2021年8月の東京パラリンピック開会式に登場し、ド派手な衣装に身を包みデコトラの運転席でパフォーマンスを披露した武藤将胤(むとう まさたね)さん。彼の活動を捉えたドキュメンタリー映画『NO LIMIT,YOUR LIFE ノー リミット,ユア ライフ』が6月23日(金)より公開されます。
27歳という若さで難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断され、テクノロジーの力で限界を超えていく様子と、武藤さんの病気を知ったうえで結婚した妻・木綿子(ゆうこ)さんとの愛を描いた作品となっています。
・改めてテクノロジーの凄さを知れる
・ほかのASL患者や周囲の人々にもフォーカスしている
それでは『NO LIMIT,YOUR LIFE「ノー リミット,ユア ライフ』をネタバレなしでレビューします。
目次
『NO LIMIT,YOUR LIFE「ノー リミット,ユア ライフ』あらすじ【ネタバレなし】
武藤将胤さんとは?
武藤将胤(むとう まさたね)さんは1986年にアメリカ・ロサンゼルスで生まれ、東京で育ち。大学時代は様々なイベントを企画し、卒業後は広告会社へ就職しました。
「社会を明るくするアイディアを発信する」ため広告マンとしてバリバリ働き、26歳のときに木綿子さんと出会います。
武藤さんが体に異変を感じていたのもそのころ。手の震えが止まらず、病院をいくつも通って診断されたのは難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)。武藤さんが27歳の時でした。
ALSは徐々に全身の筋肉が衰えていき、意識や感覚はあるのに体が動かせなくなっていく難病。現在、進行を遅らせる薬はありますが、治療法は確立されていません。発症する原因も不明なケースがほとんどです。
「社会を明るくするアイディアを発信する」という自分の目標がここで終わってしまうのか?そんな絶望を乗り越え、武藤さんは一般社団法人WITH ALSを設立。
持ち前の企画力とクリエイティブな発想を生かして、病気を理由に諦めてしまうことを次々と実現していこうとします。
「EYE VDJ」世界初の実現へ!
武藤さんのアイディアは多岐にわたり、まずは目線の動きを感知するセンサーを搭載したメガネの企画を企業に売り込みます。
ALSを発症して、最後まで残る動きが眼球の動き。この技術を駆使すれば、コミュニケーションの伝達手段だけでなく、機械を操作してクリエイティブな活動も可能にするのです。
武藤さんはDJ・VJをこのメガネで行う「EYE VDJ」として、世界初の挑戦にでます。実践で使うと緊張から視線の動きがブレて、思うように操作できない場面も…。果たして、「EYE VDJ」のパフォーマンスは成功するのでしょうか…?
武藤さんはファッションも好きで、体が不自由になっても着やすく、そしてオシャレな洋服の企画も打ち出した。
ボタンは外から見てもわからないマグネット式にして、着けやすいように。患者はもちろん、介護する人にとっても介護者の服が着やすいメリットもあります。それは妻・木綿子さんの負担軽減にもつながりました。
武藤さんを支える木綿子さん
ALSを発症していることを知ったうえで結婚をした妻の木綿子さん。献身的に武藤さんを支えることはもちろん、病気が進行していく中で、武藤さんが大きな決断に迫られたときも背中を押してくれる存在です。
一方で、決して現状に悲観することなく、武藤さんと笑いあい、ときには意見がぶつかり合って喧嘩をすることも。武藤さんの活動を最も身近で応援している存在だからこその空気感があります。
しかし武藤さんの病状は進行し、次第に歩くことができなくなり、ついに自力で呼吸することが難しくなります。
延命治療を選択すれば、喉に人工呼吸器を通す穴を開ける必要があり、それは自分の声を失うことになります。
武藤さんはコミュニケーションの手段として、最も大切な声を失うことを最も恐れていました。この手術をすることで、今動いているプロジェクトにも大きな影響が出てしまう…。
しかし、「いつかASLは治る」と信じてる武藤さんは常に前進し続けます。
幾度となく迫りくる決断と進行する病。それでも限界を超えようと諦めない原動力はどこからきているのか?!
『NO LIMIT,YOUR LIFE「ノー リミット,ユア ライフ』感想
ALSに立ち向かう夫婦の絆を描く
ALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis 筋萎縮性側索硬化症)とは手足をはじめ、喉や舌といった筋肉の神経細胞が死んでいき、次第に体が動かせなくなっていく難病です。進行が早く、延命治療も可能ですが、その場合は人工呼吸器をつけ続けるため、声を出すことができなくなります。
日本での患者数は約1万人であり、60~70代に多く見られる病気ですが、武藤さんのように稀に若い人の発症もあります。現時点で明確な発症の理由や治療法がなく、進行を遅らせる薬だけがあるという現状です。
しかし武藤さんは「社会を明るくするアイディアを形にする」「ハンディキャップを抱えている人にエールを送りたい」という目標を実現させるために、持ち前の行動力を活かして様々な活動を続けます。
ドキュメンタリーはALSが進行する以前の武藤さんの様子から始まり、進行が進みながらも、「EYE VDJ」としての活動を実現させたり、自身のアパレルブランドを立ち上げる様子を映し出します。もちろん、すべてが初めからうまくいくわけではなく、幾度となく壁にぶつかり、時には悔し涙を流す場面も。
武藤さんの妻・木綿子さんの生活も大きく変わりました。武藤さんの介護で仕事を続けることが難しくなり、毎日寝るのは深夜…。それでも武藤さんと明るくし接し、時には喧嘩もするなど、夫婦としての絆を強く感じられます。
もちろん、妻の苦労を知っている武藤さん。木綿子さんにサービスする精神も忘れていない場面があり、仕事もプライベートもいろんなことに好奇心旺盛な様子がとても印象的でした。
改めてテクノロジーの可能性に感動する
昨今、chatGPTをはじめとするAIなどの技術に対して賛否が巻き起こっています。
技術が進めば人間の仕事はなくなり失業者が増え、AIが普及すればクリエイティブ界にも大きな影響が出るのでは…。そんな不安が目立つテクノロジーの進歩ですが、本作を見ると、改めてテクノロジーの存在意義を強く感じられます。
自分の目標実現のために、武藤さんは様々なテクノロジーを使って試行錯誤を続けます。
視線を感知するメガネに始まり、病気などの理由で外出できない人が、ロボットを介してコミュニケーションをとれる技術など…。日本にはこんな技術があるのかと改めて驚かされました!
さらに作中で登場する技術のなかには、武藤さんの挑戦に合わせて進化していくものも見られます。
こうしたテクノロジーの活躍を見ると、決して仕事の生産性を上げるだけがテクノロジーの存在意義ではないと痛感します。
不可能を可能にしてくれる。やりたいことがあるけど、様々な理由から実現できない人たちをサポートしてくれる。そういうテクノロジーをもっと知ってもらえるきっかけになる作品でもありました。
武藤さんの人を巻き込んでいく力
作中では武藤さんのほかにも、組織を立ち上げたり、ALSを皆に知ってもらうよう最前線で活動している患者さんも登場します。
皆に共通しているのは「ALSが治せる未来の実現」です。武藤さんはテクノロジーを駆使して目標実現をめざす一方で、同じ志を持つ人々を巻き込んでプロジェクトを大きする力も持っていると感じました。
武藤さんが立ち上げたALS啓蒙のためのミュージックフィルム制作でも、様々な人とのやり取りが見られ、相手の技術やセンスをとても信頼しているように見られました。
だからこそ、武藤さんにとって「声」を失う人工呼吸器の装着は、最大のコミュニケーション手段を失うため非常に大きな決断です。自身も「手足が動かなくなることより、声を失う方が怖い」と語っています。
いかに「ALSを治せる未来」という目標のために、テクノロジーと同じくらい人との繋がりが大切なのかが伝わってきます。
たとえば、どれだけすごい技術でも、導入するのに非常に高額な費用が掛かり、限られた人にしか利用できなければ意味がありません(ちなみに日本では40歳未満の場合、介護保険が使えない)。
作中では武藤さんが非常に高性能な車いすに感動し、ある方法を使っていろんな患者さんも使えるようにしようとします。その方法こそ、まさにテクノロジーだけでは実現できなかった「人とのつながり」を象徴するものだと感じました。
『NO LIMIT,YOUR LIFE ノー リミット,ユア ライフ』あらすじ・感想まとめ
・改めてテクノロジーの凄さに感動
・人とのつながりこそ、限界を超えるカギ
以上、ここまで『NO LIMIT,YOUR LIFE ノー リミット,ユア ライフ』をレビューしてきました。
武藤さんや木綿子の絆を通して、限界に挑戦し続けることの大切さや難しさを知れる本作。ALSについて知ることができるだけでなく、挑戦していくためにアイディアを出し続けることの素晴らしさを垣間見れる作品でもありました!