出世株の夫とニューヨーク郊外にたたずむ豪邸暮らしという誰もが羨む暮らしを送る主人公は、あることをきっかけに身の回りの“モノ”を飲み込みたいという衝動に駆られてしまいます。
いつしか、異物を呑み込む時に感じる痛みと同時にやってくる充足感と快楽を求めてガラス玉からクリップ、画鋲まで口に含むようになり…。
彼女の欲望は、どこから湧き出ているのでしょうか?
Rene
- 思わず唾液を呑み込むことも躊躇してしまうほどの異食症の痛々しさ
- ヘイリー・ベネットの怪演
- パートナーのあり方、家族のあり方を考えさせられる
それでは『Swallow/スワロウ』をネタバレありでレビューします。
目次
映画『Swallow/スワロウ』作品情報
作品名 | Swallow/スワロウ |
公開日 | 2021年1月1日 |
上映時間 | 95分 |
監督 | カーロ・ミラベラ=デイビス |
脚本 | カーロ・ミラベラ=デイビス |
出演者 | ヘイリー・ベネット オースティン・ストウェル エリザベス・マーベル デビッド・ラッシュ デニス・オヘア ザブリナ・ゲバラ ライト・ナクリ |
音楽 | ネイサン・ハルパーン |
【ネタバレ】映画『Swallow/スワロウ』あらすじ
孤独を募らせるハンター
主人公・ハンター(ヘイリー・ベネット)は、大企業で若くして常務取締役に昇格した夫・リッチー(オースティン・ストウェル)とニューヨーク郊外にたたずむ邸宅で、誰もが憧れるような暮らしをしています。
しかし、リッチーはハンターが話しかけても「好きなようにすればいいよ」と笑顔を見せては仕事の連絡に気を取られてばかりで、ハンターは孤独感を募らせていきました。
ある日、ハンターが新たな命をお腹に宿したことが発覚。
妊娠を知ったリッチーは、何より先に両親へ報告の電話をかけて、それからハンターに駆け寄りお腹を優しく撫でます。
大喜びのリッチーを無表情で見つめるハンター。
その後、2人はリッチーの両親から妊娠を祝福するための食事会に呼ばれます。
しかし、話題はリッチーと生まれてくる子どものことばかりで、ハンターの話は義父(デヴィッド・ラッシュ)が遮り話題を変える始末。
彼女の居心地の悪さは限界を超え、思わずコップに入っていた氷を手で取り出し、ガリガリと音を立てて噛み砕き、無心で荒い氷を勢いよく呑み込みます。
氷の冷たさと氷の角が喉を刺激する微かな痛みに充足感を覚えたハンターは、なんとかその日の食事会を乗り越えるのでした。
夫の留守中、家の中で義母(エリザベス・マーヴェル)から渡された妊婦のための本を読むハンター。
そこには「毎日驚くような挑戦をせよ」という文字があり、ハンターは食事会で氷を飲み込んだ時のなんとも言えない充足感を思い出します。
そして、家の中にあった“ガラス玉”を恐る恐る呑み込むことに…。
エスカレートするハンターのスワロウ
数日後、トイレで自分の体内から出てきたガラス玉を見つけたハンターは、便器から拾い上げて汚れを拭き取り、部屋の棚に戻します。
異物を呑み込む時の痛みと違和感と、その違和感から開放された瞬間に訪れる快感に取り憑かれたハンターは、ガラス玉から始まり、クリップ、画鋲、電池、本の紙きれなど、徐々に呑み込むものをエスカレートさせていきました。
そして、孤独を感じるたびに異物を飲み込み、部屋の棚に排泄した異物を置いていきます。
リッチーは、トイレに籠るハンターに違和感を覚えるも、深く追求することはありませんでした。
ハンターの過去
異食を繰り返しながら、どんどん明るくなっていくハンター。
リッチーとの空っぽな結婚生活の不満や、子どもが生まれる未来への不安は感じなくなっていました。
しかしとうとうハンターの体に限界が訪れ、病院でのエコー検査で身体の中に大量の異物が見つかり、口から取り出されます。
家に帰ったリッチーは一方的にハンターを責め立て、2人は口論に。
その後、リッチーはハンターを精神科医・アリス(ザブリナ・ゲバラ)のもとに向かわせて、なぜ異物を呑み込んでしまうのか、原因を探ります。
ハンターの生い立ちに原因があると考えたアリスですが、ハンターは自身の過去を語ることはありませんでした。
リッチーとリッチーの両親は、ハンターが異物を口にしないように、家政夫という名目で監視役・ルアイ(ライト・ナクリ)を雇います。
ルアイは、掃除から食事の準備までハンターの生活をしつこく監視します。
しかし、ルアイの目を盗んで異物を呑んで、正気を保つハンター。
リッチーの誕生日会を自宅で開き、客をもてなしていた時、リッチーの同僚が誤ってハンターの異食の話をしてしまいます。
ハンターは、家族以外に自分の秘密が知られていることに動揺して、安定していた精神が乱れ始めました。
ある日のアリスとの定期面談で、ハンターは初めて自分の過去を明かします。
ハンターの母親にはレイプされた残酷な過去があり、カトリックの信仰に基づき中絶せずに子どもを産んだとのこと。
その子どもこそ、ハンターだったのです。
束縛と解放
初めて自分の隠してきた過去を打ち明けてから、ハンターはすっきりとした面持ちで家へ帰ります。
ガーデニングの作業で土を見ても、呑み込もうとはしませんでした。
ついに異食を克服したと思った矢先、バスルームでアリスがハンターの過去をリッチーに漏らしていることを知ってしまいます。
急激に心が乱れ錯乱状態に陥ったハンターは、大きな釘を呑み込んで意識不明状態になり、緊急手術をすることに。
リッチーと義父母は、ハンター出産までの間を施設で過ごすよう強要します。
拒否するハンターに離婚を持ちかけるリッチー。
ハンターは仕方なく、彼らの提案を呑もうとします。
出発の日、玄関前でハンターは部屋に忘れ物をしたと言って、家の中へ戻っていきます。
不審に思ったリッチーは、ルアイに様子を見にいかせました。
部屋から森へ逃走を企むハンターに、今までの苦しみを1番近くで見てきたルアイは同情し、逃走の手助けをします。
リッチーたちがハンターの失踪に気づいた時には、すでにハンターは森を抜けヒッチハイクで遠くへと逃げ出していました。
ハンターの選んだ未来
街のモーテルへやってきたハンターは、携帯電話を壊し、テレビを眺めながら土を食べ、物思いにふけりながら夜の時間を過ごしていました。
そして、唐突に誕生日パーティの開かれている一軒家を訪れるハンター。
ハンターは、1人の男を見つけて自分の名前と母親の名前を伝えます。
彼の正体は、ハンターの母親をレイプした男・ウィリアム(デニス・オヘア)でした。
ウィリアムは、自分の娘の誕生日パーティーにハンターが現れたことに動揺します。
そんなウィリアムに、ハンターは「私はあなたと同じ人間なのか?」と問いただしました。
ウィリアムは、自分のした行為を酷く反省していること、レイプ後は逮捕されたこと、ハンターは自分と同じではないということを伝え、できる限り誠実に向き合います。
実の父親から話を聞き、過去のしがらみと決別することができたハンターは、そのまま産婦人科を訪れ中絶するための薬をもらいます。
そして、ファストフード店で食事をし、薬を服用。
トイレで便器の中に真っ赤な血液を流して立ち去り、物語は幕を閉じます。
【ネタバレ】映画『Swallow/スワロウ』感想・考察
異食の快感
異物を呑み込む行為は、“異食症(pica)”という一種の摂食障害として実際に存在します。
不安や緊張など精神の不安定が影響していることが主な原因とされ、妊婦や子どもに多くみられる傾向もあります。
Rene
今まで1度でも餅や飴玉などで喉をつまらせたことがある人なら分かるかもしれませんが、詰まった時の痛みや喉を通るまでの違和感、呼吸ができない不快感の後に、異物が喉を通り過ぎると不思議と安心感に包まれます。
Rene
ハンターの場合、呑み込むだけでなく排泄した際に異物を便器から拾い上げ綺麗にし、棚に並べてコレクションしていくという奇行まで見せています。
並べられた異物には、ハンターが抱える孤独やモヤモヤが身体の中で憑依し閉じ込められているようにも見えます。
Rene
家父長制・セックス・父親コンプレックス
一見、完璧に見える暮らしの中で、ハンターが孤独を募らせていくのは、“ハンター自身が愛されている”という実感を持っていないからです。
妊娠が発覚した時、リッチーは真っ先に両親へ電話をかけました。
その後、お腹を撫でハンターに喜びの言葉を投げかけます。
Rene
義母は、ハンターに「あなたは髪の毛が長い方がいい」と容姿に口出しをしたり「あなたは幸せ?それとも幸せなふりをしているだけ?」と詰め寄ります。
そもそもハンターは専業主婦で常に家にいるにも関わらず、毎日メイクをし、お洒落な服を着飾っていました。
Rene
そして、何よりハンターを異食症へと導いた張本人こそ、“義父”であることが分かります。
彼は常にハンターの言葉に耳を傾けるそぶりを見せません。
それどころか、彼女の話を遮ってばかり…。
ハンターは、レイプされた母親から生まれた子どもという生い立ちゆえに、“レイプした男の血が流れている自分=悪人?”と思いこみ幼少期から自分を卑下し続けて生きていました。
ハンターの中には、潜在的な父親コンプレックスがあり、義父はハンターの父親コンプレックスを容赦無く刺激していきます。
耐えられなくなったハンターが何気なく行った氷を呑み込む行為が、その後の彼女の異食症へと繋がっていくのでした。
ある夜にリッチーとのセックスで、ハンターは自分がオーガズムを感じるとそのままベッドに横たわり「僕はまだイってない…」とリッチーに言われると、怒ったハンターが異食症の秘密を知人に話していた彼を咎めるというシーンがあります。
セックスはパートナーシップを育む上で大切にしている人が多いですが、どうしても男性本位になりがちなもの。
思わずハッとさせられた人も、少なくないのではないでしょうか?
Rene
エンドロールで長回しされる女子トイレ
ラストシーンでは、ハンターが中絶ピルを呑み込みトイレで排泄した真っ赤な血を流して、その後エンドロールに入っていきました。
エンドロールでは、人が出入りする女子トイレが長回しで映されています。
Rene
そのため本編でも、トイレのシーンはたびたび登場しています。
トイレは身体の中に溜まった不純物を排泄する場所なので「トイレから出るとスッキリする」、これは当然のことです。
大事な面接やデートの前は、トイレで身なりを整えることがあります。
それだけでなく、トイレが落ち着くという人もいますね。
Rene
エンドロールで長回しで映された女子トイレ。
あの場所は女性のためのだけの絶対領域。
男性が入ることはできません。
エンドロールのトイレは女性たちの人生に立ちはだかる男性中心の社会システム、男性優位の固定概念、女性のあるべき理想像の押しつけ…などそういった理不尽な事柄から切り離された特別な空間に見えました。
Rene
アメリカの中絶禁止問題
本作で大きなテーマとなっているのが“人工中絶”でした。
そもそもアメリカのキリスト教信者の数は、人口の約80%を占めており、その内の約25%が聖書の言葉をそのまま信仰する福音派とされています。
Rene
2016年、アメリカ大統領に就任したドナルド・トランプは、プロライフ派(人口中絶禁止派)の立場を表明し選挙に臨んでいました。
トランプ元大統領は保守派の票数獲得の目的でプロライフ派の立場を示したのかもしれませんが、その後大きな影響を与えることとなってしまいます。
2019年。
全米50州のうち16州で、理由に関係なく中絶する権利を制限する州法案が提出され、複数の州で可決されてしまいました。
そんな中で制作されたのが『Swallow スワロウ』。
「女性の権利」と「胎児の生きる権利」を天秤にかけ激しく意見の対立を見せるアメリカで、映画を通して中絶禁止問題について訴えかけます。
Rene
映画『Swallow/スワロウ』あらすじ・ネタバレ感想まとめ
映画レビューサイトFilmarksによる「1月第1週公開映画の初日満足度ランキング」にて絶賛公開中の『Swallow/スワロウ』が1⃣位を獲得しました🎊
▼詳細はコチラhttps://t.co/kzmhI1wVRw@Filmarks pic.twitter.com/UYwqyIePEB
— 映画配給会社クロックワークス (@KlockworxInfo) January 4, 2021
- ヘイリー・ベネットによる痛々しい異食症の演技
- アメリカの社会問題が浮き彫りになるストーリー
- ハンターの下した最後の決断に心が揺さぶられる
以上、ここまで『Swallow/スワロウ』をレビューしてきました。
グロさやカルトさに欠けるのでホラーやスリラー映画としては物足りなく感じてしまうかもしれませんが、ヘイリー・ベネットの表現力で十分に痛々しさが伝わってくるのが見どころです。
異食症という1種の“奇行”とアメリカに残る数々の“社会問題”が融合した社会派スリラー映画の本作は、細かい描写ひとつひとつに色々な意味があり、考察しがいのある作品でした。
映画を通して、社会問題、人権、人間関係について考えてみたいという方や、ライトなスリラー映画を見たいという方におすすめです。