」を聞いて自分がステージでその曲を高らかに歌う空想をします。

それは彼女がいつかなりたい自分の像。

異国の知らない劇場まで来て、自分の夢を再確認することになるという印象的な場面です。

しかし、そんな現状とは程遠い葉子を見て切なくもなります。

ナボイ劇場は今年設立70周年ということもあって登場させることが条件だったという話ですが、それもただのいい感じのロケ地みたいに適当に出すのではなく、主人公の心情説明に使う黒沢清はさすがです。

二度の外出で自分の現状と未来を表すものを見た葉子。

そして彼女はロケで手持ちカメラを渡され、夢中で市街を撮っているうちに、他のクルーと離れてまたひとりぼっちになり、立ち入り禁止区域に入ってしまって地元の警察に追われます。

ここの場面も現地の言葉がわからないことも相まって非常に恐ろしく撮られており、路地裏に隠れて息をひそめる葉子と一緒に手に汗を握ります。

しかし捕まって警察署に連行された後、テムルが迎えに来て、「警察官たちはあなたが逃げたから追いかけただけだ」と説明し、彼女は少し安心します。

ここでわかるのは「世界の見え方は自分次第で変わる」ということでしょうか。

自分が怯えれば世界は怖くなるし、前向きに歩み寄れば優しくもなる。そんなメッセージが伝わります。

世界は思ったほど残酷ではない。

と、思わされた直後のシーンで、またショッキングな出来事があるのでこの映画は油断できないんですけどね(笑)

ちょっとぼかしますが、葉子がふとテレビを見ると、日本であることが起きており、彼女の一番大事にしていたものが危機にさらされていることがわかって、また世界がグラつくような恐ろしい感覚が襲ってきます。

不安に包まれた葉子がずっと連絡を取ろうとし続ける様は、本作中でもっとも不穏に撮られており、その後彼女の不安が解消されてもなぜか画面はずっと不気味な照明のままなのでモヤモヤが残ります。

世界は恐ろしいように見えて優しいし、かと思っているとまた残酷な一面を見せることもある。

そんなことを感じつつ、ウズベキスタンのロケも終盤に近づきます。

爽やかなラスト

最後のロケ日、葉子がとある理由で1人で山までやってきた時、前に逃がしたあの山羊が一匹で大自然の中で生きているのを見つけ、彼女はついに妄想ではなく「愛の賛歌」を歌い出します。

自分の心も自由になれると思ったのでしょう。

標高2,000メートルの空気の薄い中で実際に歌われた前田敦子の歌は、正直プロの基準ではないくらいか細く聞こえます。

しかし、それでも葉子が、いや前田敦子が自分で必死に歌っていることが大事なのです。

彼女は一歩を踏み出しました。

夢が叶うかはわからない。

でも彼女の心を探る「旅」は終わり、彼女の「世界」が始まるのです。

「世界」がどんな側面を見せるかは自分次第。

そんな力強く前向きなメッセージを感じさせた直後に、ウズベキスタンの広大な風景が映って映画は終わります。

黒沢清作品では珍しいくらいの爽やかなラストです。

前田敦子という最高の素材を特異な舞台で活かしきった傑作。

起きることは地味ですが、最高にスリリングで感動的な映画でした。

ちなみに「愛の賛歌」の歌詞も、物語や葉子の気持ちとリンクしているので注意深く聞いてみてくださいね。

『旅のおわり世界のはじまり』まとめ

以上、ここまで『旅のおわり世界のはじまり』を紹介させていただきました。

要点まとめ
  • ウズベキスタンの風景がそのまま不穏な異界に見える黒沢マジック
  • 前田敦子が過去最高に魅力的で、なにも起きなくても彼女から目が離せません
  • 爽やかかつ力強いエモーショナルなラストを迎えます

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