新型コロナウィルス感染拡大の影響で開幕が延期されていた世界最高峰のプロ野球リーグ、メジャーリーグベースボール(MLB)が2020年7月末にようやく開幕する運びとなりました。
例年は162試合がレギュラーシーズンとして開催されるMLBですが、2020年シーズンの試合数はわずかに60試合。
オールスターゲームも中止が決定し、延長戦は長期戦を避けるためにタイブレーク方式(無死二塁から開始)を導入。
例年はアメリカン・リーグのみのDH(指名打者)制度を両リーグで採用するなど、異例ずくめの体制が発表されています。
新型コロナウィルス問題に加え、労使交渉の縺れもあり、話がまとまるまでかなりの時間がかかりました。
ニコ・トスカーニ
今回はMLB開幕に先立ち、MLBの事を学べる映画をMLBの事情も交えながら紹介したいと思います。
目次
映画を通して学ぶメジャーリーグ
『さよならゲーム』(1988)から学ぶマイナーリーグの実情
マイナーリーグのベテラン捕手クラッシュ(ケヴィン・コスナー)、彼に指導を受ける有望な若手投手エビー(ティム・ロビンス)、熱狂的なチームのおっかけのアニー(スーザン・サランドン)の三角関係を主軸にした大人のロマンス映画です。
監督・脚本のロン・シェルトンは元野球選手でマイナーリーグ最上位の階級まで昇格を果たした経験のある異色の経歴の持ち主で、エビーはシェルトンの現役時代のチームメイトをモデルにしているそうです。
ニコ・トスカーニ
世界最高峰のプロ野球リーグであるMLBですが、その下部組織としてマイナーリーグが存在します。
これは日本の感覚で言えば二軍みたいなものですが、規模や運営方式について日本と大きな差があります。
まず、組織構成ですが日本の下部組織が二軍かチームによって三軍がある程度なのに対して、マイナーリーグはレベル別にこれだけの階層に分かれています。
- AAA / 3A (トリプルA)
- AA / 2A (ダブルA)
- A+ / A Adv. (クラスA アドバンスド、 High A)
- A / A Full (クラスA、 Low A)
- A- / A Short (クラスA ショートシーズン)
- R+ / ROA (ルーキー アドバンスド)
- R / ROK (ルーキーリーグ)
上の階級に行けば行くほどレベルが上がりますが、AAとAAAにほとんどレベルの差はないと言われており、有望な選手はAAAを飛ばしてAAから一気にMLBまで昇格する場合があります。
日本や韓国で活躍する選手にはたまにメジャーリーグ昇格経験が一切ないような選手もいますが、そういう選手は大抵AAAクラスの選手です。
ちなみに、日本で活躍した外国人選手の多くはNPB(日本プロ野球)を「AAAAレベル」「MLBとAAAの中間」と評しています。
日本の二軍が一軍球団の純然たる下部組織なのに対してマイナーリーグは独立採算で、MLBの球団と人材供給契約を交わすという形で成り立っています。
選手はMLBの球団と契約し、マイナーリーグの球団に派遣されるという形式をとっています。
MLBの球団とマイナーの球団はあくまで契約で成り立つ関係の他人なので、「移籍」が発生する場合があります。
ロセンゼルス・ドジャース傘下AAA級のオクラホマシティ・ドジャースはかつて、ヒューストン・アストロズ傘下のチームで、さらにその前はテキサス・レンジャースの傘下でした。
もともとオクラホマシティ・89ersというチーム名でしたが何度かの変更を経て、2015年以降はオクラホマ・ドジャースを名乗っています。
ニコ・トスカーニ
『さよならゲーム』のアニーのようなわざわざマイナーリーグのチームを追いかけるファンは決して想像上の産物ではありません。
マイナリーグは厳しい競争社会です。
NPBは二軍も含めた選手の保有数に上限が定められていますが、アメリカにはそれがありません。
言い換えると球団はいくら選手を抱えてもいいし、いくらクビにしても構わないということになります。
NPBの球団には「最低3年は面倒を見ろ」という不文律があるようですが、マイナーリーグでは契約して1年もたたないような若い選手がリリース(クビ)になる例がゴロゴロ転がっています。
シェルトン監督はAAAまで昇格を果たしていますが、MLBに昇格はならず26歳で引退しています。
ニコ・トスカーニ
ですが、ごく稀に『さよならゲーム』のクラッシュのように長期間マイナーでプレーし続ける選手がおり、その中には30歳過ぎてからMLB初昇格を果たすような選手もいます。
かつてアナハイム・エンゼルス(現ロサンゼルス・エンゼルス)などでプレーしたブレンダン・ドネリーはその一人。
2002年、31歳のシーズンにようやくメジャー昇格を果たすと以降は定着し2010年まで現役を続けました。
日本の東京ヤクルトスワローズでプレーしたトニー・バーネットも回り道して昇格した一例。
バーネットはMLB昇格経験ゼロのまま来日すると、日本で結果を残し2016年、32歳のシーズンにようやくMLB初出場を叶えます。
2019年に引退しましたが、短い期間ながらリリーフとして渋い働きをしました。
今のところMLB最年長のルーキーは35歳でMLB昇格したジム・モリスで、彼の半生は『オールド・ルーキー』(2002)として映画になっています。
『さよならゲーム』はクラッシュがマイナーリーグの本塁打記録を達成して引退するところで締めくくられますが、現実のマイナーリーグ本塁打記録保持者はマイク・ヘスマンです。
日本のオリックス・バファローズでも1シーズンだけプレーしたヘスマンはMLBでは5シーズン計109試合に出て通算14本塁打。
日本では1シーズン48試合で6本塁打で散々でしたが、マイナーリーグでは通算433本塁打の新記録を打ち立てています。
2010年以降MLB昇格はなく、マイナーリーグ本塁打記録を打ち立てた2015年オフに引退。
ニコ・トスカーニ
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『42 〜世界を変えた男〜』(2013)から学ぶメジャーリーグの人種の壁
42番は縁起の悪い”シニ(死に)”番号として日本では敬遠されますが、来日外国人選手はむしろ積極的にこの番号を付けたがります。
ニコ・トスカーニ
『42 〜世界を変えた男〜』はブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)で活躍した20世紀以降初の黒人メジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソン(1919-1972)を主人公にしています。
タイトルとなっている「42」は彼がつけていた背番号です。
1862年の奴隷解放宣言によりアメリカの黒人奴隷は解放されましたが、それでも人種差別は残り続けました。
1948年のアメリカ南部を舞台にした『ドライビング Miss デイジー』(1989)は人種差別が社会的に容認されていた時代を描いています。
南部諸州が公然と実施していた悪名高いジム・クロウ法は1964年に廃止されましたが、ジャッキー・ロビンソンがメジャーデビューを果たした1947年はそんなジム・クロウ法時代の真っただ中でした。
当時、MLBは完全に白人選手のためのリーグでした。
黒人選手はニグロリーグでプレーするのが普通で、ロビンソンはニグロリーグのチームからMLBのチームに引き抜かれた第一号です。
ロビンソンは1945年にドジャース参加のマイナーチームに入団すると着実に結果を残し、1947年にメジャーに昇格。
同年に新人王を受賞すると、1949年には黒人選手として初の首位打者を獲得。
主戦力として結果を残し続け、ドジャースで10シーズンにわたって活躍しました。
映画でも描かれたとおり、ロビンソンは様々な嫌がらせを受けたそうですが、彼はそれに屈さない折れない心を持っていました。
ニコ・トスカーニ
なお、ロビンソン以降、MLBの各球団はニグロリーグから選手を引き抜き続けました。
ニグロ・リーグの伝説的プレーヤーだったサチェル・ペイジ(1906-1982)もその一人です。
ニコ・トスカーニ
にも関わらず、MLBで通算6シーズンプレーし1952年(46歳)には12勝10セーブ、防御率3.07という高齢選手としてはにわかに信じがたい成績を残しています。
一度引退したものの、1965年に一試合だけ現役復帰し3イニング登板して無失点に抑えています。
ニコ・トスカーニ
ニグロリーグは1960年に消滅しましたが、ペイジはニグロリーグの選手としてアメリカ野球殿堂入りを果たしています。
その間にアメリカ社会も変わりました。
1964年の公民権法により、法の下に人種差別が禁じられました。
ニコ・トスカーニ
毎年、数字に多少の変動はあるものの、平均して白人MLBプレーヤーは6割程度に対して黒人プレーヤーは1割に届くがどうかです。
NBA(バスケットボール)、NFL(アメリカンフットボール)は双方とも黒人の割合が6割を超えており野球の白人割合が突出しています。
ただし、ジャッキー・ロビンソンの時代と違うこともあります。
それは、中南米出身のラテン系選手の台頭です。
とりわけドミニカ共和国はアメリカに次ぐメジャーリーガー供給国で、ラテン系はMLB人種割合で全体の3割を超えます。
野球はお金のかかる競技ですので、自然と富裕層の多い白人のプレーヤーが多くなるという理屈付けは一応できますが、おそらくそれだけが理由ではなく副次的に様々な要素が重なって白人比率が高くなっているのでしょう。
ニコ・トスカーニ
2020年は、黒人の権利問題が再燃した年ですが”Black Lives Matter”とメジャーリーグ人種比率はあんまり関係ないんじゃないかと思います。
ちなみに補足ですが、ジャッキー・ロビンソンが全球団欠番と決まった1997年当時、すでに42番をつけていた選手はそのまま42番をつけることが許されました。
その中で最も長く現役を全うしたのがマリアーノ・リベラです。
MLB史上最強のクローザーと呼ばれたリベラはカットボールほぼ一球種のみで並みいる強打者を牛耳り、通算652セーブは歴代最多記録です。
移籍の活発なMLBでは珍しく、ニューヨーク・ヤンキース一球団で選手としての生涯を全うし、ヤンキースでは「ロビンソンの番号」ではなく「ロビンソンとリベラの番号」として42番が永久欠番になっています。
ニコ・トスカーニ
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『ミリオンダラー・アーム』(2014)から学ぶMLBの国際化傾向
コンテスト形式のリアリティー・ショーでMLB球団との契約を勝ち取った二人のインド人投手、リンク・シン(スラージ・シャルマ)とディネシュ・パテル(マドゥル・ミッタル)。
そしてそのリアリティー・ショーを主催したスポーツ・エージェントのJB・バーンスタイン(ジョン・ハム)を主人公にした実録映画です。
国内人気に陰りの見えてきたMLBは、近年になって国際化戦略を進めてきました。
2019年は野球人気が皆無に等しいイギリスでニューヨーク・ヤンキースとボストン・レッドソックスが公式戦を行いました。
ニコ・トスカーニ
2006年に開始されたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)も国際化戦略の一端として始まったものです。
国際化戦略には人材供給元の国際化も含まれています。
野球はほぼすべての大陸でさかんなサッカー、バスケと違いかなりドメスティックな競技です。
ある程度野球がメジャーと言えるのは北米、中米、東アジア(日本、韓国、台湾)、南米の一部の国(ドミニカ共和国、ベネズエラ)ぐらいで、あとの地域ではマイナースポーツとしての地位に甘んじています。
オランダ人の選手は結構いますが、これはオランダ本土から遠く離れたABC諸島(アルバ島、ボネール島、キュラソー島)で野球がさかんというトリックがあるためです。
NPBシーズン本塁打記録保持者のウラディミール・バレンティンはキュラソー島出身。
現役メジャーリーガーだとザンダー・ボガーツ、ジョナサン・スコープ、アンドレルトン・シモンズ、ケンリー・ジャンセンなどがこの地域の出身です。
また、野球のイメージは全然ありませんがブラジル、コロンビア、オーストラリアは結構レベルが高く、MLBのオールスターゲームに選ばれるレベルの選手も輩出しています。
ニコ・トスカーニ
以下、選手名(国籍)です。
アレックス・リッディ(イタリア)は2011年にシアトル・マリナーズでメジャーデビュー。
イタリア生まれイタリア育ちの選手では初のメジャーリーガーでした。
また、日本のオリックス・バファローズで活躍したアレッサンドロ・マエストリはNPB史上初のイタリア生まれイタリア育ちの選手。
ドナルド・ルーツ(ドイツ)は2013年にシンシナティ・レッズでメジャーデビューします。
史上初のドイツ人メジャーリーガーです。
マックス・ケプラー(ドイツ)は2015年にミネソタ・ツインズでメジャーデビュー。
翌年からレギュラーに定着しました。
2019年シーズンの36本塁打はヨーロッパ出身選手の新記録。
ドヴィダス・ネブラウスカス(リトアニア)は2017年にピッツバーグ・パイレーツでメジャーデビュー。
史上初のリトアニア人メジャーリーガーです。
ギフト・ンゴエペ(南アフリカ共和国)は2017年にピッツバーグ・パイレーツでメジャーデビューしました。
史上初の南アフリカ出身メジャーリーガーかつ史上初のアフリカ大陸出身メジャーリーガーです。
テイラー・スコット(南アフリカ共和国)は2019年にシアトル・マリナーズでメジャーデビュー。
投手としては史上初の南アフリカ出身メジャーリーガーでした。
スコットは2020年に日本の広島カープに移籍。
史上初の南アフリカ出身NPB選手になりました。
他、ネットではマイナーリーグ選手の出身も調べられるのですが、マイナーリーグにはフランス、チェコ、中国、モルドバ(!)、ニュージーランド、ロシアなどメジャーリーガーを一人も輩出したことがない国の選手が在籍している(していた。入れ替わりが激しいので確かなことが言えません)ことがわかります。
ニコ・トスカーニ
『ミリオンダラー・アーム』のシンとパテルの二人は結局MLB昇格を果たすことなく引退しましたが、インドは人口大国であり野球と競技性質が似ているクリケットがさかんです。
クリケットのボウラー(野球でいうピッチャー)は「助走をつけて投げていい」「肘を曲げて投げてはいけない」など野球の投手との互換性がかなり低いですが、バッツマン(野球でいうバッター)は互換性が高く、クリケットの一流プレイヤーには野球選手のプレーを参考にしている人もいるらしいです。
仮にインド人メジャーリーガーの第一号が出るとしたらバッターの方が可能性が高いかもしれません。
ニコ・トスカーニ
ただし、気がかりなこともあります。
2020年は新型コロナウィルスの影響でマイナーリーグのシーズンが全休になり、多くのマイナーリーガーが解雇されました。
これをきっかけに野球文化の衰退が始まらなければいいのですが…。
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『マネーボール』(2011)から学ぶセイバーメトリクスによる野球界の変化
『マネーボール』はオークランド・アスレチックスのゼネラルマネージャー(GM)、ビリー・ビーンを主人公にした実話映画。
原作はマイケル・ルイスのノンフィクションで原作も大変な話題となりました。
ビリー・ビーンはMLBに革新をもたらした異端児です。
ビーンはもともとドラフト全体一位で指名されたアマチュア球界の超エリート選手でした。
しかし、プロ入りすると鳴かず飛ばずでMLBでは通算6シーズン合計148試合出場、通算打率.219、通算本塁打3という体たらくでした。
27歳で早々に引退し、以降は現役最後のシーズンをすごしたオークランド・アスレチックスでフロント職についています。
ビーンは初期の頃スカウトをしていましたが、「スカウトから高評価を受けた自分が成功しなかったのは従来のスカウト方法に問題があったからなのではないか?」と考えるようになります。
スカウトの後、ビーンは当時チームのGMだったアンディ・アルダーソンのアシスタントになり、アルダーソンから多大な影響を受けます。
ニコ・トスカーニ
1995年、オーナーの死去でアスレチックスは財政難に陥ります。
この時、アルダーソンは大胆な策に出ました。
セイバーメトリクスの導入です。
セイバーメトリクスとは、アマチュア野球研究者のビル・ジェームズが考案した野球のデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法です。
ジェームズはセイバーメトリクスという手法の本質をこう語っています。
「打率3割の打者と打率2割7分5厘の打者が二週間の間に打つヒットの本数は1本しか違わない。年間15試合の試合を観戦した場合、2割7分5厘の打者の方が3割の打者よりもたまたまヒットを多く打つかもしれない。優れた打者と平均的打者の違いは目には見えない。データの中にだけある」
野球界には古くから多くの固定観念がありました。
「守備の優秀な選手はエラーが少ない」
「チーム得点はチーム打率が重要」
アルダーソンはこういった固定観念を否定し、新しい選手獲得方針を打ち出しました。
ニコ・トスカーニ
アルダーソンの後継として1997年からGMに就任したビーンはまず、野球というスポーツを「27個のアウトを取られるまで終わらないスポーツ」と定義しました。
では、野球で最もアウトになる確率が低いプレーは何でしょうか?
それは四球です。
インプレーの打球は、ヒットになってもオーバーランなどの走塁ミスでアウトになってしまう可能性があります。
対して、四球は打者走者が自動的に一塁に行けるうえに、塁上にいるランナーも自動的に進塁できます。
また、ヒットは投手に1球投げさせただけで終わってしまう可能性がありますが、四球を選ぶには最低4球は投げさせなければいけません。
現在のMLBでは、1打席当たりの被投球数も指標としての評価が増しており、ファウルで粘り打ちする打者は高く評価されます。
また、四球を選ぶ選球眼が重要視される裏返しとして、投手に対しては三振を奪う能力が重要視されています。
ニコ・トスカーニ
そのため、K/BB(またはSO/BB)という奪三振と与四球の割合を示す指標も重視されています。
2019年シーズン後半絶好調だったダルビッシュ有は13試合登板で118奪三振数7四球、K/BB16.8の成績を残しましたが、K/BBは3.5を超えると優秀と言われているので驚異的な成績だったことがわかります。
加えて、ボロス・マクラッケンというアマチュア研究者が、BABIP(本塁打を除くフェアゾーンに飛んだ打球がヒットになる確率)は超一流投手でも三流投手でも長いスパンでみると大差ない値に収束することを発見しました。
これにより、古くから信じられてきた「打たせて捕る」投球技術は少なくとも統計学上ありえないことが判明しています。
またビーンは長打率も重視しました。
シングルヒットでは、塁を一つしか奪えませんが、本塁打は一本で最低でも1点が入ります。
二塁打が出れば一気に塁を二つ進められますし、走塁の上手いランナーが塁上にいたら一塁から一気にホームに還れる可能性もあります。
9イニングで相手チームより多くの得点を奪うことが勝利条件である野球では、長打と単打は等価値ではありません。
それゆえ、より多くの塁を奪える長打率と出塁、進塁できる出塁率を合計したOPSという指標が今日においては重視されています。
すでにアメリカ球界では一般層にまでこの指標は浸透しており、アメリカの野球中継では、打率、本塁打、打点の打撃3部門と一緒にOPSも画面に表示されるようになりました。
チームの得点能力はチーム打率よりOPSの方がより相関関係が強いことも判明しています。
また、チーム方針としてバントと盗塁に消極的になりました。
1アウトを自発的に与える代わりにランナーを進塁させるバントは目先の1点を取りに行くには有効な作戦です。
しかし、アウトを一個献上してしまうバントは1点を取るには有効でも2点目、3点目を狙いに行く場合は悪手です。
ニコ・トスカーニ
盗塁はギャンブル性の高いプレーです。
得点期待値(得点の可能性の上下を表す指標)という指標があります。
盗塁は成功すると得点期待値が上昇しますが、失敗すると下降します。
成功時の上昇値よりも失敗時の下降値の方が大きく、むやみに盗塁をさせるのは悪手です。
目安として盗塁成功率が80パーセントは超えていないと、自傷行為と同じになってしまいます。
世界記録の通算1,406盗塁を決めているリッキー・ヘンダーソンは盗塁成功率も非常に高く、脚力の衰えてきた晩年を含めても成功率は80パーセントを超えています。
ヘンダーソンは歴代2位の四球を選んでおり、通算打率2割7分9厘に対して通算出塁率は4割越え。
史上最高のリードオフマンの名は伊達ではありません。
ちなみに移籍しまくった彼が最も長くプレーしたのはアスレチックスです。
現在のMLBで最高の選手との呼び声が高いのはマイク・トラウトです。
トラウトはデビュー以来の9シーズンで、主要な打撃タイトルは打点王を1回獲得しただけですが、選手にとって最高の名誉であるシーズンMVPを3回受賞しています。
トラウトは2020年時点で首位打者も本塁打王も一度も獲得していませんが、リーグ最高出塁率が4回、リーグ最高長打率が3回、リーグ最高OPSが4回あります。
OPSは0.800を超えると一流、0.900を超えるとオールスター級、1.000を超えるとMVP級と言われていますがトラウトは過去3シーズン連続でOPS1.000以上を記録しています。
また、走塁能力も高く2012年シーズンは盗塁王。この年は49盗塁を決めていますが、失敗はわずかに5回で成功率は90パーセントを超えます。
ニコ・トスカーニ
このような出塁率と長打率を重視した方針を基本とした作戦を、バントや盗塁を絡めて先の塁を狙う「スモールボール」に対して「ビッグボール」と呼びます。
より具体的に説明すると「出塁したらバントも盗塁もせず、次打者の長打で生還する」という感じになります。
ニコ・トスカーニ
こんな大胆な方針転換ができたのはアルダーソンに野球経験がなかったことも大きかったかもしれません。
元選手だったビーンもよくぞこんな大胆な発想に至れたものと感心します。
当時、こういった手法を取り入れている球団はアスレチックスのみで、出塁率と長打率を重視した選手が割安で手に入りました。
映画で主要人物として描かれていたスコット・ハッテバーグなどその代表例です。
映画の舞台は2001年から2002年ですが、アスレチックスは2001年、2002年にリーグ最低クラスの総年俸ながら2年連続でシーズン100勝の快挙を成し遂げます。
以降、この手法は凄まじい速度で拡大し、今では当たり前のものになりました。
現在のMLB球団のGMは本格的な野球経験が一切なく、MBA(経営学修士)取得者などの数字に強い人物が採用されることが多くなっています。
セオ・エプスタインはその代表例です。
ロースクール出身でカリフォルニア州弁護士だった異色の経歴を持つエプスタインは野球経験ゼロでしたが、2002年に名門ボストン・レッドソックスのGMに就任します。
就任当時、28歳という驚きの若さでした。
エプスタインが就任した2年後、レッドソックスは「バンビーノの呪い」を破り、86年ぶりのワールドチャンピオンに輝きます。
ニコ・トスカーニ
エプスタインは2011年に名門シカゴ・カブスの球団副社長に就任。
2016年にカブスは「ビリー・ゴートの呪い」を破り何と108年ぶり(!)のワールドチャンピオンに返り咲きます。
しかしノンフィクション本で大々的に秘訣を明かしてしまったアスレチックスは3年連続(2007-2009)シーズン負け越しを記録するなど一時不利に立たされました。
金持ち球団が同じことをやったら資金力の乏しいアスレチックでは勝ち目がありません。
しかし、以後は貧乏球団ながらなかなかの健闘を見せています。
2012年、2013年には地区優勝。
2018年、2019年は地区二位になっています。
ニコ・トスカーニ
ビーンは近年、信用できる守備指標の開発を進めているというウワサを聞きました。
今度は一体どんなマジックを使ったんでしょうか。
以後もアメリカ球界はデータによる分析で様々な発見をしました。
かつて「ボールを叩きつける」ダウンスイングが奨励されていましたが、今では強い打球を飛ばすには「バレル」と呼ばれる角度と速度の打球を飛ばすのが効果的とわかっており、ボールを打ち上げるフライボール打法が主流になっています。
守備ではエラーの少なさよりも守備範囲の広さを重視するようになりました。
数値化が難しかった守備にも統計学のメスが入り、レンジファクター(1試合でいくつのアウトに関与したかの指標)、プラス・マイナス・システム(打球の性質によっての守備率の指標)、DRS(守備力を測るための指標)、UZR(同じポジションの平均的な選手と比較して守備でいくら失点を防いだかの指標)などの指標が開発されています。
また、2番と言えば古くから小技が巧い選手が打つ打順でしたが、今では3番、4番ではなく2番がスラッガーの打順として定着しつつあります。
ニコ・トスカーニ
また、MLBにはプロ経験のない監督、プロ経験のないコーチ、投手経験のない投手コーチ、野球経験すらないコーチが存在します。
名門セントルイス・カージナルスの監督マイク・シルトはもともと大学野球の監督で現役時代を含めてプロ経験がありません。
2019年にドジャースの打撃コーチに就任したロバート・バンスコヨックもプロ経験がありません。
名伯楽として知られ、長きにわたってカージナルスの投手コーチだったデイヴ・ダンカンは現役時代キャッチャーでした。
タンパベイ・レイズの分析コーチ、ジョナサン・エリックマンは野球経験すらありません。
ニコ・トスカーニ
天才物理学者アルベルト・アインシュタインは「常識とは18才までに積み上げられた先入観の堆積物にすぎない」という名言を残しました。
ニコ・トスカーニ
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映画を通して学ぶメジャーリーグ・まとめ:今後の野球界
筆者はサッカーもラグビーも見ますが、結局一番見ているのは野球です。
アメリカでも日本でも若年層が野球をやらなくなっているという統計がありますが、何とか野球という文化を残してほしいと切に願っています。
魅力的な野球映画も野球人口を増やすキッカケになり得るはずなので、今後も魅力的な野球映画があったら積極的に観たいと思います。