Netflixオリジナルアニメシリーズ『日本沈没2020』が2020年7月9日よりNetflixにて全世界独占配信されます。
監督は『映像研には手を出すな!』が2020年1月から放送されたばかりのアニメーション作家・湯浅政明。
様々なメディアミックス展開をされている『日本沈没』ですが、今回が初のアニメ化となります。
配信開始に先立ちまして『日本沈没』の原作、映画の歴史を振り返りつつ、先人からバトンを受け取った湯浅監督の経歴について触れたいと思います。
目次
「日本沈没」原作小説を解説
まず原作小説について。
「日本沈没」は1973年に刊行された国産SF小説です。
同作は上下巻合わせて400万部の大ヒット作となり、同年末から翌年正月にかけて公開された映画版も空前の興行収入を記録しました。
作者は小松左京(1931-2011)。
「復活の日」、「さよならジュピター」、「首都消失」など数々のSFの名作を残し、星新一・筒井康隆と共に「SF御三家」と呼ばれていた大作家です。
2009年に休止になりましたが、かつて角川春樹事務所が主催していたSF小説の新人文学賞ではその名を冠されていました。
「日本沈没」は小松左京の長い経歴の中でも代表作として知られ、今なおSFの傑作として評価されている作品です。
ニコ・トスカーニ
小説「日本沈没」あらすじ
197X年夏。
小笠原諸島の北に位置する無名の小島が、一夜にして海底に沈みます。
現場に遭遇した漁師から証言を得た地球物理学者・田所雄介は、ただちに現地調査に赴きます。
深海調査艇「わだつみ」号の操艇者・小野寺、海洋地質学者の幸長と共に日本海溝に潜った田所は、海底を走る奇妙な亀裂と乱泥流を発見します。
折しも伊豆半島付近で地震が発生し、それに誘発されて天城山が噴火したため、緒方内閣では地震学者との懇談会を開いて意見を聞くことになりました。
その席で田所は「日本が沈没する可能性」を口にしますがその場では一笑に付されます。
しかし、情報を聞きつけた政府に非公式ながらアドバイスをするフィクサーの渡老人は田所の説に興味を抱き、田所を中心とした調査チームを結成させます。
精鋭を集めた調査チームによる詳細な調査を行った結果、「日本が2年以内に沈没する可能性は70パーセント」という驚愕の結果が産出されます。
その間にも京都、ついで関東全域が相次いで巨大地震に襲われ、富士火山帯の火山が相次いで噴火するなど、異変は着実に進行していました。
各地のインフラ機能は低下し、日本経済は苦境に立たされます。
田所は危機が迫っていることを国民に知らせ、そのことに対する国民の反応を見るために、わざと週刊誌とテレビで情報を暴露し、D計画を去ります。
その後のコンピューターによるシミュレーションで、日本沈没は10か月以内に迫っていることが判明し、ついに緒方首相は日本沈没の危機が迫っていることを国会演説で発表します。
休火山までが活動を始める中、スタッフたちは全国民の国外脱出計画「D-2」を遂行し、日本人を続々と海外避難させていきます。
一方、敢えて国内に留まり日本列島と運命を共にする道を選択する者もいました。
四国を皮切りに次々と列島は海中に没し、北関東が最後の大爆発を起こして日本列島は完全に沈没します。
「日本沈没」はリアルを追求した絵空事
まず最初に述べておかなければいけませんが、「1年未満の短期間に日本列島だけが沈没する」という設定は完全に絵空事です。
ニコ・トスカーニ
これは作者自身も承知していたことです。
にもかかわらず「日本沈没」はハードSF(科学考証が正確になされたリアルなSF)の名作として評価されています。
なぜか?
「日本列島だけが短期間で沈没する」という設定以外がすべてリアルだからです。
「日本沈没」は入念な取材によって、日本沈没のメカニズムが詳細に描かれていますが、それに加えて未曽有の災害が起きた際の社会のリアクションも極めて詳細に描かれています。
加えて1973年の出版直前の時期に、浅間山噴火、同年5月に西之島の海底火山噴火、同6月に根室半島沖地震と劇中の描写を思わせるような災害が発生していました。
また、同年秋には第1次オイルショックが始まっており、日本経済の危機を当時の人たちはリアルに感じていました。
ニコ・トスカーニ
これは本職の天文学者でもあったカール・セーガンの「コンタクト」とよく似ています。
「コンタクト」は主人公の天文学者が地球外からメッセージを受け取ることを発端に展開される物語ですが、話のメインは地球外生命体からメッセージを受け取った社会のリアクションです。
「コンタクト」は「地球外からのメッセージ」以外はすべてリアルでこちらもハードSFの名作として評価されています。
1997年にロバート・ゼメキス監督で映画化されました。
さらに余談ですが、筒井康隆は「日本以外全部沈没」というパロディを執筆しています。
こちらも河崎実監督で2006年に映像化済みです。
「日本沈没」と「日本以外全部沈没」は同年の星雲賞で日本長編部門と日本短編部門をそれぞれ受賞していますが、授賞式の壇上で小松左京氏は「9年がかりで書いた長編がパロディ短編と並ぶとはあまりに不公平な…」と笑っていたそうです。
ニコ・トスカーニ
原作との差異も交えつつ、二本の映画について述べていきます。
『日本沈没』1973年&2006年の映画版・感想・解説
『日本沈没』(1973)はゴジラの出てこない『シン・ゴジラ』
『日本沈没』のキモは「日本が沈没する未曽有の危機が迫ったら人類はどう行動するのか?」という思考実験です。
日本列島だけが短期間で沈没するという設定はドンデモであり、ハードSFの傑作として知られる『日本沈没』で唯一完全に虚構の設定です。
これは「もしゴジラが現れたら人類はどう行動するか?」を思考したゴジラ以外全部リアルな『シン・ゴジラ』と酷似しています。
そんな未曽有の危機が起きたら行動の中心となるのは間違いなく行政機関と専門家です。
なので『日本沈没』も『シン・ゴジラ』も行政機関と専門家が登場人物の大半を占める群像劇になっています。
各人物の内面に突っ込むような描写はほとんどなく「日本列島沈没」という状況そのものを主人公にしたような極めてドライな情感の作品です。
小松左京氏は日本沈没に際して起きる出来事を膨大なディティールを積み重ねて描写し800ページ近い超大作に仕上げました。
ディティールへのこだわりは凄まじく、船に積み込むバラスト(乗り物のバランスを取るための重し)の描写だけで1ページ近く、潜水艇の歴史と原理の説明だけ2ページ、発端となる名も無い小島の沈没には10ページ以上の紙幅を割いて念入りに劇中の出来事を描いています。
ニコ・トスカーニ
日本沈没の地学的メカニズムなど、それだけで120分枠のドキュメンタリーが一本制作できるレベルの長さです。
全編を真面目に映像化しようとしたら連ドラ並みの尺が無いと無理です。
『日本沈没』最初の映画化でまず優れているのは脚色の情報処理の巧みさです。
脚本を担当したのは橋本忍。
ニコ・トスカーニ
とりわけ原作・松本清張、監督・野村芳太郎とのトリオは相性末群で『張込み』(1958)、『影の車』(1970)、『砂の器』(1974)などいずれ劣らぬ素晴らしい出来です。
橋本脚本はとにかく無駄が無く美しいです。
映像で見せれば説明できる部分は可能な限り映像だけで説明するようにし、説明が必要な部分はナレーションと字幕を最小限に挟んで短い時間で説明できるようにする。
副筋は大胆に刈り取って、本筋を構成しなおし、要らない人物は削除や統合をして余計なシーンを作らない。
800ページ近い超長編を143分の映画にまとめていますが、「刈り取った」というより「煮詰めた」と言った凝縮具合で、それでいて原作の情感も損なっていないのは見事としか言いようがありません。
ニコ・トスカーニ
森谷司郎監督の演出も見事です。
この人は東宝の社員として助監督を長年務めて監督デビューした、昔ながらのバリバリ現場たたき上げ監督だった人物です。
特に黒澤明の現場で5本助監督を経験しており、最終的にチーフ(一番上の席次の助監督)も務めていました。
森谷監督の演出には黒澤の影響がかなりはっきりと見られます。
『日本沈没』は話の性質上、室内で複数の人物が話をしているシーンが多いのですが、森谷監督は人とモノをギュッと詰め込んで全体が圧縮されたような構図を多用しています。
これは世界の黒沢が好んで使った構図で師匠の影響がありありと見えます。
黒澤は内容もさることながら、その演出から「男性的」と評されました。
ニコ・トスカーニ
画面の男率の高さと男性的な画面構成は相性抜群ですし、最初から最後まで緊急事態の連続のような内容なので緊密な画面構成は内容ともよくマッチしています。
同じく男率が高く、会話シーンが多い『シン・ゴジラ』でもこの構図は多用されており、庵野秀明監督は本作をかなり意識していたのではないかと思われます。
ニコ・トスカーニ
円谷組でゴジラシリーズに関わってきた中野昭慶の特撮演出も素晴らしいです。
当時の事情を考えると特撮パートはミニチュアとオープンセットの合わせ技だったはずですが、CGが主流になるまでの日本は特撮技術で世界最高度の水準を保っていました。
1970年代は森谷監督の全盛期で、本作に加え『八甲田山』(1977)という大作日本映画の大傑作を撮っています。
ニコ・トスカーニ
『日本沈没』は本当に色んな部分が『シン・ゴジラ』の印象と一致し、『日本沈没』の美点はほぼイコール『シン・ゴジラ』の美点と言っても過言でないと思います。
ニコ・トスカーニ
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映画『シン・ゴジラ』作品情報 『エヴァンゲリオン』シリーズの庵野秀明と『進撃の巨人』シリーズの樋口真嗣が総監督……
2000年代という時代を反映した2006年版『日本沈没』
概ね原作の流れに忠実だった1973年版と違い、2006年の『日本沈没』はかなり大きく改変が施されています。
時代を反映してか登場人物の女性比率が高くなって全体的に若返り、原作ではわずかな紙幅しか割かれていなかった市井の人々の視点が組み込まれています。
全体の印象として極めてドライな作りだった原作と1973年版に対してかなりウェットな情感になっています。
とりわけ原作と1973年版では副筋の一つに過ぎなかった小野寺と玲子の恋愛要素がかなり前に出ています。
対して原作小説及び1973年版で重要な役割を果たしていた渡老人が登場しません。
ニコ・トスカーニ
観客の多くを占めるであろう一般人が感情移入しやすいように、市井の人たちの視点を取り入れたのも決して間違いではないと思います。
ただ、改変した部分が中途半端と言うかあまりうまく処理できていないように思います。
ニコ・トスカーニ
最近の例であれば『サバイバルファミリー』(2017)『クワイエット・プレイス』(2018)は家族単位に絞ることで緊密なドラマを生み出していました。
対して2006年版『日本沈没』はっきり主人公がいるのに半端に群像劇要素が混ざっており、行政や専門家の対応をドライに見せたいのかウェットな人間ドラマを見せたいのか焦点がボヤケてしまっています。
ニコ・トスカーニ
「何をどうやっても日本が沈没してしまう」という絶望的な状況が、「名も無い誰かの英雄的行動で回避されてしまう」と改変されているのは物語を陳腐化しているとしか思えませんでした。
『日本沈没』を名乗っていながらやっていることはまるで『アルマゲドン』(1998)です。
これは時代の流行もあったのだと思います。
ニコ・トスカーニ
『LIMIT OF LOVE 海猿』もディザスター映画で、主人公が英雄的行動をしてラブストーリーの要素が前に出されています。
ニコ・トスカーニ
樋口真嗣監督は特撮に関わる部分では本当に優秀な監督だと思うのですが、この人はドラマの演出には向いてないのでは…と思ってしまいます。
日本沈没を防ぐ作戦決行前に小野寺(草彅剛)を玲子(柴咲コウ)がバイクで追いかけてきて、挿入歌が流れてスローモーションになるシーンなどサスペンスの流れをせき止めているとしか思えませんでした。
JPOPのミュージックビデオが途中で挿入されたような違和感まみれの演出です。
ニコ・トスカーニ
敬意をもって最後に繰り返しますが、樋口監督は特撮に関わる部分に関してはとても優秀な監督だと思います。
『巨神兵東京に現わる』(2012)と『シン・ゴジラ』は大好きですし、『シン・ウルトラマン』(2021公開予定)も楽しみにしています。
ニコ・トスカーニ
『日本沈没2020』湯浅政明監督のキャリア・作風
湯浅政明とマジックリアリズム
2006年の『日本沈没』から14年。
『日本沈没』は様々なメディアミックス展開をされてきましたが、映像化は途絶えていました。
それが2020年になって新作『日本沈没2020』が公開されることとなりました。
手掛けるのは湯浅政明監督です。
湯浅監督は1965年生まれで大学卒業後にアニメスタジオ亜細亜堂へ入社します。
動画からスタートしたもののすぐに原画に昇格し『ちびまる子ちゃん』『クレヨンしんちゃん』などで、原画、作画監督を歴任。
『マインド・ゲーム』(2004)で長編アニメーション監督デビューしたバリバリの現場叩き上げ監督です。
2013年にはアニメスタジオのサイエンスSARUを設立し、今年の3月まで社長を務めていました。
ニコ・トスカーニ
湯浅監督は一見してそうとわかる強烈な作家性の持ち主です。
自身が設立したサイエンスSARUに加え、マッドハウス、STUDIO 4℃などのアニメスタジオと組んで活動してきましたが、どのスタジオと組んでも全く印象の変わらない独特の作風を持っています。
線をグニャグニャに潰したアンチリアリズムのデザインで、崩した画で途方もなくダイナミックな動画を作り出す万華鏡のような演出が特徴です。
極めて抽象的な内容の『マインド・ゲーム』でもスポ根モノの『ピンポン THE ANIMATION』(2014)でもその芸風はまったくブレません。
どんな内容であろうともディズニー映画の『ファンタジア』(1940)のような幻想的映像に仕上げてしまう人です。
ニコ・トスカーニ
マジックリアリズムとは日常にあるものが日常に無いものと融合した作品に対して使われる芸術表現技法のことです。
これは湯浅監督が映像化した森見登美彦の作品でよく使われている技法です。
例えば、森見登美彦原作の『夜は短し歩けよ乙女』(2017)劇中で樋口師匠が一発芸を披露するシーン。
樋口師匠が見えない空気ポンプを押すと体が宙に浮くという描写があります。
原作でも映画版でもこのような日常と非日常が不思議な融合をした描写が多用されており、この不思議な感覚は湯浅監督のアンチリアリズムな芸風と相性抜群です。
同じく森見登美彦原作の『四畳半神話大系』(2010)でもこの技法が多用されています。
ニコ・トスカーニ
このマジックリアリズムの技法は『映像研には手を出すな!』(2020)でも有効活用されていました。
『映像研には手を出すな!』の主人公、浅草みどりには妄想癖があり、自身のアイディアが劇中でビジュアルになって出てきますがこの妄想シーンの処理はため息が出る程見事でした。
ニコ・トスカーニ
湯浅政明監督新作『日本沈没2020』
アンチリアルな湯浅監督の芸風に対して『日本沈没』はリアリズムの極致を行くような内容です。
ニコ・トスカーニ
登場人物の名前に全く憶えがないので、もはや別物レベルになっていると予想されます。
予告編を見る限り、市井の一般人の視点が中心になっているようです。
ニコ・トスカーニ
湯浅監督の芸風が活きるようなダイナミックな改変が成されていることでしょう。
『日本沈没』原作・映画&湯浅政明監督のキャリアまとめ
湯浅政明監督が小松左京の名作をアニメ化『日本沈没2020』レビュー @IGNJapan https://t.co/vJyw1mBcXn
— 日本沈没2020 (@japansinks2020) July 5, 2020
『日本沈没2020』は2020年7月9日よりNetflixにて全世界独占配信です。
その前に本記事を読んで、『日本沈没』原作、映画に目を通してくだされば、より楽しめると思います。
原作・映画・アニメどれが先でもいいのでそれぞれ触れてみることをおすすめします。
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