天才劇作家シェイクスピア原作おすすめ映画まとめ!誰もが知る名作からマニアな作品まで徹底網羅

『シェイクスピアの庭』『ロミオとジュリエット』公開中!天才劇作家シェイクスピア原作のオススメ映画まとめ

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ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)の名前をご存じない方はいらっしゃらないでしょう。

ウィリアム・シェイクスピア

出典:Wikipedia

イギリスが生んだ史上最高の劇作家で詩人。

ハムレット」(1600-1601)「ロミオとジュリエット」(1595-96)など読んだことも観劇したことも無いぐらいシェイクスピアに縁の無い方でも、タイトルとおおまかな粗筋ぐらいはご存じのことでしょう。

死後400年以上が経つにも関わらず今もって売れ続ける驚異のベストセラー作家でもあり、ギネスブックは彼を「世界一売れた劇作家」と認定しています。

ニコ・トスカーニニコ・トスカーニ

さて、そんなシェイクスピアですが、皆様はどんなイメージをお持ちでしょうか?読んだことのある方は千差万別なイメージをお持ちかもしれませんが、お読みになったことが無い方はどうでしょうか?

多大なる偏見を以て言いますが「小難しい」「堅苦しい」。

あるいはもっとネガティブに「つまんなそう」というイメージをお持ちではないでしょうか?

それは大変にもったいないことです。

シェイクスピアは教養の宝庫であり、知っていればドヤれる要素の塊です。

ニコ・トスカーニニコ・トスカーニ

今回は大学、大学院と英文学を学び学生時代は学生演劇に夢中になっていた筆者が超私的観点でシェイクスピアをご案内したいと思います。

題して「堅苦しいシェイクスピアを気軽に映画で楽しむ」です。

シェイクスピア映画入門

『恋におちたシェイクスピア』(1998)

『恋におちたシェイクスピア』

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ニコ・トスカーニニコ・トスカーニ

「シェイクスピア絡みの映画でまず最初に何を見たらいいか?」と問われたら、私はとりあえず本作をお勧めします。

恋におちたシェイクスピア』は『ロミオとジュリエット』初演の舞台背景を虚実ないまぜにして描いたロマンティック・コメディです。

アカデミー賞好みのコスチュームプレイで出来も上々ということもあり、アカデミー賞で3つの主要部門(作品・脚本・主演女優)を獲得しました。

シェイクスピアの戯曲を原作にした映画ではなく、シェイクスピアに題材をとったオリジナルである本作を真っ先に取り上げたのは別に奇を衒ったわけではなく、シェイクスピア絡みの映画でこの映画が最も見やすく、もっともわかりやすく、もっとも出来が良く、もっとも万人受けする作品だからです。

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批判を覚悟で書きますが、ぶっちゃけシェイクスピアは普通に読んでも全然面白くありません。

むやみやたらと表現は大げさだし、無意味に流血が多いし、展開も唐突で不自然です。

その点、『恋におちたシェイクスピア』は大多数の現代人に受け入れられるようなマイルドな口当たりでいい意味で普通の映画です。

それでいて「ロミオとジュリエット」や「十二夜」などの要素が巧み取り込まれ、シェイクスピア作品の持つ雰囲気を楽しむこともできます。

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「シェイクスピア劇ってどんなものなんだろう?」という興味を抱かせる絶好の入り口であり、ウォーミングアップとしてとりあえず本作を勧めておきます。
『恋におちたシェイクスピア』が見れるサービス一覧

エリザベス朝の劇場

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ここでちょっと脱線。

恋におちたシェイクスピア』はエリザベス朝(1558-1603)当時の文化、風俗を知る上でも良い作品です。

劇中で描かれている事物についてちょっと説明を。

当時の演劇は女性の観劇こそ認められていましたが、職業としての女優は認められていませんでした。したがって出演者は全員男。

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我が国の歌舞伎と同じですね。

歌舞伎に女形がいるように、エリザベス朝演劇では声変わり前の少年が若い女性の役をやりベテランの俳優が中年、老年の女性を演じていました。

グウィネス・パルトロウ演じるヴァイオラが男装しているのはその理由と、「十二夜」の設定にかけているからです。

また、劇場が開けっ放しで天井が無いのにも違和感を感じたかもしれませんがこれも当時からしたら普通です。

なぜなら当時の劇場には照明設備が無かったから。

照明が無いので日の光の下でやるしかありません。

なので当時の劇場は基本、青空天井でマチネ(昼公演)しかありませんでした。

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屋内劇場もあったみたいですが、そっちは代金が高くやや金持ちの客向けだったみたいです。

劇場に初めて電気照明が設置されるのは1881年にロンドンで開場したサヴォイ劇場です。

加えて、劇場の作りは極めて簡素でした。

幅広で板張りの突き出した舞台があり、多少の道具類と簡単な仕掛けぐらいはありましたが舞台装置と呼べるほどのものは無し。

そのほとんど素舞台みたいな舞台を360度ぐるりと観客が取り巻いている、というのが当時のシェイクスピアが活躍したグローブ座の作りです。

現在だと早稲田大学構内にある演劇博物館がエリザベス朝時代の劇場を模したものとして有名です。

そんな貧弱な設備の劇場なので劇中で起こる大半の出来事はセリフで説明する必要がありました。

シェイクスピア劇のセリフがやたらと長ったらしいのにはそういったところにも理由があります。

ところが、これがシェイクスピアの凄いところで、彼は説明台詞まで演出にしてしまいました

例えば、『ロミオとジュリエット』にこんなセリフがあります。

『ロミオとジュリエット』第3幕5場
“Night’s candles are burnt out, and jocund day. Stands tiptoe on the misty mountain tops.”
「夜のロウソクは燃え尽きた。楽し気な朝の光が靄にけぶる山の頂でつま先立ちしている。」

要はただ「朝が来た」と言っているだけなのですが、思わず笑ってしまうほどのポエジーです。

また、『マクベス』にはこんなセリフがあります。

『マクベス』第1幕4場
“Stars, hide your fires, Let not light see my black and deep desires;”
「星よ、輝きを隠せ。俺の暗黒の欲望を照らすな。」

これも見事な表現です。

この場面はマクベスが闇に紛れてダンカン王を暗殺しに行くというシチュエーションなのですが、夜だということがわかるだけでなくマクベスの心情まで的確に表現しています。

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しつこいようですが、私はシェイクスピアが手放しで面白いとは思っていません。手放しで面白いとは思っていませんが、このような表現を見るとシェイクスピアの天才ぶりにはただ敬服するしかありません。

ローレンス・オリヴィエとシェイクスピア

さて、シェイクスピアに存分に親しんだ人からすると「何故?」と疑問を呈さざるを得ない問題だと思うので最初に言い訳しておきます。

本稿ではローレンス・オリヴィエの監督作品は挙げません

…という前に「オリヴィエって誰?」という?マークが飛んできそうなので説明しておくと、ローレンス・オリヴィエ(1907-1989)はイギリスが生んだ不世出の名優、映画監督です。

舞台と映画の両方で活躍しましたが「映画俳優」としての実績だけでもアカデミー賞に10回ノミネートされ、『ハムレット』(1948)で主演男優賞を受賞。

自ら監督した同作は作品賞も受賞しています。

イギリス舞台界で最も栄誉ある賞はローレンス・オリヴィエ賞ですが、彼の名前が冠されていることからもその偉大さが窺い知れます。

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さて、そんなオリヴィエは自らの監督・出演で多数のシェイクスピア作品を映画化しているのですが、個人的にはシェイクスピアを初めてご覧になる方には全くおすすめしません。

なぜなら「堅苦しい」「小難しい」というシェイクスピアのイメージに最も近いのがオリヴィエの映画だからです。

オリヴィエのシェイクスピア映画は内省的でいかにも舞台的な作りです。

映像的な躍動感を見ていて感じることは殆どありません。

それも一つのやり方だと思いますが、それゆえによけに堅苦しく小難しく感じてしまいます。

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そんなわけでオリヴィエの作品は挙げませんが、彼の実績に敬意を表して名前だけは挙げておこうと思います。

ケネス・ブラナーとシェイクスピア

ケネス・ブラナーと言えば、一般的には『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(2002)のギルデロイ・ロックハート先生がイメージされるかもしれませんが「オリヴィエの再来」と言われている程のシェイクスピアのプロフェッショナルです。

マリリン 7日間の恋』(2011)ではオリヴィエを演じてアカデミー賞の助演男優賞候補になりましたが、存命中の人物でオリヴィエ役に最も相応しいのは彼で間違いないでしょう。

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さて、そういえばシェイクスピアについて「堅苦しい」「小難しい」「展開が唐突で不自然」など散々ネガティブなことを書いてしまいましたが、じゃあ「シェイクスピアなんて何の価値もないのか?」というとそんなことはありません。

シェイクスピアの戯曲は極めて大げさな表現の連発で唐突で不自然な展開が繰り出されます。

それは間違いありません。

それでも、シェイクピアを読んだり舞台を見たり映画を見たりすると息を呑むような瞬間があります。

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セリフです

シェイクスピアのセリフは「どうやったらこんな表現を思いつくんだろう?」とため息が漏れてしまうぐらい見事な瞬間があります。

また弱強5歩格(iambic pentameter)というリズムが多用されており、原文で聞くと得も言われぬ美しい響きがします。

芸事は伝統度が高ければ高いほど素人とプロの差が出やすいものです。

名優クリストフ・ヴァルツは西洋の演技は極論すればだれでもできると発言していましたがその通りで、実際『シティ・オブ・ゴッド』(2002)や『ユナイテッド93』(2006)は素人が山ほど出ていますがどちらも非常に高い評価をうけました。

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以前、ある大学の落語研究会の寄席を見に行ったことがあります。学生に交じって指導しているプロの噺家が出ていたのですが、学生と咄家の間には落語に全く無知な私でもはっきりわかるほど明確な差がありました。

西洋では何がそれにあたるか…というとオペラとシェイクスピアではないでしょうか。

シェイクスピアのプロフェッショナルが演じるシェイクスピアはセリフの美しさが存分に味わえるまさに至芸で、シェイクスピア劇を演じることが特殊技能であることがよくわかる例です。

そんなブラナーのシェイクスピア映画作品からオススメを紹介します。

『から騒ぎ』

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さて、本題のケネス・ブラナー監督のシェイクスピア映画ですがまずは『から騒ぎ』(1993)をお勧めします。

陰鬱な作品や暴力描写まみれの作品も少なくないシェイクスピアですがブラナー監督の『から騒ぎ』は陽の気に満ちたとても楽しいロマンティックコメディです。

会えば喧嘩ばかりしているベネディックとベアトリスという男女がなんやかんやあって、最後は相思相愛の仲になるという粗筋を書いていると思わず赤面してしまうような内容ですがとても楽しい作品です。

自ら監督・主演しているブラナーは演技も見事ですが、演出も素晴らしいです。

舞台劇を映画化すると俳優が出てきて動いて喋ってお終い、みたいなことになりがちですがブラナーは適度にカットを割りながらモブの登場人物を動かし画面に程よいリズムを作り出しています。

当時夫婦だったブラナーとエマ・トンプソンのやり取りは微笑ましく(離婚したけど…)、マイケル・キートン演じる道化のドグベリーもコメディな明るい雰囲気を盛り立てています。

脇にもデンゼル・ワシントンキアヌ・リーヴスなどアメリカのスターが並んでおりとても華やかです。

最初にシェイクスピアを見るなら後述するゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』か本作をお勧めしますが、どちらか一方なら多少迷いながらも本作を勧めます。

『ヘンリー五世』

さて、続いてですが『ヘンリー五世』(1989)を挙げておきます。

同作は偉大なるイングランド王ヘンリー五世(1387-1422)がフランス相手に大勝利を収めたアジンコート(アジャンクール)の戦いに勝利した歴史的事実に基づいた史劇です。

とりわけ戦いの前のスピーチで有名な作品ですが、ここでのケネス・ブラナーのセリフ回しは見事の一言で同作でブラナーはアカデミー賞の監督賞と主演男優賞のダブル候補になりました。

『ハムレット』

ここまで挙げた2本は比較的とっつきやすい例です。

これらを観て「もっと」と思う方には『ハムレット』(1996)が待っています。

ケネス・ブラナー版の『ハムレット』は上映時間が4時間を超える超大作。

しかも劇中のほとんどを主人公のハムレットがウジウジ悩んでいるだけという観る前から気の滅入るような作品です。

普通「ハムレット」を映画化する場合はどこかしらにカットが入ります。

多くの場合、ノルウェー軍のフォーティンブラスが攻め込んでくるくだりはカットされますし、オリヴィエ版の映画ではローゼンクランツとギルデンスターンというそこそこ出番のある脇役までカットされています。

ブラナー版の『ハムレット』はそういった副筋のカットが一切ありません

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しかし私は同作を見て「長い…」と思いつつも「なるほど」とも思いました。

ハムレットはデンマークという一国の王子様です。

『ハムレット』自体は復讐するか否かをハムレットが延々悩み続ける極めてパーソナルな内容ですが、彼の立場は一国の王子という重要なポジションにあるためその問題が個人の問題にとどまりません。

なので最終的に個人の問題が国家の重要事という大きな問題に結びついてしまいます。

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これは「リア王」にも共通するテーマ。

ブラナーはそのツボの部分をよくわかっているのでしょう。

ブラナー版の『ハムレット』は超絶的にセリフが多い映画ですが、それでいてスケールは特大です。

演出もミニマムで内省的なものではなくバンバン移動撮影を使ってハリウッド映画かというぐらいに豪華な動きがあります。

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鑑賞には相当な辛抱が必要ですが、これに辛抱してしかも「面白い」か「面白くはないけど凄い」と思えた方は間違いなくシェイクスピアに対する耐性があります。

なお脇役であるローゼンクランツとギルデンスターンを主人公にした『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(1990)という映画がありますが、同作で監督・脚本・原作(舞台劇)を担当したトム・ストッパードは『恋におちたシェイクスピア』の脚本も手掛けています。

フランコ・ゼフィレッリとシェイクスピア

フランコ・ゼフィレッリ(1923-2019)はイタリアの映画監督、脚本家、オペラ演出家です。

イタリア人ですが英語が堪能で、無党派だったためムッソリーニ政権時代はイギリス陸軍で兵役につき通訳を務めていました。

ヴェルディやプッチーニなどのイタリアオペラの演出で高名でしたが映画監督としても活躍し、多くの名作を残しています。

『ロミオとジュリエット』

『ロミオとジュリエット』

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前述した『ロミオとジュリエット』(1968)はそんな彼の映画監督としての代表作でシェイクスピア入門編にもふさわしい作品です。

『ロミオとジュリエット』は若い二人の死で終わる悲劇ですが、それと同時にロマンティックな青春劇でもあります。

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「若い」というよりも「幼い」と言った方が良さそうな俳優が猛烈な恋をして心中するという作りは燃え上がるような情熱を感じます。

シェイクスピアを真っ正直に映像化してしまうとセリフを喋りまくってお終い、みたいになってしまいますがゼフィレッリはさすがに心得ていて、ロケ撮影を極めて有効に活用しています。

美しいイタリアの街並みを走り抜けながら大立ち回りを演じる場面など、空間に制限のある舞台ではできない映画ならではの躍動感があります。

ところで、当時ティーンエイジャーだったオリヴィア・ハッセーとレナード・ホワイティングを主演に起用したのは世間を騒がせましたが、実はこれは原作にかなり近いです。

意外と知られていませんが、原作のジュリエットは「もうすぐ14歳」と劇中で言及されているので13歳の設定、ジュリエットの母は「14歳になる前に産んだ」と言っているので28歳です。

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「若すぎないか?」と大半の方が思われるかと存じますが、エリザベス朝の時代背景を決して不自然ではありません、

なぜなら当時の平均寿命は35歳くらいだったと考えられているからです。

『ロミオとジュリエット』は若さが儚く散っていく悲劇です。

当時からするとそのぐらいの年齢でないと「若い」と言えなかったと考えられます。

本作は興行的にも批評的にも大成功をおさめ、ゼフィレッリはアカデミー賞の監督賞候補になっています。

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『じゃじゃ馬ならし』(1967)

この『じゃじゃ馬ならし』は一転してとても楽しいコメディです。

カタリーナとペトルーキオーという新婚夫婦が主人公なのですが、カタリーナはとんでもないじゃじゃ馬でカタリーナの父は求婚相手が現れず困っています。

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正確にはこの二人が主人公の物語は劇中劇なのですが、その要素は映画では排除されています。

そこにやってきたペトルーキオーという男がカタリーナを貰い受けるのですが、ペトルーキオーは「食べさせない」「眠らせない」というとんでもなく強引な手段で彼女を手なずけていきます。

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「DVだろ!」とツッコミたくなる気持ちはわかりますが、それはちょっとちがって「食べない」「眠らない」をペトルーキオーも一緒になってやっているのです。

終いにはカタリーナもペトルーキオー従うようになり夫唱婦随になってハッピーエンドです。

この無茶苦茶な新婚夫婦を当時夫婦だったエリザベス・テイラーリチャード・バートンが演じています。

ゼフィレッリの画面作りは暖色がメインの明るい色調で、『ロミオとジュリエット』と同じくロケ地に俳優を動き回らせ動かすことでリズムを作っています。


人を動かしたがるのは舞台演出の出身者によく見られる傾向ですが、ゼフィレッリはこの「人を動かして画面にリズム作る」のが抜群に上手い映画監督でした。

ラテン系らしい明るさと舞台出身者らしい発想が活きたとても楽しい映画に仕上がっています。

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『ハムレット』(1990)

上記の『ロミオとジュリエット』、『じゃじゃ馬ならし』はラテンの演出家らしい陽の作品でしたが、本作は違います。

シェイクスピア作品でも特にネクラな「ハムレット」をネクラで内省的に仕上げた作品です。

フォーティンブラス率いるノルウェーの進軍というエピソードは丸ごとカットされており、全編がコンパクトにまとまっています。

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内省的でゼフィレッリには珍しく室内のシーンが多いです。

メル・ギブソン(意外なキャスティング!)演じるハムレットもブラナーのように朗々と読み上げるのではなく、呟くような節回しで室内劇的な仕上がりです。

上映時間は135分とケネス・ブラナー版『ハムレット』の半分程度しかなく、ブラナー版で辛抱できなかった方はこちらをお勧めします。


オペラ演出としても高名だったゼフィレッリはオペラの映画化でも手腕を発揮しました。

特にジュゼッペ・ヴェルディの名作オペラを映画化した『トラヴィアータ1985・椿姫』(1985)は主演に当時全盛期だったテノール歌手プラシド・ドミンゴを起用し高い評価を受けました。

ゼフィレッリのシェイクスピア映画を見て興味を持った方はこちらもぜひどうぞ。

『ハムレット』が見れるサービス一覧

シェイクスピア作品トリビア

ハムレットは30歳で太っていた?

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ここでまたも小ネタです。

「ハムレット」劇中でハムレットの年齢が明らかになる場面があります。

はっきり「30歳だ」とは言われていませんが、劇中のセリフから計算すると彼が劇中の時点で30歳だったことは明らかです。

現代の感覚で言えば30歳はまだ若い部類ですが、エリザベス朝当時の平均寿命は35歳で当時の感覚からすると晩年です。

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少なくとも「王子」という言葉からは連想できない設定ですね。

なぜこんな年齢設定になっているか……というとそれはシェイクスピアが活躍した国王一座の看板俳優だったリチャード・バーベッジ(1568-1619)が「ハムレット」初演当時30代前半だったから。

登場人物の年齢設定にまで影響するぐらいバーベッジという俳優の存在は大きかったのでしょう。

また、こんなセリフがあります。

『ハムレット』第5幕2場
“He’s fat, and scant of breath.”
「彼は太っているので息切れします。」

これはハムレットに向けられたセリフです。

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「嘘だろ?」とお思いでしょうが、本当にあるのです。

このセリフについてシェイクスピアは特に注釈を残していないので、長きに渡り論争になりました。

それに対する一つの回答が20世紀初頭のアメリカで不意に得られることになります。

1924年、オハイオ州ウスター大学の授業で、教授がこのセリフについて満足な解釈が得られていないことを話すとある女子学生が「これは『汗をかいている』という意味ではないでしょうか?」と発言しました。

その根拠を聞くと、その女子学生はウィスコンシン州の田舎を旅していた時、現地の人が”fat”を「汗をかいている」という意味で使っていたというエピソードを披露したそうです。

古い英語の表現が遠く離れたアメリカの方言として残っていたというのは十分にあり得る話です。

「汗をかいている」という解釈が正しいかどうかは定かではありませんが、『ハムレット』に新たな解釈の可能性をもたらしたことは間違いありません。

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当時の文化では体格の良いことを男ぶりと結びつける考えがあったという解釈もあります。

その他のシェイクスピア作品オススメ

ブラナーとゼフィレッリを中心に紹介しましたがその他、個人的に気に入ったものを何本か紹介しておきます。

『ヴェニスの商人』(2004)

ヴェニスの商人』は一応喜劇に分類される作品ですが、何とも言えない後味の悪さを感じさせる作品でもあります。

なぜかというと、悪役に配置されたユダヤ人の金貸しシャイロックが最後に散々な目に合うからです。

当時のイギリス人にとってユダヤ人は縁の無い存在で、ユダヤ人の存在は一種のファンタジーみたいなものでした。

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シェイクスピアもそれを踏まえて悪役をユダヤ人にしたのだと思いますが、ホロコーストを経験した現代人にとってこの設定はあまりに重たすぎます。

ラドフォード監督版の『ヴェニスの商人』はまさに21世紀の現代人視点から見た「ヴェニスの商人」で映画冒頭にヨーロッパでのユダヤ人差別に関する説明が付け加えられています。

シャイロックを演じるのは名優アル・パチーノで、シャイロックを悲哀たっぷりに演じています。

監督のジェームズ・ラドフォードは『1984』(1984)や『イル・ポスティーノ』(1994)など文芸色の強い映画を得意としている人でこの映画もよくツボを押さえています。

『マクベス』(2015)

血なぐささ全開の「マクベス」の現時点で最も新しい映画版。

原作ではセリフのみで語られていた場面をカットバックとモノローグを駆使して巧みに映像化しており映画であることの必然性を感じさせます。

それでいてシェイクスピア作品に特有のセリフの魅力も感じさせてくれます。

朗々と読み上げるのではなく呟くようなセリフ回しですが、『マクベス』は内省的な作品であり、読み上げるのではなく自分に向かって言い聞かせるような演技が作風によくマッチしています。

スコットランドの大草原でロケした戦闘シーンも圧巻のスペクタクルです。

『リチャード三世』(1995)

「リチャード三世」は実在の王、リチャード三世(1452-1485)が権謀術数の末に王座に就き破滅するまでを描いたシェイクスピアの史劇でも最も人気のある作品です。

この映画『リチャード三世』の面白いところは第二次世界大戦期風のビジュアルで登場人物が剣ではなく銃を持ち、戦車やジープが登場することです。

シェイクスピア作品でこういう演出はさほど珍しくなく、最近の物だと「コリオレイナス」をレイフ・ファインズが監督・主演で映像化した『英雄の証明』も舞台が現代になっています。

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こういったビジュアルが明らかに当時と異なるものになっても不思議とマッチするところにシェイクスピアの普遍性を感じます。

『リチャード三世』は主人公が観客に向かって語り掛ける独白が大量にあるのですが、特にマイクに向かった演説からトイレで用を足しながら悪態をつく場面に切り替わる構成は出色で、シェイクスピアが色々な演出を受け入れるのだとわかります。

リチャード三世を演じるのはイギリスの名優イアン・マッケラン

脚本も兼任したマッケランはロイヤル・シェイクスピア・カンパニーやロイヤル・ナショナル・シアターで山ほどシェイクスピアをやってきたシェイクスピア劇のエキスパートでシェイクスピアが伝統芸能であることを感じられます。

ちなみにテレビドラマ『ホロウ・クラウン/嘆きの王冠』(2012-)では人気俳優のベネディクト・カンバーバッチがリチャード三世を演じていますが、彼はリチャード三世の遠い血縁にあたるらしいです。

『ロミオ&ジュリエット』(1996)

『ロミオ&ジュリエット』

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当時若手だったレオナルド・ディカプリオクレア・デインズの美しさを楽しむ映画。

舞台は現代のブラジルに移り、剣は銃になってロミオがアロハシャツを着ているポップな映画。

監督のバス・ラーマンは『ムーラン・ルージュ』(2001)など幻想的でハイパーリアルな映画を得意とする人で本作『ロミオ&ジュリエット』も彼らしい幻想的な作品に仕上がっています。

『ロミオ&ジュリエット』が見れるサービス一覧

シェイクスピアの翻案オススメ作品

また、シェイクスピアを基にした翻案作品も幾つかあります。

『ウエスト・サイド物語』(1961)


「ロミオとジュリエット」を土台にしたアメリカのミュージカル。

第34回アカデミー賞で作品賞含む10部門を受賞しています。

スティーブン・スピルバーグ監督のリメイク版が2020年末に公開予定です。

『ウエスト・サイド物語』が見れるサービス一覧

『蜘蛛巣城』(1957)


戦国時代の日本を舞台にした「マクベス」の翻案。

最後の矢が主人公に降り注ぐ場面は語り草です。

『蜘蛛巣城』が見れるサービス一覧

『乱』(1985)


戦国時代の日本を舞台にした「リア王」の翻案。

蜘蛛巣城』も原作とは完全に別物ですが、根底にあるテーマはがっちりつかんだ素晴らしい映画。

世界の黒澤明マクシム・ゴーリキーの同名戯曲を翻案した『どん底』(1957)やエド・マクベインのサスペンス小説を翻案した『天国と地獄』(1963)など欧米の文学に造詣が深く他にもいくつかの海外文学翻案作品を残しています。

『乱』が見れるサービス一覧

シェイクスピア映画の新作情報:『シェイクスピアの庭』『ロミオとジュリエット』

現在、ケネス・ブラナーによる断筆して家族の元に戻った晩年のシェイクスピアを描いた映画『シェイクスピアの庭』、


『シェイクスピアの庭』あらすじ・感想!ケネス・ブラナーの独自解釈を交えた文豪の晩年【ネタバレなし】

そして『キャッツ』の主演で注目を集めた英国ロイヤル・バレエ団のプリマドンナ、フランチェスカ・ヘイワード主演のバレエの劇場版『ロミオとジュリエット』が公開中。


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シェイクスピアの知られざる側面と誰もが知っている名作のバレエ版両方が劇場で見られるチャンスです。

堅苦しいシェイクスピアを気軽に映画で楽しむ・まとめ

以上、いかがだったでしょうか?

シェイクスピアを楽しむには少々の根気が必要ですが、これらの作品は良い入り口になると思います。

シェイクスピアが残した戯曲はそれ単体で楽しむ漫画や小説と違い、上演されることを前提に書かれた「舞台の設計図」みたいなものです。

戯曲をそのまま読んでも楽しめる人はいるかもしれませんが、良質な舞台や映画はシェイクスピアを楽しむうえで格好の媒体です。

現在公開中の新作も含めてシェイクスピアの舞台も映画も山ほどありますので、開拓してみると発見があるかもしれませんよ。