2017年に超低予算で制作しながらも、記録的な大ヒットを飛ばした『カメラを止めるな!』。
社会現象とも言えるほど、SNSを中心に瞬く間に拡散され、ひとつの低予算映画の成功事例として深く刻まれました。
今回は、インディーズ映像制作者・脚本家である筆者ニコ・トスカーニが、低予算映画の歴史やリアル、そして制作ポイントなどを解説していきたいと思います。
映画制作に興味がある方は読んで損はない内容になっていると思いますので、ぜひ一つの参考としてお読みいただければ幸いです。
目次
超低予算映画のリアル
『カメラを止めるな!』(2017)という映画のことを覚えている人は相当に多いと思います。
2019年で公開から2年経ちますが、今でも話題に上ることは多く、ドラマ『時効警察はじめました』(2019)の11月8日放送回(第4話)では『カメラを止めるな!』の明らかなパロディが舞台設定として使われていました。
同作は日本アカデミー賞をはじめとする多くの賞で主要部門に名前が挙がり、内容の充実ぶりでも話題になりましたが、製作費が格段に安いことで二重に話題になりました。
『カメラを止めるな!』の製作費は300万円です。
値段だけ言われてもピンと来ないと思うので他を引き合いに出すと、例えばHKの大河ドラマは毎作の製作費が公開されています。
『義経』(2005)が1話あたり6,440万円。比較的低予算な『篤姫』(2008)でも5,910万円です。
日本映画で「大作」と言われている映画は製作費が10億円から30億円ぐらいの範囲です。
『カメラを止めるな!』は大作映画に遠く及ばないどころか、大河ドラマ1話分と比べても比較にならない、もはや「異常」と言っていいほど安い額で大ヒット(2018年の興行収入は31.2億円)を飛ばしたということがお分かりいただけるかと思います。
これは日本映画史上でも例のない異常事態で、商業映画業界全体が騒然となったそうです。
『カメラを止めるな!』は映像制作会社が作った映画ではなく、俳優養成スクールのENBUゼミナールの企画から生まれたインディーズ作品です。
分類するとインディーズ映画であり、私個人にとっては極めて近い世界の出来事だったため(知り合い、知り合いの知り合いが関わってるレベル)、筆者もかなりの衝撃を覚えました。
海外における超低予算映画の大ヒット事例
ここでひとつの疑問が出ます。
『カメラを止めるな!』のようなインディーズの超低予算映画が日本で大ヒットを記録したのは例の無い珍事でしたが、海外ではどうなのでしょうか?
結論から先に言ってしまうと海外でも例があります。
最新の例だと、『デスペラード』シリーズや『プラネット・テラー in グラインドハウス』(2007)で知られるロバート・ロドリゲスが、製作費たったの7,000ドルで撮った映画を公開しました。
本記事を書いている当日(2019年11月22日)のレートで約75.9万円です。
ロドリゲスは7,000ドルで映画を撮る方法をインタビューで答えていましたが、制作する立場から読んでも、思わず「うんうん」と頷く内容でした。(参考:「80万円で映画を作る方法」とは?ロバート・ロドリゲス監督が白熱解説)
今回は、実例をもとに超低予算映画の作り方を解剖してみたいと思います。
超低予算映画のヒット作
アメリカにインディペンデント・スピリット賞というインディペンデント系の映画(=小規模作品)を対象にした映画賞があります。
同賞は規定で製作費が2,000万ドル以下(約21.7億円)の長編映画が対象となります。
つまりアメリカ映画界は製作費2,000万ドルの映画が「小品」と言われる世界なわけですが、ロドリゲスの例に限らず過去に超低予算映画が大成功を収めた例がいくつかあります。
作品名 | 製作費 | 興行収入 |
---|---|---|
『フォロウィング』 | 6,000ドル | 48,482ドル |
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』 | 60,000ドル | 45,200,000ドル |
『デート・ウィズ・ドリュー』 | 1,100ドル | 262,770ドル |
『パラノーマル・アクティビティ』 | 15,000ドル | 193,355,800ドル |
これらの中で一番予算が高額なのが製作費60,000ドルの『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』です。
『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)の制作費が3.56億ドルですので『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は『アベンジャーズ/エンドゲーム』の約1.83秒分の製作費しかかけていない計算になります。
では、これらの実例から超低予算映画の制作についてポイントを挙げてみます。
超低予算映画の制作ポイント
①有名な俳優を起用しない
無名の青年が、金無しコネ無しの状態から有名女優ドリュー・バリモアとのデートにこぎつけるまでを追いかけた『デート・ウィズ・ドリュー』を例外に、超低予算映画には有名俳優が一切出てません。
『デート・ウィズ・ドリュー』にはドリュー・バリモアが出てますが、彼女は役者として出ているわけではないので、おそらくギャラは発生してないものと思います。(デート代はさすがに出したでしょうけど)
『フォロウィング』にはもっぱらテレビで活躍しているジョン・ノーランというちょっと名前の知られた俳優が出てますが、彼はクリストファー・ノーラン監督の叔父にあたる人物で、友情出演ならぬ親族出演だったと思われます。
さらっと大作映画のギャラについて調べてみたのですが、『007』シリーズ最新作でダニエル・クレイグが受け取るギャラは2,500万ドル(約28億円)らしいです。
これはさすがに極端な例ですが、スターともなれば億単位のギャラをもらうのは普通。
超低予算映画では、とてもじゃないけど起用できません。
『カメラを止めるな!』もそうでしたが、有名俳優を出さないのは低予算映画の最低ルールと言えそうです。
「有名な俳優が出てないのに大丈夫?」と思う方はいらっしゃるかもしれません。
大丈夫です。なぜならコアなインディーズ映画ファンは「誰が出演しているか?」など気にしないからです。
俳優であれ監督であれ、最初は無名なのですから。
②ロケ地を限定する
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は森の中、『パラノーマル・アクティビティ』は全編監督の自宅内で撮影されています。
場所を移動すると、移動する分の経費が発生するので、ロケ地は一ヶ所にできるならそうすべきですよね。
同じ市内、同じ地域であっても移動が発生すればするほど、どうしても撮影のランニングコストがかかってしまいます。
撮影は機材を持って移動しなければならないため、同じ地域内でもある程度の距離を移動しようとすると必ず車両が必要になります。
運転手を雇うとその分のコストがかかりますし、スタッフが運転手を兼任しても車両のコストがかかってしまいます。
車両を自前で済ませてもガソリン代だけは削れません。
ただし、一般論として場面転換の無い映画は見てて退屈極まりないので、画替わりしなくても楽しめる工夫は必要です。
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は「魔女に呪われた森」、『パラノーマル・アクティビティ』は「呪われた家」という具合にシチュエーションを限定し、アイデア一発勝負で解決した例ですね。
③機材費を圧縮する
ロバート・ロドリゲスは、低予算映画を撮るために自前の機材を使ったらしいです。
自前なので、もちろん投資費用は0ドルです。
機材費節約の極端な例が『デート・ウィズ・ドリュー』です。
監督のブライアン・ハーズリンガーは家電量販店の返金保証の仕組みを使い、返金が保証される期限ぎりぎりまでそのカメラで撮影したそうです。
かかったのはテープなどの記録媒体の費用だけ。
残りの予算はドリュー・バリモアにつながる関係者に会いに行くための交通費に回したそうです。
真似したくはないし、褒められた行為ではないですが、これも工夫ですね。
幸いにして、現代はデジタル技術の時代です。
フィルムしか媒体が無かった時代は、フィルムを回せば回した分だけ費用が掛かりました。
現代でもスティーヴン・スピルバーグやクリストファー・ノーランのようにフィルムにこだわる監督はいますが、今や商業の大作映画でも多くはデジタルです。
一度撮ったら使い回しのできないフィルムと違い、デジタルは記録媒体にお金がかかりません。
技術の進歩は素晴らしいですね。
④時間を節約する
撮影には関係者のギャラ、食費、光熱費、宿泊費などのランニングコストがかかります。
一日でも撮影が長引くと、その分だけコストはかさみます。
超低予算映画においては時間も大事なリソースなので、短縮できるものならできるだけ短縮したいです。
クリストファー・ノーランが無名時代に撮った『フォロウィング』は週末だけを使って撮ったそうです。
完成尺70分のものを一年ちょいで完成させたらしいので、相当効率よく撮影したんでしょうね。
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』と『パラノーマル・アクティビティ』は全編POV(主観映像)です。
すなわち、両作とも登場人物が自分でカメラを回しているという体裁(『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は実際に出演者が自分でカメラを回した)です。
こうするとワンカットごとに画角を調整し、カメラを固定して…という手間や時間が省けます。
また、フェイクドキュメンタリー形式にすることで臨場感が出るという効果もあります。
超低予算映画ではありませんが、大巨匠クリント・イーストウッド監督の映画は、概して撮影日数が非常に短く、毎回かなりお安い値段で映画を撮っているそうです。
御大イーストウッドは。なぜそのように早撮りなのか。
理由はいくつかあると思うのですが、その一つが「照明機材を使わない」というところだと思います。
照明は画作りでも非常に重要なポイントになるのですが、商業映画で使われる照明機材は非常に大掛かりでセッティングに時間がかかります。
イーストウッド組は太陽光や街頭の光など、その場にある光源を使う「アベイラブルライト」の利用に精通しており、照明のセッティングにかかる時間が節約されていることは間違いありません。
⑤人件費を削減する
そのまんまです。最小限の人手で撮影を敢行する。
インディーズの現場では、監督が自分で編集するのが普通です。
助監督・制作も兼任する場合が多いのです。
今や超大物になったクリストファー・ノーランですが、『フォロウィング』では監督・脚本・制作・撮影・編集を兼任してます。
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は俳優が自分でカメラを回してますし、『パラノーマル・アクティビティ』の監督は自分のパソコンを使って自分で編集したそうです。
⑥泥臭く宣伝する
名前は伏せますが、あるベテラン映画監督とお話をする機会がありました。
その方が手掛けた漫画原作の映画は製作費9,000万円だったそうです。
内訳は撮るのに5,000万円、宣伝に4,000万円。
宣伝費だけでも『カメラを止めるな!』の10倍以上です。
つまり商業映画並みのメディア展開をして宣伝しようとしたら、その時点で大幅な予算オーバーです。
では、超低予算映画ではどうやって宣伝をするのか。方法は主に3つです。
- 泥臭くチラシを配る
- 泥臭くチケットを手売りする
- 泥臭く口コミ
『カメラを止めるな!』出演者の一人から宣伝方法について話を聞く機会がありました。
その方が言うには、出演者総出でチラシを配りまくったそうです。
都内で担当範囲を分けて、担当範囲内でとにかくチラシを配りまくったそうです。
別のインディーズ映画の出演者は、一人で手売りでチケットを100枚売ったそうです。
親戚でも友達でもなんでも良いのでとりあえず劇場を埋め、親戚の友達や友達の友達を連れてきてもらい、そこから口コミの広がりを期待する。
メディアを使えない以上、宣伝方法はそれしかありません。
幸いにして現代はSNSのおかげで情報が拡散しやすくなっています。
『パラノーマル・アクティビティ』も『カメラを止めるな!』も口コミ効果によって最終的に莫大な利益を上げており、口コミの効果は決して無視できません。
⑦中身の良さ
とはいえ、頑張ってお客さんを呼んでも中身が伴わないと広がりは期待できません。
『カメラを止めるな!』は良質なエンターテイメントであり、劇場に来てくれたお客さんも面白いからこそ口コミで広めてくれたのでしょう。
というわけで、締めくくりとして個人的に面白いと思った超低予算のインディーズ映画を何本か挙げて締めくくりたいと思います。
『おっさん☆スケボー』(2012)
「スケボーを売ってくれ」と懇願するおっさんと、それを拒否する青年の短編コメディ。
上映時間5分でコメディ映画というよりコントだが、切れ味抜群。
監督のYouTubeチェンネルで公開中。
『かしこい狗は、吠えずに笑う』(2013)
二人の女子高生が親密になり、やがて狂気に陥る青春映画。
暗い内容なのに抜群の疾走感。
センスの塊のような演出。
▼動画の無料視聴はこちら▼
『カランコエの花』(2016)
LGBTに題材をとった社会派映画。
繊細な問題を扱っているが、正統派な美しいラブストーリー。
『もう走りたくない』(2016)
東京から新潟まで自転車まで行くことになった二人の青年のロードムービー。
いい意味でインディーズらしいオフビートな味わいの良作。
デジタル全盛の現代では非常に珍しい全編16mmフィルム撮影。