『超擬態人間』(19)や『半狂乱』(21)など、社会の不条理を独自のストーリーと恐怖で描き続ける藤井秀剛監督の新作『猿ノ王国』が4月2日(土)より公開されます!
今回のテーマはコロナ禍で浮き彫りになった、責任逃れや権力に対する強烈なリベンジ劇。
誰もが一度は感じたことのある、”事なかれ主義”や”権力による圧力”に対して怒りをむき出しにした作品です。
・メッセージ性とエンタメ要素のバランスが抜群
・作中で引用される殺人鬼マーク・エセックスの意味とは?
それでは『猿ノ王国』をネタバレなしでレビューします。
目次
『猿ノ王国』あらすじ【ネタバレなし】
責任転嫁のリレーが始まる
コロナ禍の日本。あるテレビ局では、コロナワクチンのニュース特集のオンエア当日を迎えていた。しかし、その素材を確認したキャスターの千葉(種村江津子)は唖然とする。特集の内容はワクチンの安全性に疑問を持つ、いわば「反ワクチン」ともとれるものだった。責任問題になると考えた千葉は、部下の西(納本 歩)に素材を破棄するよう命じる。
同じころ、テレビ局の地下にある編集室。そこでは編集者たちが、ニュース特集の素材を当たり触りのない内容に編集している真っ只中だった。するとそこへ担当ディレクターの佐竹(坂井貴子)がやってくる。再編集は内密に行われていたため、彼女は激怒する。佐竹には、”何としてでも”この特集を世に出す必要があったのだ。ところが佐竹が外に出ようとすると、編集室の扉が開かなくなっている。佐竹たち3人は何者かによって閉じ込められてしまった。
圧力に屈せず特集を放送できるのか?
佐竹たちが編集室に監禁されている頃、新人ディレクターの元川(越智貴広)は上司の宮地(望月智弥)と共に、25階にある取締役員室に呼び出されていた。役員やほかの上司たちが集まると、彼らは元川に「ワクチンの特集は、当たり障りのない内容に編集するように」と圧力をかける。
報道の信念を貫こうとする元川だが、責任を負いたくない上層部は揃って元川にあいまいな回答をするだけで、責任をすべて元川に擦り付けてくる。ついに我慢できなくなった元川は、上司のメンツも無視して「再編集はしない」と断言する。さらに元川は特集を潰されないために、局外の人間に”ある依頼”を頼んでいた。
果たしてワクチン特集を放送することはできるのか?最後に笑うのは権力者か?圧力に屈しない者なのか?永遠と続く責任転嫁の終着点には、予想もしない結末が待ち受けていたーー。
『猿ノ王国』感想
すみずみまで見せる責任転嫁の構図
本作で一番強烈に感じるのは、タテ社会の悪いところを全部集めたような構図です。新人ディレクターの元川は、何者にも染まっていない真っ直ぐな報道精神を持っているのに対し、権力の座であぐらをかいている上層部は、息をするように責任を部下に擦り付けてきます。元川の先輩である宮地も、最初は「俺がお前を守ってやる」なんてカッコつけていますが、立場が危うくなると光の速さで手のひらを返していました…。
こうした上下関係をコロナ禍ならではの手法で描いているのが「マスク」です。例えば、キャスターの千葉は部下の前ではマスクをしないのに、自分より上の人間が現れると、すかさずマスクを着用します。
これは千葉に限った話ではありません。上下関係をはじめ、責任を擦り付けあう上でのマウント合戦でも同様です。誰もが弱みを握られて立場が弱くなるとマスクをつけ、強くなれば外しています。この映画におけるマスクの有無は、立場の優劣を示すキーアイテムと化しているのです。
コロナワクチンを報道する人々が、マスクでマウントを取り合うとはなんと皮肉なことか…! 鑑賞の際は登場人物がマスクをつける・外す瞬間に注目してみてください。
メッセージ性とエンタメ要素のバランスが抜群
タテ社会への問題提議と聞くと、お堅い社会派映画のようにも聞こえますが、『猿ノ王国』は群像劇としても面白いエンタメ要素が満載です。
密室に閉じ込められた3人が、それぞれを犯人と疑うソリッドシチュエーションなスリラー。ほとんどホラーみたいな責任転嫁のリレー。「絶対お前に責任を押し付けるんだ!」という、禍々しい気迫さえ感じられるマウント・バトル。特集の素材を奪おうとするサスペンスフルな展開…。
何より、元川や佐竹が自分の意志を他者に潰されそうになる展開は「胸糞」以外の何物でもありません。本作は現代社会を舞台にした”大人の寓話”ですが、彼らと同じような体験をした人は多いのではないでしょうか。社会や組織で生きていく以上、高確率で遭遇するタテ社会の現状を描く本作は、多くの人に刺さるメッセージ性をはらんでいるだけでなく、エンタメ要素のバランスも絶妙でした。
引用された殺人鬼マーク・エセックスの意味
今作のような責任問題の擦り付け合いあいは、コロナ禍で浮き彫りになっただけに過ぎず、以前からずっと日本に根付いている悪習です。上に立つ者ほど、自分の立場が脅かされることを避け、その下にいる人は、時に異常な手段で現状を打破してしまいます。
本作のように報道局という大きな組織でこの両者が含まれると、いつも不都合な目に遭うのは後者です。この不条理な問題を打破する唯一の方法が「憎む」こと以外にないことが、現代社会における大きな問題だと痛感させられました。
その問題こそ、公式サイトや映画の冒頭でも取り上げられた、殺人鬼マーク・エセックス(1972年に黒人差別を憎み、白人の警官らを連続射殺した人物)と重なります。権力に虐げられる人が狂わずにすむ社会が根付くことを願う作品でもありました。
『猿ノ王国』あらすじ・感想まとめ
・エンタメ要素も満載の現代日本スリラー!
・殺人鬼マーク・エセックスの意志と重なるタテ社会の闇
以上、ここまで『猿ノ王国』をレビューしてきました。
作品の冒頭でも注釈が入りますが、この映画はワクチンの安全性を否定する映画ではありません。あくまで責任逃れをするタテ社会への批判と、コロナ禍の現在との相性が良かっただけです。(実際、藤井監督は新型コロナのチャリティー映画として『見上げた空とマスク』を制作しています)
ヤマダマイ