スペインの巨匠ペドロ・アルモドバルの自伝的作品でもある『ペイン・アンド・グローリー』。
2019年の第72回カンヌ国際映画祭で、主演のアントニオ・バンデラスが主演男優賞を受賞し第92回アカデミー賞でも主演男優賞、国際長編映画賞にノミネートされた注目作品です。
物語の前半は暗い描写が多く主人公に共感を覚えられない場面もありますが、後半の色鮮やかな過去の描写や主人公の再生しようとする姿に心打たれます。
- 物語前半の主人公の苦悩の描き方が繊細
- 主人公の苦悩に立ち向かう姿に惹きつけられる
- 過去の描写が色彩豊かで美しい
それでは『ペイン・アンド・グローリー』をネタバレありでレビューします。
目次
映画『ペイン・アンド・グローリー』作品情報
作品名 | ペイン・アンド・グローリー |
公開日 | 2020年6月19日 |
上映時間 | 113分 |
監督 | ペドロ・アルモドバル |
脚本 | ペドロ・アルモドバル |
出演者 | アントニオ・バンデラス アシエル・エチェアンディア レオナルド・スバラーリャ ノラ・ナバス フリエタ・セラーノ ペネロペ・クルス セシリア・ロス |
音楽 | アルベルト・イグレシアス |
映画【ネタバレ】『ペイン・アンド・グローリー』あらすじ・感想・解説
精神の苦痛と薬の依存の苦しみが繊細に描かれている
世界的に成功した映画監督である主人公のサルバドールは、脊髄の痛みをはじめ体の様々な痛みや不調などから生きる力を失い、引退同然の生活を送っています。
斎藤あやめ
ある日、サルバドールのもとに、昔、撮影した作品の上映とトークショーの依頼が届きます。
その映画の主演であり、撮影以来仲違いしていたアルベリコのもとを訪ねた際に、アルベリコからヘロインを譲り受けたことで彼の生活は一変します。
斎藤あやめ
しかし痛みから逃げるためだけにサルバドールが薬にのめり込んでいったわけでないことが物語が進むに連れて分かっていきます。
老いていくと日々の不摂生と無理が蓄積し、誰しも体はガタがいき、どこかしら痛みを抱えていくもの。
ただ、それは肉体的だけでなく、心理的な痛みも同じことといえます。
過去の後悔や未練などが少しずつ蓄積して、心を蝕みながら精神を痛めつけます。
それでも人は生きていくために、その心の痛みになかなか直面することはありません。
サルバドールは肉体的な痛みだけでなく、4年前に母親を亡くし、精神的にも痛みや苦しみを味わう中で生きる気力を失っていました。
斎藤あやめ
サルバドールはヘロインによって肉体的な痛みから逃れたと同時に、薬でまどろんでいる時に過去に立ち返ります。
そこで振り返る白昼夢のような過去は、サルバドールにとって目を背けていたものだったのではないでしょうか。
物語の中盤、サルバドールの過去の恋愛に関する描写があり、ヘロインが彼にとって「憎き代物」だったことがわかります。
誰よりも愛した恋人・フェデリコとの別れの原因となったヘロイン。
それなのに、なぜサルバドールは何十年も経って手を出したのでしょうか。
斎藤あやめ
心身の痛みと耳鳴りに苦しむ日々の中で、忘れられない恋人に救いを求めるように薬に手を出したのではないかと感じました。
過去の恋人との再会はとびきりロマンチック
サルバドールと昔の恋人フェデリコの偶然の再会シーンは、とてもロマンチックです。
それまで痛みに苦しみ、薬に溺れて廃人一歩手前になっていたサルバドールが、このシーンから一気に人間らしさを帯びていきます。
斎藤あやめ
中年を通り越し、老年期に入ろうとしているかつての恋人たちの語らいは、再会の喜びに満ちているのにとても冷静で現実的です。
それでも、スクリーンからは2人が何かを必死で押さえ込んでいることが伝わってきます。
だからこそ、その押さえていたものがはじけたのかのような最後のキスシーンはとても情熱的。
その先があるのではないかと思ってしまいますが、サルバドール自らが恋人と綺麗に綺麗に別れることを選びます。
斎藤あやめ
フェデリコとの再会後、過去を振り切るようにサルバドールは薬を処分し、拒絶していた治療を再開するのです。
薬に頼ることなく、少しずつ少しずつ前を向こうともがき必死で生き直そうとするサルバドールの姿は美しく、ここから彼の再生ともう1つの過去の物語が始まっていきます。
後半は色彩豊かなおとぎ話のよう
薬を断ち治療に専念する中で、サルバドールは4年前の母親の死を引きずっていることを自覚します。
田舎で最期を迎えたいという母親の望みを聞いてやれなかった後悔は、彼自身が思っている以上に深いものだったのです。
母親の回想は、映画の冒頭、そして薬で朦朧とする意識の中でも何度か登場しますが、主にサルバトールが少年時代のもので、牧歌的でノスタルジックな雰囲気が漂っています。
それに対して後半、薬を経ってからの回想シーンは母親の老年期のものが中心になり「老い」「病」「死」という現実的な空気が張り詰めると同時に、親子の歴史の長さが明瞭に描かれています。
斎藤あやめ
貧しさの中、疲れた表情を見せつつも、時折、息を飲むぐらいの美しさをスクリーンに映し出すペネロペはさすがスペイン映画界のミューズ。
斎藤あやめ
映画後半には母親との物語以外にも、サルバトールのとある「初体験」にもスポットが当てられています。
ある日、偶然、再会した絵と共にスクリーンはサルバトールが幼少期を過ごしたスペイン・バレンシアに戻ります。
過去と現代が入り混じって紡がれるサルバトールの思い出と絵の物語はおとぎ話のように美しく、この物語だけで映画が1本できそうなぐらいです。
映画のラストのシーンは、麻酔で眠ったサルバトールが観た夢なのか、それともサルバトールの近い将来なのか、その答えは観客に託されて映画は終わります。
映画前半はサルバトールの苦しみの描写が繊細に演出され、その「ペイン」の部分が引き立つように劇中の色を抑えていた反面、後半のサルバトールの再生の物語と過去の回想シーンは「グローリー」の部分が輝き、テンポよく進んでいきます。
斎藤あやめ
映画『ペイン・アンド・グローリー』あらすじ・ネタバレ感想・解説:まとめ
以上、ここまで『ペイン・アンド・グローリー』をレビューしてきました。
- 前半の「苦痛」が後半をより輝かせている
- 死んだように生きてきた主人公の追憶と再生の物語
- 視覚的な色合いだけでなく物語の色合いも豊かな映画