本作『その手に触れるまで』は、イスラム過激派の教えに感化されて、言動が日に日に過激に変わっていく少年の様子を描いた映画です。
ベルギーを代表する熟練監督ダルデンヌ兄弟の社会派ヒューマン・ドラマです。
- 気鋭の兄弟監督がテロを起こしかける少年を描く
- 過激なテロ集団は日本にもいた
- 邦題『その手に触れるまで』に隠された意味を知れば心が満たされます
それでは『その手に触れるまで』をネタバレなしでレビューします。
目次
『その手に触れるまで』作品情報
作品名 | その手に触れるまで |
公開日 | 2020年6月12日 |
上映時間 | 84分 |
監督 | ジャン=ピエール・ダルデンヌ リュック・ダルデンヌ |
脚本 | ジャン=ピエール・ダルデンヌ リュック・ダルデンヌ |
出演者 | イディル・ベン・アディ オリヴィエ・ボノー ミリエム・アケディウ ヴィクトリア・ブルック クレール・ボドソン オスマン・ムーメン |
『その手に触れるまで』あらすじ【ネタバレなし】
13歳のアーメッドは、田舎に住むどこにでもいるゲーム好きの普通の少年。
避けては通れない中学生特有の思春期なのか、彼は母親に悪態ついては反抗し、兄弟とケンカしては暴れる普通の日々を過ごしています。
でも、彼の家族はアーメッドに対して心配事を一つだけ抱えています。
それは、最近になって急にイスラム過激派の指導者に傾倒するようになり、過激な思想を持つようになってしまったことです。
宗教上の問題で女性と握手ができない教示があり、アーメッドはその教えを純粋に信じ、握手を求めた担任の教師をナイフで襲おうとしてしまいます。
事件そのものは未遂に終わったものの、アーメッドは非行を矯正する教育センターに移送されてしまいます。
鈴木友哉
『その手に触れるまで』感想【ネタバレなし】
過激派宗教組織に傾倒する少年を描いた社会派ヒューマンドラマ
また、素晴らしい作品を発表したベルギー映画界を代表する監督、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟。
彼らは映画を製作するごとに一段ずつ作品のクオリティーを上げてきています。
ダルデンヌ兄弟は移民問題、偽造結婚、人身売買など、社会の底辺で喘ぎもがく人々の日常を丹念に描写した作品を数多く製作しています。
本作ではイスラム過激派に感化され、極端な思想へとシフトしていく1人の少年の視点から普通ならば経験し得ない世界を描いています。
ダルデンヌ兄弟は、子供を主人公にした作品を『ロゼッタ』『イゴールの約束』『少年と自転車』と複数監督しています。
そして最新作『その手に触れるまで』ではよりパーソナルな物語を子供の主観的な目線で描くことで、過激な思想を持つ宗教の恐ろしさを炙り出しています。
過激な指導者とどのようにして出会ったのかという経緯は一切描かず、すでに少年の思考がその宗教に傾き始めているところから物語は始まります。
冒頭では、少年の日常の風景の一幕として家庭内のケンカが描かれており、彼の家族との関係性が一目見てわかるような演出がされています。
鈴木友哉
本作は過激派組織の思想に信奉していく少年を真摯な眼差しで見つめたダルデンヌ兄弟らしい社会派ヒューマン・ドラマです。
悲惨なテロ事件は外国だけの話ではない
近年、凄惨なテロ事件が世界中で起きています。
鈴木友哉
代表的な例はイスラム原理主義(IS)のメンバーたちが引き起こす無差別テロでしょう。
多くの若者がイスラムの指導者の言葉に耳を傾け、テロという暴挙に身を投じています。
『その手に触れるまで』は、そんな事件の背景に迫り、イスラム過激派のリーダーの声に傾聴する1人の少年に焦点を当てています。
テロとは遠い外国の出来事だと高を括ってしまいがちですが、ここ日本でも過去に同じような事件が発生しています。
90年代にオウム真理教が起こした一連の事件は、当時の日本国内に衝撃を与えた歴史に残る凶悪犯罪です。
その後21世紀になっても無差別テロは世界中で起き続けています。
本作を監督したダルデンヌ兄弟は、これらの悲惨なニュースを土台にして、『その手に触れるまで』を練り上げました。
1人の普通の少年が、テロリストとして覚醒する物語は、観る側にショックを与えるかもしれません。
でも、ここ日本でもこの作品に登場した少年と同じ境遇の人々は、世界中に確かに存在しています。
鈴木友哉
邦題『その手に触れるまで』に隠された意味
本作の原題『Young Armed』は至ってシンプルで、「武装した若者」という内容そのままのタイトルです。
そのストレートな意味合いを隠して、邦題は『その手に触れるまで』という一見分かりにくいタイトルになっています。
鈴木友哉
ストーリーをしっかり理解した上で、最後まで集中して観れば、この邦題の意味が理解できるようになっています。
尊敬できる指導者を得た少年アーメッドですが、作中においてはまったく賞賛できない行動をとってしまいます。
親兄弟に反抗し、女性教師をナイフで襲い、最後の最後まで周囲の大人たちに牙を剥きます。
なぜ危険思想に傾倒してしまったのか、理由は明かされないまま、アーメッドは暴走していきます。
しかし、指導者の言葉にだけ耳を傾け心配してくれる周囲の大人たちには頑なに心を閉ざす彼は、物語のラストで一筋の希望を見い出します。
本作は肉体的にも精神的にも追い詰められ、ボロボロに傷つけられた少年が真の優しさに出会うまでを描いています。
愛の感じられる温かい“手”に触れた時、鎖で閉ざされた強情な少年の心は開かれていきます。
鈴木友哉
『その手に触れるまで』まとめ
以上、ここまで『その手に触れるまで』をレビューしてきました。
- また一つ、ダルデンヌ兄弟の名作が誕生しました
- 過激な武装集団の存在は海外だけの話ではないことを忘れてはならない
- ダルデンヌ兄弟が伝えたかったのは、テロリストの脅威でもなく、少年の独り善がりな愚行でもなく、人々の優しさ