【山西竜矢監督、前原滉、天野はなインタビュー】恋人が突然別人になる映画『彼女来来』に込めたメッセージ、撮影でのこだわりとは

【山西竜矢監督、前原滉、天野はなインタビュー】恋人が突然別人になる映画『彼女来来』に込めたメッセージ、撮影でのこだわりとは

(C)ミルトモ

劇作家で、演劇ユニット「ピンク・リバティ」の代表をつとめ、劇作家・演出家としても注目を集める山西竜矢が、映画監督として初めて作り上げた、オリジナル脚本による長編映画『彼女来来』が、6月18日より新宿武蔵野館ほか劇場での一般公開をスタートします。

この度、山西竜矢監督、主演の前原滉さん、主人公の前に現れる謎の女を演じた天野はなさんにインタビューをさせていただきました。

映画『彼女来来』山西竜矢監督、前原滉、天野はなインタビュー

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

−−本作は監督のオリジナル脚本ですが、奇抜なストーリーを思いついた経緯をお聞かせください

山西竜矢監督(以下、山西監督)「僕は恋人に『君だけだよ』みたいな甘い言葉を割と言うタイプなのですが(笑)、それを今の恋人だけでなく、それ以前の恋人にも言っていることにふと気づいたんです。うわ気持ち悪いなと自分で思ったんですが、これって僕だけじゃなくて、誰しも経験があることだと思うんですよ。前の恋人に作っていた料理を今の恋人に出してしまったり、以前別の人とデートした場所にもう一回行ったりそういう、みんなやっているけどよく考えると気持ち悪いよなあという事象を、映画に落とし込みたいと思いました。そこで、普通は前の恋人と次の恋人の間に時間の経過がありますが、もしその時間経過をカットしていきなり違う人になったら、という展開を思いついて、本作のストーリーが出来上がりました。」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

−−本作のように恋人が別人、もしくは顔が同じでも別人のようになるというストーリーは、天野(はな)さんも出演されていた劇団イキウメの「散歩する侵略者」とも被る部分もあると感じたのですが、何かオマージュをささげた作品などはございますか?

山西監督「散歩する侵略者」はすごく好きな作品なのですが、またニュアンスが違うかなと思います。どちらかというと、安部公房の「砂の女」やカフカの「変身」などの不条理さに影響されている意識はありました。」

−−前原さんと天野さんは本作の脚本を最初に読んだ時は、どのように思われましたか?

前原滉(以下、前原)「彼女が別人に変わるというストーリーの奇抜な部分よりも、紀夫(主人公)の恋人がいない時にとる行動、選択など、普通の人生でも起こりうることの描き方に興味を持ちました。紀夫は、恋人が目の前で別人に変わったという点以外は、よくある『恋人が出て行ってしまって、新しい女の人に言い寄られている普通の男』の行動しかしないんです。実際、特に奇抜な芝居はしていません。設定は奇抜でも、そういう普通の部分に惹かれましたね。」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

天野はな(以下、天野)「山西監督のことは数年前から知っていたので、山西さんらしい世界観だなと思いました。冷静に一歩引いて人を見ているなと感じていて、『今回も怖いな』と感じました。自分が演じるマリを中心に読んだので、最初は『ん?』となっていたのですが、山西監督から『針に糸を通すように感情をつなげていくのが普通のキャラクターだけど、マリはそれと同じようには演じられないと思う』と聞きました。紀夫やほかのキャラクターにはしっかり設定を作りこんでいたのですが、マリだけはそれが何もないんです(笑)」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

−−本作を見ていて感じる疑問として、奈緒さんが演じる茉莉と、天野さんが演じるマリは同一人物なのかという点があると思います。同一人物にも別人にも見えるように撮られていますが、同じ人間ではないかと思う理由の一つに、奈緒さんと天野さんのしゃべり方、シルエットが似ているという点がありました。監督は意図して似ている2人を選んでキャスティングされたのでしょうか。

山西監督顔がすごく似ている、というわけではないのですが、質感が似ているお二人であることは意識していました。一度、天野さんと奈緒さんが二人揃っている時にお会いしたことがあって、なんとなく雰囲気が似ていたんです。そこで、本作のストーリーを思いついた時にそのことを思い出して、お声かけしました。恋人が別人にすり変わるというストーリーを描くときに、『明らかに違うはずなのになぜか似ている』という塩梅の二人がいいと思っていたので、素敵なお二人に演じていただけて良かったです。

−−前原さんが演じた主人公・紀夫は、彼女とラブラブな状態から彼女が失踪して謎の女が現れ、徐々にその女に惹かれていくという役で、感情の変化がはっきり見える役でした。演じるうえで紀夫の精神状態の演じ分けはどのように意識されましたか。ちなみに、撮影は順撮りだったのでしょうか?

前原「撮影は順撮りでは全くなかったです。むしろそれが功を奏しました(笑)映画のストーリーの順番だと、奈緒さん演じる茉莉との幸せな日々が一番最初に来るのですが、撮影ではいなくなった茉莉を探し回る場面から始まったんです。どこにもいない茉莉を探しつつ、家にいるマリと喧嘩するという撮影が続く中で、中盤で奈緒さん演じる茉莉とのシーンが始まったので、より幸せな気分で演じることができました。紀夫役はあまり役作りもなく、目の前で起きていることに反応して自然に演じることができたと思います。」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

−−天野さんは何を考えているかわからない無機質な女性・マリを演じるにあたって、監督から支持されたこと、ご自身で意識されたことはありますか?

天野「普通にしていようと思っていました。ミステリアスなことをあえてしようとしても、山西監督が『やめて』って言ってくるので(笑)、割と自然体でそこにいました。」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

−−見ていてマリが「私がここにいるのは当たり前でしょ」という雰囲気でそこにいるのが印象的でした。そういう態度や、マリがなぜかかつて茉莉が歌っていた歌を口ずさんでいる場面もあり、茉莉とマリは同一人物なのかと思う部分もありました。

山西監督多様な解釈や見え方をすることは基本的に嬉しいのですが、時々、今のように、映画をご覧いただいた方から『同一人物なの?』と直接聞かれた時には、はっきり『違います』と答えるようにしています(笑)自分の中では、その二人は言葉通り純粋に別人として描いていました。本作の紀夫とマリの例は極端ではありますが、人と人との出会いって基本的に不条理なものじゃないですか。仕事の現場で一緒になったり、飲みの場で意気投合したりと、いろんな出会い方はありますが、どういう場合でも、出会う準備をして出会うことはありません。ある日突然、前触れなく人と人は出会う。そういう意味で言うと、天野さん演じるマリと紀夫の出会いは奇妙なもののように見えますが、普段僕たちが人と出会っている状態と本質的にはあまり変わらないのではないかと思うんです。またこれは前原さんも言っていたのですが、この作品は紀夫の目線で見るのと、俯瞰で見るのでは、また印象がガラッと変わると思うんです。茉莉が歌っていた歌をなぜかマリが知っているという場面も俯瞰で物語を考えると不思議な出来事のようにしか思えないかもしれないのですが、紀夫から見ると『君もその歌を知っているの!?』というミラクルにも感じられる。昔の恋人が良く食べていたものを、年月を経てから出会った相手が食べているのを見て『何か通じているのかも』という勝手な幻想を抱いてしまうようなことと似ている気がするんです。」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

−−前原さんと天野さんの本作でお気に入りのシーンと特に苦労したシーンがあればお聞かせください。

前原「苦労した点で言うと、歌を歌う場面がなかなかみんなで揃わなくててこずりましたね(笑)」

天野「私も苦労しました(笑)すごく難しい歌が送られてきたんです。歌を作ってくださった方が実際に歌っている音源だったのですが、歌がうますぎて、逆にその人に合わせようとして私も前原さんも奈緒ちゃんもみんなバラバラになってしまったんです(笑)」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

前原「すごくいろんなニュアンスのこもった歌声で、それ自体はとても素敵なんですが、それぞれが歌うとアホっぽくなってしまって(笑)楽しかったのですが、大変な部分でした。奈緒ちゃんが一番下手でした(笑)」

天野「マリがパスタを作って待っていたのに、紀夫に『出ていけ』と突き飛ばされるシーンが大変でした。14テイクもやりました。」

山西監督「あれは長かったですね(笑)天野さんは大変だったと思います。」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

天野「撮影中は私が途中からトングを落としてしまうくらい疲れてしまったんです(笑)演技とはいえ、ずっと怒られていたのがつらかったんでしょうね(笑)」

前原「楽しかった場面もあったじゃない(笑)ちなみに好きなシーンは、紀夫の家に両親がやってきて、マリを息子の彼女として当たり前に受け入れている場面ですね。紀夫の戸惑いに対して両親はすごく楽しそうで、撮影時からこのカオスな状況が面白いなと思っていました。現実にありえなくもないのが、好きですね。」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

天野「私は台風が来た夜に一緒に過ごして、紀夫がマリを徐々に受け入れていくシーンが好きです。『ありがとう~』という気持ちになりました(笑)」

前原「本作では紀夫がマリを明確に”受け入れる”という場面はないと思うので、天野さんのように台風の夜だと思う人もいれば、それ以外のシーンを挙げる人もいたりと、分かれるのが面白いですね。生きていてドラマチックな瞬間なんてなかなかないですし、だんだんと一緒にいるのが苦じゃなくなって受け入れているというのがリアルだと思います。」

−−紀夫が河川敷に行くと「海に還元するんだ」と何か謎の植物のようなものを投げているおじさんがいたり、茉莉を探して訪れた喫茶店の一角でなぜかマルチ商法の勧誘が行われていたりと、直接ストーリーと関係はないものの妙に記憶に残るデティールがあるのが印象的でした。そういった背景の要素を入れた狙いはどこにあるのでしょうか。

山西監督「紀夫が茉莉を探す日々を描いていて、”見つからない”ということを表現する時に、彼が他人の日常や無関係な出来事にどんどん飲み込まれていく様子を描くのが効果的だと思ったんです。僕自身も以前に、当時付き合っていた彼女と喧嘩した後に街を歩いていて、いきなり知らないおじさんにからまれた時、全然文脈とは無関係な恐怖で、喧嘩していたことや、怒りの感情が薄れたんです。そんな風に全く別の方向からやってくる出来事によって感情は薄れていくものだと思うので、本筋とは関係ない紀夫の日常に対してノイズになるような要素をあえて多く入れていました。」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

−−本作はラストシーンがとても強烈でした。ネタバレは避けつつ言うと、マリの顔のアップで終わるのですが、天野さんはあそこで終わる意図を聞いていたのか、山西監督はどういった狙いがあったのかお聞かせください。

天野「あの顔のアップの場面は、明確な気持ちもその後どうなるのかも一切決めずに撮りました。監督も『この後どうなるのかは特に決めたくない』と言っていて、出ていったのか、単にトイレに行ったのかも明確にはわからない場面になっています。私個人はあの場面を演じる際に抱いていた感情はあるのですが、それは監督とも共有していないです。」

山西監督「本作は徹底して紀夫の視点で進んでいく物語なのですが、最後だけは彼の目線じゃない場面にしたかったんです。ラストシーンだけは、俯瞰で見て欲しいなと。それは、このストーリーが紀夫の私小説ではなく、彼もまた見られている側だという点を強調したかったことが大きな理由です。だから自分としては、最後に物語がマリの視点に移ることそのものが重要で、あの後マリがどうしたのかははっきりわかる必要はありませんでした。」

『彼女来来』インタビュー

(C)ミルトモ

前原「ラストシーンだけでなく、いろんなシーンが解釈が分かれるように、意味深ながらも答えがはっきりわからないように撮られているので、人によって印象が変わるのが面白い作品だと思っています。」

インタビュー・構成 / 佐藤 渉
撮影 / 白石太一

映画『彼女来来』作品情報

『彼女来来』

(C)「彼女来来」製作委員会

出演:前原滉、天野はな、奈緒、村田寛奈、上川周作、中山求一郎、葉丸あすか、大石将弘、千葉雅子 ほか
監督・脚本・編集:山西竜矢
⾳楽:宮本玲、Vampillia
撮影:⽶倉伸
照明:藤井光咲
録⾳:織笠想真、城野直樹
美術:松井今⽇⼦
⾐装:キキ花⾹
ヘアメイク:ほんだなお
助監督:中村幸貴
演出助⼿:濱﨑菜⾐
制作担当:相澤優介
撮影助⼿:清⽔⼤河
照明助⼿:⼤⻄恵太、⻄愛由美
美術助⼿:岡本まりの、⾏徳美沙季
制作進⾏:⾼橋功⼈
グレーディング・DCP制作:清原真治
ホームビデオ編集:稲川悟史
スチール:佐藤祐紀
HPデザイン:広垣友⾥絵
ビジュアルデザイン:⽬⿊⽔海
アシスタントプロデューサー:濱﨑菜⾐
プロデューサー:⾼橋友理、髭野純、広屋佑規、⼭⻄⻯⽮
宣伝:レプロエンタテインメント、「彼女来来」宣伝部
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
配給協力:イハフィルムズ
企画協⼒:直井卓俊
企画・製作:「彼⼥来来」製作委員会
2021/91分/カラー/日本/5.1ch/ヨーロピアンビスタ
公式サイト:http://sherairai.com
公式Twitter:https://twitter.com/she_rairai

あらすじ


きえたマリ、あらわれたマリ─二人のマリに翻弄される男の葛藤を描く。

都内郊外のキャスティング会社で働く男・佐田紀夫、30歳。

彼は交際三年目になる恋人・田辺茉莉と、穏やかな毎日を送っていた。

ある夏の日。

紀夫が家に帰ると、窓から強い夕陽が差し込んでいた。

焦げるようなその日差しを目にした瞬間、紀夫は奇妙な感覚に襲われる。

気付くとそこにあるはずの茉莉の姿は無く、代わりに見知らぬ若い女がいた。

困惑する紀夫に、女はここに住むために来た、と無茶苦茶なことを言う。

透き通るような白い肌のその女は「マリ」と名乗り─

突然失踪した恋人を探しながら、別人との奇妙な関係に迷い込んだ男を描く、奇妙さと写実性を両立した恋愛劇。

2021年6月18日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開