『ノマドランド』は、2021年の第93回アカデミー賞で主要6部門にノミネートされ、見事作品賞を受賞した映画です。
また、本作の監督クロエ・ジャオは、アジア系の女性として初の監督賞を受賞しました。
ゴールデングローブ賞で圧勝、ベネチア国際映画祭の金獅子賞を獲得、アカデミー賞に最も近いとされるトロント国際映画祭では観客賞にも輝いた『ノマドランド』は、住み慣れた住居、街、仕事、家族を失った主人公が、キャンピングカーで季節労働の現場を渡り歩くロードムービーです。
行く先々で出会うノマド=現代の遊牧民たちと交流を重ねる60代の女性主人公を演じるのは、2度のアカデミー賞主演女優賞に輝いているフランシス・マクドーマンド。
派手なアクションもロマンスもありませんが「あなたの人生を変えるかもしれない、特別な作品」というキャッチコピーに偽りない、素晴らしい作品に仕上がっています。
- 主演のフランシス・マクドーマンドはもちろん、実際のノマドの人々の演技が素晴らしい
- 荒涼としながらも、美しい映像で紡がれる静謐な本作は、社会派人間ドラマとしてもエンタメとしても、とても上質な作品
- 人生について、生き方について考えさせられる、まさに傑作
それでは『ノマドランド』をネタバレありでレビューします。
目次
映画『ノマドランド』作品情報
作品名 | ノマドランド |
公開日 | 2021年3月26日 |
上映時間 | 108分 |
監督 | クロエ・ジャオ |
脚本 | クロエ・ジャオ |
原作 | ジェシカ・ブルーダー |
出演者 | フランシス・マクドーマンド デヴィッド・ストラザーン リンダ・メイ |
音楽 | ルドビコ・エイナウディ |
【ネタバレ】映画『ノマドランド』あらすじ
ノマドとして生きるファーン
リーマンショックに端を発した経済危機に襲われた、ネバダ州エンパイアのUSジプシム社。
社の工場が閉鎖されたことによって、工場の存在で成り立っていた町は人々が去って行き、やがて郵便番号も消され文字通り死に絶えてしまいます。
長年工場で働いていた夫を亡くし、仕事も失った60代のファーン(フランシス・マクドーマンド)は、キャンピングカーでの車上生活を始めることになります。
冬の間は生活費を稼ぐため、Amazonの巨大な倉庫で働くファーン。
仕事は大変でしたが、そこでは多くのノマドが働いていました。
その一人であるリンダ・メイに誘われ、ファーンはノマドたちのイベント・砂漠の集いに参加することに。
有名なノマドやユーチューバーのボブ・ウェルズが、ノマドたちに様々な知恵を教えたり、互いに交流し合ったりするイベントです。
最初はあまり乗り気でなかったファーンですが、多くのノマドたちと知り合ううちに、車上生活を行う上での技術や、ちょっとした知恵などを学んでいきます。
イベントが終了し、誰もが去って行く中、ファーンはしばらく砂漠に留まります。
そんな時、タイヤがパンクしていることに気付き、同じようにまだ残っていた70代のノマドであるスワンキーにファーンは助けを求めることになりました。
スワンキーは最初ノマドとしての知恵がまだないファーンにいい顔をしませんが、結局はファーンを助けてくれて、やがて2人の仲は深まっていきます。
スワンキーは癌におかされていて、病室で残りの時間を過ごすより以前見た景色をもう一度見たいと旅を続けていることをファーンは知るのです。
やがてスワンキーは目的の地に旅立っていき、ファーンは彼女を見送ります。
ファーンはリンダ・メイと一緒に、サウスダコタ州バッドランズ国立公園のキャンプ場で仕事を始めました。
そこで砂漠の集いで会ったデヴィッド(デヴィッド・ストラザーン)とも再会、リンダ・メイと3人で友情を深めていきます。
リンダ・メイが次の場所に旅立って行った後、ファーンは寂しさを感じてデヴィッドに八つ当たりもしてしまいますが、ファーンはデヴィッドに誘われて、公園に併設されたレストランで働くことになります。
そこに現れたのはデヴィッドの息子で、もうすぐ子どもが生まれるので、この機会に家に戻ってほしいと父親に伝えに来たのです。
迷うデヴィッドに、ファーンは家族の元へ一度帰ってみるよう伝えるのでした。
それぞれの変化、そしてファーンの生き方
ファーンはその後、他の場所での仕事を始めますが、車が故障してしまい修理費が必要になってしまいます。
とても払える金額ではなく、ファーンは妹に連絡をして、お金を借りるためカリフォルニアに向かうことになります。
ファーンの妹はお金を手渡し、今まで思っていたことを口にします。
頼って欲しかったし、一緒にいて欲しかったと。
このまま家に留まって欲しいと思いながらも、姉の自立した生き方を尊重する妹はファーンを行かせるのでした。
車を取り戻したファーンは、デヴィッドを訪ねることにします。
デヴィッドは孫や息子たちと幸せに暮らしていて、ノマドとして生きていた頃とは違っていました。
ゲストルームにしばらく滞在することになったファーンですが、快適なはずのベッドでは落ち着かず、車の中に戻って眠りにつきます。
デヴィッドにはずっと滞在して欲しいと言われますが、ファーンは自分の居場所ではないことを悟り、早朝ひっそりと旅立ちます。
再びAmazon倉庫での仕事に戻ったファーン。
砂漠の集いに出かけ、スワンキーが亡くなったことを知ります。
スワンキーが目的の地に着けたことを知っていたファーンは、その事実に慰めを得るのでした。
イベントを主催するボブと話したファーンは、ファーンが亡き夫との思い出を抱えて生きているように、ボブも自殺した息子を思って生きていることを知ります。
ボブはノマドは別れる時はまたねと言う、決してさよならは言わないと言います。
ノマドにはさよならがなく、それは、また必ず会えるという希望でもある。
ファーンはその言葉を持って、昔暮らしていた街エンパイアに向かいます。
倉庫にまだ置いていた荷物を処分し、ゴーストタウンと化した街を歩き、住んでいた家を訪れます。
埃をかぶったかつての会社、住んでいた家、誰もいない通り。
ファーンは家の裏に広がる大いなる自然を眺めます。
それから車に戻って、また新たな場所に向かうのでした。
【ネタバレ】映画『ノマドランド』感想
人生観を変えるかもしれない「人間」を描いた傑作
『ノマドランド』は、車上で生活している人たち=現代のノマド(遊牧民)として生きる人々を描いた、ジェシカ・ブルーダーによるノンフィクション「ノマド 漂流する高齢労働者たち」が原作のロードムービーです。
3年間の取材で書かれた原作と、実際のノマドたちを登場させることで、まるでドキュメンタリー映画のようなリアリティで描かれた本作。
リンダ・メイやスワンキーといった重要なキャラクターは本人がそのまま演じていて、架空のキャラクターである主人公のファーンの目を通してノマドたちの生活を知っていくことになります。
フランシス・マクドーマンドが、この「ノマド 漂流する高齢労働者たち」を読み、映画権を購入したのが2017年。
フランシス・マクドーマンドは40代の頃は、車上生活にロマンや自由を感じ、65歳でファーンと名乗って、RV車で気ままに暮らしたいとご主人に語っていたそうです。
しかし本を読んで、経済的苦境と車上生活が結びついたものであることを知り、衝撃を受けたとのこと。
くりす
多くのノマドは高齢者で、季節労働者として車で寝泊まりしながら全米を移動して生きていますが、自ら選んで車上生活をしている人たちもいます。
本作はノマドの人たちをただ、可哀想、大変だと同情して見る映画ではありません。
彼らは自立していて、人として尊重されるべきで、それぞれの人生を生きている自分で選んだ道を歩いている人々でもあります。
おそらく、大変厳しい生活ではあるでしょう。
車の中は狭くて気温の変化にも対応しにくく、病気や犯罪などの心配も常にあり、経済的な不安定さなど、様々な面で難しいもののはずです。
それでも強く生きて行く彼らの姿は、美しさすら感じます。
くりす
ファーンにも、ノマドではない人生を送ることを選択する瞬間はやって来ます。
妹やデヴィッドに誘われた時、安定した生活基盤を得ることはできました。
しかしファーンは、申し出を受け取りません。
くりす
本作の素晴らしさは、人生は明らかに安心で安全だろう選択をしない時が何故かあるという、曖昧な部分を絶妙に描いているところです。
そしてまた、いくつかの忘れられない台詞があります。
「ホームレスではなくハウスレス」
「この瞬間に死ねたら幸せ」
ファーンが若者に読む詩も、あまりに深い。
くりす
だからこそ、作品に絶対的なリアリティを感じてしまうのです。
そして鑑賞後は、自由に生きる意味も考えさせられるのかもしれません。
名優と本物のノマドのケミストリーが、作品をさらに一段上に押し上げている
主人公ファーンを演じたフランシス・マクドーマンドは、1996年の『ファーゴ』、2017年の『スリー・ビルボード』でアカデミー主演女優賞を獲得した名優です。
映画だけでなくテレビや舞台でも活躍していて、2011年『Good People』でトニー賞主演女優賞 (演劇部門)を、2015年『オリーヴ・キタリッジ』ではエミー賞の主演女優賞 (リミテッドシリーズ・テレビ映画部門)も獲得しています。
そんなフランシス・マクドーマンドは今作の役作りのために実際に車上生活を送り、Amazonの物流拠点で梱包作業などの日雇いの仕事もしたそうです。
役作りの成果なのか、フランシス・マクドーマンドのファーンはもはや俳優が演技しているのか、本物のノマドを見ているのかわからなくなるレベルの素晴らしさです。
本作はフランシス・マクドーマンドとデヴィッド役のデヴィッド・ストラザーン以外は、何と実際に車上生活を送っている人々が起用されています。
今までもいわゆる演技の素人を起用した作品は多々ありますが、ほとんどはぎこちなく、周囲から浮いてしまったり、頑張っていたなというレベル止まり。
しかし『ノマドランド』に出演した人々は、驚くほどに自然な演技を見せてくれて、まったく違和感がありません。
くりす
クロエ・ジャオ監督は前作『ザ・ライダー』でも演技経験のない人たちを実名でスクリーンに登場させましたが、今作でも同じ手法で物語を紡いでいます。
くりす
クロエ・ジャオという類まれな才能
『ノマドランド』では監督、脚本、編集を担当したクロエ・ジャオは、中国出身の女性監督です。
ハリウッドでも珍しい女性のアジア系の監督で、2015年に長編映画デビューを果たした1982年生まれの新進気鋭の存在なのです。
多様性を重視することを課題にする現代のアカデミー協会にとって、類まれな実力を持ったジャオ監督の存在は象徴的なものになるのは間違いありません。
今作でも派手で大きな出来事が起きない内容でありながら、信じられないほどの没入感を感じさせられ、監督としてだけでなく編集としての腕も見せつけてくれます。
くりす
そんなジャオ監督、すでにマーベルが接触済みで、MCUの最新映画『エターナルズ』の監督でもあります。
『エターナルズ』のおおまかなあらすじは、セレスティアルズに生み出された宇宙種族であるエターナルズが凶悪な種族のディヴィアンツから地球を守るというもの。
アンジェリーナ・ジョリーが主役を務め、共演には大ヒットドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』にも出演していたリチャード・マッデンやキット・ハリントンも名を連ねた、MCUフェイズ4の3作目になる映画です。
MCUに加わるまったく新しいヒーローたちの物語を、ジャオ監督がいかに描いているのか。
くりす
そんな楽しみが生まれるほど、ジャオ監督の才能を感じさせられる『ノマドランド』の出来映えは見事でした。
映画『ノマドランド』あらすじ・ネタバレ感想まとめ
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映画『#ノマドランド』が
🏅第93回 #アカデミー賞✨
🚛…… 作品賞 受賞….. 💨🙌
\監督賞に続き2つ目の受賞です👏#サーチライト・ピクチャーズ#Oscars https://t.co/jhKF5P3CxQ
— サーチライト・ピクチャーズ (@SearchlightJPN) April 26, 2021
以上、『ノマドランド』をレビューしてきました。
- 賞レースを席巻するのも納得の作品。映像から物語から、何もかもが深く印象的
- フランシス・マクドーマンドの演技は、今回もモンスターレベル!
- クロエ・ジャオ監督のこれからの活躍に、大きな期待せざるを得ない