『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』の第6話では、力を失った大日如来を交え、7兆5億2千万58回目の仏会議が開かれました。
そこで下す仏たちの決断はいかに。
そして、落ち込む釈迦如来。その真相は一体。
煩悩も出てきて大変な30分。ではレビューをどうぞ。
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目次
『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』第6話あらすじ
梵納寺に戻った帝釈天たち。
大日如来は、仏たちにマーラの罠にはまり輪光を失ったことを告白する。
仏たちは輪光の欠片探しに追われることに……。
そんな時、帝釈天と梵天は、阿弥陀如来から「釈迦如来が抱える悩みの理由」を探るよう命じられる。
そんな中、記憶力に長ける虚空蔵菩薩から興味深い話を聞いて――。
出典:『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』公式ページ
【ネタバレ】『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』第6話の感想
詫び入れた上で雑用させられる偉い人
マーラの罠にはまり、輪光を失った大日如来はバカンスだと嘘をつき、ひとりでそのカケラを集めて歩いていました。
まずはこのことについて詫びを入れろと、不動明王に怒られます。
が、反省の色がない大日如来様。
怒っても仕方がありませんよ不動明王様。
あなたが言うように、大日如来様はチャラ助ですから。
しかし、この件で仏たちは警戒しなくてはならないと悟り、単独行動は控えようという決断が出ました。
輪光を探す仏たち。
しかし、力を失った大日如来は梵納寺で雑用です。
なんで俺様が!と食って掛かりますが、正直今ここにいる仏の中で最弱です。
言われればやるしかありません。
100年前も昨日も変わりません
大日如来のことで、67回目の喧嘩をする梵天と帝釈天。
そこに阿弥陀如来が相談にやってきました。
最近、釈迦如来の様子がおかしく、なにか考え事をしているようなのです。
原因を探るように、頼まれた帝釈天と梵天。
ここでストレートに「何かありましたか?」と聞きに行っちゃう帝釈天のまっすぐさがgoodです。
もう、潔くて好感しかないです。
しかし、それでわかるなら阿弥陀も悩みません。
そこで梵天は、神仏の中でもっとも記憶がいい虚空蔵菩薩に心当たりはないかと聞きます。
鎌倉の大仏のモデルが阿弥陀だったことで凹んだり、初めて電球を見て感動して以来、家電製品に夢中だが無駄遣いをしすぎると怒られてしまったり…。
って、だいぶ古いですよね?
もっと最近を!と、いう梵天に対し、虚空蔵菩薩は言いました。
「わしにとっちゃ、100年前も昨日も変わらんからなぁ」
そりゃ長く生きていらっしゃったらそうなりますよね。
餃子ロシアンルーレットで発覚した釈迦如来が落ち込んだ原因
釈迦如来の元気がない理由は、頼りにしていた大日如来が輪光を失い、どんよりとなってしまった自分たちの状態に嘆いているのだろうと考えた梵天は、なんとかみんなを元気づけようと考えます。
これがどうしてか、ならば自分が返ってきたパーティーをしようと、大日如来が提案。
いやいや、事の原因はあなたです!
その日の晩は、みんなが食らう雰囲気にならないようにと、餃子に色々なものを詰め込み神仏を驚かせました。その名もロシアンルーレット餃子。
その中でも、あんこの入った餃子を引き当てた釈迦如来は、大いに感動。
そもそも釈迦如来の元気がなかったのは、お気に入りのたい焼きが販売停止になってしまったからだったのです。
…周りから見れば全然と言っていいほど重大な問題ではありませんでした!
しかも情報通の地蔵菩薩に、似たようなものがあると聞かされ、すっかり上機嫌に戻った釈迦如来様。
よくありますよね。
本人にとっては深刻な悩みでも、周りから見れば「え、それだけ?」というようなもの…まさにそれです。
阿修羅の存在に気づいた帝釈天
輪光探しのために街に出たとき、梵天は阿修羅の矢の跡に気づきました。
これを帝釈天が知れば、彼は阿修羅の元に行こうとすると気づいた梵天は、有耶無耶にして矢の側から離れさせました。
しかし、結果的に帝釈天は阿修羅の矢に気づき、阿修羅の元へと向かって行ってしまいました。
対峙する阿修羅と帝釈天。
闘いの火ぶたが切って落とされます。
『なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-』第6話あらすじ・ネタバレ感想まとめ
【ハイライトGIF】第六話「過ちを赦すなら、罪人の顔をみよ」大日如来は仏たちにマーラの罠にはまり輪光を失ったと告白。仏たちは輪光の欠片探しに。帝釈天と梵天は阿弥陀如来から「釈迦如来が抱える悩みの理由」を探るよう命じられ虚空蔵菩薩から…https://t.co/BH3wbl6bfJ #なむあに #なむい pic.twitter.com/C0EZ0DGaHB
— TVアニメ「なむあみだ仏っ!-蓮台 UTENA-」公式 (@namu_anime) 2019年5月19日
ここまで大きなバトルシーンはなかったものの、帝釈天と阿修羅が対峙たことで、事態は大きく動き出しそうです。
輪光を探す最中、色々なことを覚えている虚空蔵菩薩を梵天が褒めましたが。
それは逆に、いろいろ覚えすぎて大変と言われます。
しかし、時には忘れることも大事です。
忘れることは、許すに似ているみたいです。
確かに、嫌なことがずっと心の中にあれば、そこから前進することもできませんし、許すことはその感情を忘れることでもあります。
…なんだかうまく説明できませんが。
上手に忘れるということも、生きながらにしてしてかないと、辛いだけなのかもしれませんね。
- 役に立たない大日如来は雑用三昧
- 釈迦如来、たい焼きロスで元気がない
- 阿修羅の矢を見つけ、帝釈天が動く
果たしてどうなるのか、梵天たち仏は何ができるのか、そもそも二人の間に何が起こったのか…そろそろ真相を教えてもらいたいものです。
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