2019年3月1日より全国公開されている映画『岬の兄妹』は、日本の現実の貧困を描いた衝撃的内容ながらも、しっかりとエンターテイメントとして機能しており、片山慎三の監督デビュー作とは思えないほどの傑作でした。
- 足が悪く働けない主人公が、自閉症の妹に売春させるという倫理的に大問題の攻めた内容
- 妹を演じた和田光沙の圧巻の演技
- ひたすら汚い世界を描いていながら不意打ちに美しい映画的なシーンが挟み込まれる
- 片山慎三の初監督とは思えない、的確でうまい演出やカメラワーク
それではさっそく『岬の兄妹』についてレビューしていきたいと思います。
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目次
『岬の兄妹』作品情報
作品名 | 岬の兄妹 |
公開日 | 2019年3月1日 |
上映時間 | 89分 |
監督 | 片山慎三 |
脚本 | 片山慎三 |
出演者 | 松浦祐也 和田光沙 風祭ゆき |
音楽 | 高位妃楊子 |
【ネタバレ】『岬の兄妹』あらすじ・感想
貧困で悩む兄が自閉症の妹に売春をさせてしまう物語
本作『岬の兄妹』は“自閉症の妹に売春をさせてしまう兄”という、聞いただけで「うわっ」と引いてしまう題材を扱っています。そして今の日本にリアルに存在する貧困を描いてもいます。
しかし本作が美しく感じるのは、この兄をただ糾弾するわけでも、同情的に描いているわけでもないですし、貧困を社会問題として声高に提唱しているわけでもないという点にあります。
あくまでも、この兄妹2人が必死に生きていく物語です。
序盤から兄の良夫(松浦祐也)が、妹の真理子(和田光沙)に売春させざるを得なくなっていく様が丁寧に描かれています。
仕事がなくなり、電気が止まり、どんどん追い詰められていく2人。
生きていくために、やることに良いも悪いもないないと思わせられます。
それに、ただ重苦しいだけでなく笑えるシーンもたくさんあるのです。
そして最低なことをしている主人公たちのことが、だんだんと愛おしくも思えてきます。
主人公たちが売春を宣伝しているピンクビラを配る最中、間違えて高台からビラを撒いてしまう場面があります。
風に舞っている物自体は最低な代物ですが、このシーンは非常に幻想的で美しく撮られており、思わず見惚れてしまいます。
このように最低の底辺でもがく主人公たちの話ながら、美しくも見えてくるというバランスの映画になっているのです。
片山慎三監督の秀逸な演出技法
本作を撮った片山慎三監督は、デビュー作ながらポン・ジュノ監督の下で助監督をしていた経験豊富な映画人。
すでに『岬の兄妹』でベテランのような熟練の演出を見せてくれます。
まず驚くべき点は、濃密なドラマを描いていながらたった89分に上映時間を収めているところ。
露悪的で衝撃的な描写も多いながら、それを必要以上に見せることもなく的確に編集しているので間延びもせず、こちらが不快になりすぎることもなく、非常に見やすい映画に仕上がっているのです。
そして、本作には誰もがびっくりするシーンがあります。
妹の真理子は様々な男にカラダを売っていくのですが、その様を編集でつないでいくではなく、1カットで見せているのです。
真理子が男に抱かれながら体位を変えると、相手の男が変わり、微妙に照明が変化している部屋の様子も変わるという魔法のような場面です。
もちろん上手く編集のタイミングと撮り方を合わせた擬似的な長回しなのですが、まったくつなぎ目が分からず、本当にスムーズなので驚かされます。
この演出で、また短く的確に物語を語ることに成功していますし、自閉症の真理子にとっては自分のやっていることの意味が分からず「時間間隔が狂って短い間のできごとのように思えていた」のかもしれないと考えさせる効果もあるわけです。
と、このようになにか言葉で説明するのではなく演出技法でストーリーを語っていくという、とてもしっかりとした映画的な作品になっています。
松浦祐也、和田光沙、北山雅康の演技力にも脱帽の作品
そして役者の演技もとてもリアルです。
ベテランの脇役俳優の松浦祐也は、足が悪くて働けない貧乏な主人公良夫を見事な説得力で演じています。
情けない声の出し方、慌てふためき方、卑屈になる様子など絶妙な表情の演技で見せてくれます。
また彼が悪ふざけで攻撃してきた高校生たちに向かって○○○を投げつけるという…なかなか映画で見たことのない衝撃のシーンがあるので必見です。
主人公兄妹を見守る警察官・肇役の北山雅康も、山田洋次作品などに常連出演するほどのベテランで、文句を垂れ、良夫と衝突しながらも決して2人を見捨てない優しい男を演じて観客をホッとさせてくれます。
そしてなによりも本作を引っ張るのは、オーディションで真理子役に選ばれた和田光沙の演技。
昔から障害者の演技ができるのは一流の俳優の証と言われていますが、彼女も話し方、目つき、口の開き方、歩き方や手の動きの挙動不審さなどで、見事に自閉症の真理子を演じきっていました。
売春が題材なのでもちろんヌードも披露するのですが、その絶妙にぜい肉が付きつつ貧相なリアルな体も見事で実在感に寄与しています。
『岬の兄妹』の結末とは?
“自分が何をやっているのかわかっていない妹の売春で稼ぐ”という行為が長続きする訳もなく、主人公たちはだんだんと追い詰められていきます。
しかし本作はバッドエンドにもハッピーエンドにもなりません。
様々な事態が起きたあと、ひとつの決着がつきますが、しかしそのあとも彼らの人生は続くのです。
ラストではオープニングと対比するように、また妹が行方不明になります。
兄が消えた彼女を見つける場所はなぜあそこなのか、そしてそのタイミングで兄にかかってきた電話は誰からのものなのか、観客に解釈を委ねて終わります。
たぶんこれといった答えはなく、見た一人一人が考えるべきものなのでしょう。
ただ見終わったあとは、世界の見え方が少し変わるのは間違いありません。
舞台挨拶で主演の松浦さんがこんなことを言っていました。
「今までならニュースで障害者の妹に売春させていた兄貴なんて話を聞いたら”単に最低だな”と思って終わりだったけど、この映画に関わった後なら”その兄貴、なにかあったのかな”と思いを馳せられる気がする。」
自分の見ていない世界で必死に生きている人々がいる。
それを理解するきっかけをくれる素晴らしい映画でした。
『岬の兄妹』まとめ
情報解禁!!
『岬の兄妹』大ヒット記念!!片山慎三監督 関西凱旋舞台挨拶開催が決定致しました!
3月16 日(土)にイオンシネマ京都桂川、イオンシネマ茨木、テアトル梅田で実施いたします!
時間、チケット販売方法等は下記URLよりご確認ください!!https://t.co/x9Q7j4v0SK pic.twitter.com/qJq9DhVsXy— 映画『岬の兄妹』公式 (@misakinokyoudai) 2019年3月11日
以上、ここまで『岬の兄妹』について感想を述べさせていただきました。
最後に本作の要点をまとめて終わりたいと思います。
- ヘビーな題材を逃げることなく、しかし笑いもあるドラマとして見せてくれます。
- 役者の演技や演出は低予算ながらハイレベル
- 見終わったあとは、新たな価値観を得て、少し世界が広がって見えるかもしれません。
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