『ゲット・アウト』(17)や『透明人間』(20)の制作会社で知られる「ブラムハウス・プロダクション」の新作『ソフト/クワイエット』が5月19日(金)より全国順次公開されます。
90分間ワンショットで描かれた人間の恐怖を体感できる恐ろしいスリラー映画です!
・決して他人事では見られない演出
・身近に潜む危険な思想
これまでのワンショット映画とは異なる「(身近な)人間が怖い系」の作品となっていました。
それでは『ソフト/クワイエット』をネタバレなしでレビューします。
目次
『ソフト/クワイエット』あらすじ【ネタバレなし】
私たち「アーリア人団結をめざす娘たち」です!
ある郊外の静かな町。幼稚園の教師であるエミリー(ステファニー・エステス)は典型的な白人主義者である。
仕事を終えたエミリーがパイを持って教会へ行くと、5人の女性が集まっていた。
「アーリア人団結をめざす娘たち」と題されたこの集まりには、エミリーと同じ白人至上主義の女性たちが集った。エミリーが作ったパイにはカギ十字があしらわれ、メンバーは日頃の有色人種に対する不満を口々に言う。
マージョリー(エレノア・ピエンタ)は勤務先でヒスパニック系の同僚がさきに昇進したことに腹を立て、食料品店の店主で2人の子どもを育てるキム(ダナ・ミリキャン)は、ユダヤ系の銀行に融資を断られたことを根に持っていた。
そんなキムに誘われて集会に来た刑務所上がりのレスリー(オリヴィア・ルッカルディ)のほかに、ブラック・ライブズ・マター運動に異議を唱えるアリスや、生まれたときから秘密結社KKK(クー・クラックス・クラン)の一員だと話すジェシカたち5人は、自分たち白人が築いてきたものを他民族が奪っていると考え、多様性が尊重される今の風潮に反感を抱いてた。
そこで「アーリア人団結をめざす娘たち」として、自分たちの思想を身近なところから広めていこうと考える。
一方で恋愛の話もするなど、雰囲気はいわゆる女子会の様にさえ見える。しかしエミリーは会合の内容を知った教会の神父から「面倒がごめんだから今すぐ帰ってくれ」と言われてしまう。
エミリーは自宅で2次会を開こうと提案し、キム、マージョリー、レスリーはキムのお店で買出しをすることに。
そこへ閉店中と知らずにアジア系の姉妹アン(メリッサ・パウロ)とリリー(シシー・リー)が来店するが、思わぬトラブルに発展する。
いたずらのはずが、事態は後戻りできないほど深刻に
閉店後に来た姉妹とキム、レスリーが口論となり、ついにはキムが拳銃を見せつける事態にまで発展する。
さらにアンとエミリーには何か訳アリの関係があり、リリーが店を出る直前に吐き捨てた言葉に、エミリーはショックを隠せなかった。
最悪の空気の中、エミリーの夫クレイグ(ジョン・ビーヴァーズ)が迎えに来たが、4人の怒りは一向に収まらない。姉妹の家に押し入り、仕返しをしてやろうと計画する。
クレイグは4人に止めるよう説得するが、エミリーから「妻が侮辱されて何とも思わないの?」と言い寄られ、仕方なく同行する。
エミリーたちは姉妹が留守にしている家に忍び込むと、モノを壊すなど迷惑行為を続ける。そこへアンとリリーが帰宅してしまう。
度を越した4人の行為に激怒したクレイグは、最初こそ証拠隠滅のために姉妹の拘束を手伝うがそのまま現場を去る。
残された4人は口封じのために姉妹を脅し、卑劣な行為を繰り返す。エミリーたちは極限状態からまともな思考で判断ができず、やがて取り返しのつかない恐ろしい事態を引き起こしてしまう。
『ソフト/クワイエット』感想
監督が”あえて”挑んだ魂のスリラー映画!
『ソフト/クワイエット』はエンターテイメント性をもったスリラー映画ではありません。
「ブラムハウス」の制作と聞くと、ホラーなどエンタメ性の強い作品を想像しますが、本作には観客をハラハラさせるようなホラー演出も、主人公が危険にさらされるスリルもありません。
あるのは白人至上主義に傾倒するあまり、善悪の見境がつかなくなっていく人間の闇と、その被害に遭う人の過酷な運命です。なぜそんな映画が作られたのでしょうか?
『ソフト/クワイエット』の監督を務めたベス・デ・アラウージョは本作が長編デビュー作。
中国系アメリカ人の母とブラジル出身の父の間に生まれ、ブラジルと米国の2つの国籍を持つ監督は、今なおアメリカに根付く人種差別の問題や事件を受けてこの映画を撮影しました。
同時に作中に登場する白人至上主義者は自分たちの身近に存在し、毎日の生活に脅威をもたらすと考えると語っています。
監督自身はエンターテイメントが好きで、映画を観て現実逃避をすることも好きだとインタビューで話しています。しかし同時に、この映画で観客に対して「危険な思想に対して目を背けることが本当に正解なのか」を訴えていました。
その証拠に、本作ではあえて著名なキャストを起用せず、俳優がいかにも「普通の人」のように映るよう演出しています。
そしてワンショットでリアルな演出をすることで、現実として起きている社会問題を身近に体験させられる驚異のスリラー映画となっていました。
決して他人事ではいられない演出
『ソフト/クワイエット』は一見ごく普通な女性たちが白人至上主義に傾倒するあまり、取り返しのつかない事態を引き起こす作品ですが、私たちにとっても、決して他人事ではない恐怖が描かれていました。
エミリーたちがどれくらい普通かというと、真っ当な職に就いていたり、家庭を持っていたり、絶賛恋人募集中であったり…。裏を返せば、危険な思想を持つ彼女たちは、私たちにとって職場の同僚、恋人、友人、家族になりえる可能性が十分にあるということです。
「自分の周りにはそんな人はいない」と今は言えても、将来出会う人にエミリーたちのような人が現れるかもしれないとを痛感させられます。
こんな風にして、人種差別的な思想を教え込んでいるのを観ると、かなり恐怖を覚えました…。
また今作を観ると、自分が被害者になるのでは?と恐怖する一方で、エミリーたちのような「加害者」の方になる可能性も突きつけてきます。
例えば会合に参加したレスリーは、刑務所上がりだった自分を受け入れてくれたキムに誘われて会合に来ました。
レスリーは根っからの白人至上主義というわけではなく、自分を受け入れてくれたキム、そして彼女が参加する会合で役に立ちたいという気持ちから参加していたのです。
こんな風に、自分を受け入れてくれた人や、信頼する人の思想を深く考えずに受け入れてしまうことで、自分が加害者側に立ってしまう恐怖も描きました。
ワンカットという演出やストーリーはもちろん、自分のことと置き換えて観ることで、この作品が訴える恐怖と危険をより感じさせてくれる作品です。
身近に潜む危険な思想
本作はスリラー映画であると同時に、危険な思想を持つ人や事件から身を守るための作品でもあると感じました。
白人至上主義と言われても、日本で暮らす私たちにはピンとこないかもしれません。
どんな思想であろうと、ヘイトクライム(憎悪犯罪)のように他人を傷つけたり排したりする考えは危険です。日本でもエミリーたちのような危険な考えを持つ人が身近にいる可能性があるかもしれません。
作中の言葉を借りるなら「表向きはソフトに、密かに心に入り込もう」としている人がいるかもしれません。
監督は『ソフト/クワイエット』のようなテーマを選んだ理由に、観客から安心を奪うことを目的にしていると語っています。そんな本作を観ることで、いかに他人への憎悪や危険な思想から身を守るべきかを考えさせられました。
『ソフト/クワイエット』あらすじ・感想まとめ
・身近に潜む人間の恐怖を体感できる
・観客の「安全」を奪う演出がかなりキツい…!
以上、ここまで『ソフト/クワイエット』をレビューしてきました。
冒頭でも書いたように、本作はエンタメ性をもった作品ではありません。
エミリーたちがアジア系の姉妹にするひどい仕打ちは、目を背けたくなるほどの惨たらしさです。そんな行為をしているのが、どこにでもいる普通の人だという点も恐怖を掻き立てていました。
結構しんどい作風なので、比較的元気な時に観るのがおすすめです。鑑賞後はひとにやさしくすることで、メンタルを回復しましょう…!