映画『マ・レイニーのブラックボトム』あらすじ・感想・解説!実話の時代背景とブルース文化を紹介

映画『マ・レイニーのブラックボトム』解説!実話の時代背景とブルース文化を紹介

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新型コロナウィルス感染拡大の影響で例年より遅いスケジュールでの発表になる2021年アカデミー賞ですが、続々と前哨戦の結果が決まり有力候補がはっきり見えてきました。

『マ・レイニーのブラックボトム』(2020)は作品賞候補からは漏れてしまいましたが、チャドウィック・ボーズマンとヴィオラ・デイヴィスがそれぞれ主演男優賞と主演女優賞の候補に挙がっており双方が有力候補と見做されています。

「多様性」は映画芸術科学アカデミーにとって重要なキーワードになっているようなので、黒人文化であるブルースを背景にした『マ・レイニーのブラックボトム』のアカデミー賞候補者たちにとってこの流れは強い後押しになることでしょう。

今回は映画『マ・レイニーのブラックボトム』について時代背景と、ブルースという音楽について解説していきたいと思います。

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映画『マ・レイニーのブラックボトム』あらすじ・感想・解説

映画『マ・レイニーのブラックボトム』あらすじ【ネタバレなし】


1927年、シカゴ。

野心家のトランペット奏者、レヴィー(チャドウィック・ボーズマン)が所属するバンドは「ブルースの母」と呼ばれた伝説的歌手、マ・レイニー(ヴィオラ・デイヴィス)のレコーディングに参加していました。

マ・レイニーはことあるごとに白人のマネジャーやプロデューサーと衝突し、そのたびにレコーディングは中断されます。

スタジオ内は険悪な雰囲気になり、揉め事やトラブルが発生。

『マ・レイニーのブラックボトム』

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レヴィーたちは中断の度に、リハーサル用の部屋で待機を命じられます。

待機中、レヴィーは自らの思いを他のメンバーに吐露し始めますが、それをきっかけにバンドの運命が大きく変わることになります。

映画『マ・レイニーのブラックボトム』解説・感想

2020年、早すぎる死を迎えたボーズマンは、『マ・レイニーのブラックボトム』でアカデミー賞の重要な前哨戦といわれているゴールデングローブ賞、全米映画俳優組合賞、ブロードキャスト映画批評家協会賞を受賞しておりアカデミー賞最優秀主演男優賞の最有力候補と見做されています。

『マ・レイニーのブラックボトム』チャドウィック・ボーズマン

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アカデミー賞の演技部門を故人が受賞した例は、過去にもピーター・フィンチ(主演男優賞)、ヒース・レジャー(助演男優賞)の例があり、下馬評通りにボーズマンが受賞すればアカデミー賞の演技賞を獲得した3人目の故人になります。

ここ数年、映画芸術科学アカデミーは投票権を持つ会員にマイノリティー(有色人種)を多数、招待しており2021年アカデミー賞は主要部門だけ見てもマイノリティーの割合が例年になく高くなっています。

監督賞は候補5人中2人がアジア系、演技部門は20人中6人が黒人、3人がアジア人です。

ニコ・トスカーニ

また、監督賞に女性監督が二人候補入りしており、これはアカデミー賞史上初めてのことです。

『マ・レイニーのブラックボトム』は有名な舞台劇の映画化作品です。

『マ・レイニーのブラックボトム』

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原作者のオーガスト・ウィルソン(1945-2005)は「黒人のシェイクスピア」と称されたアメリカ演劇界の大物で、同じく代表作である『フェンス』(2016)も映画化され、アカデミー賞の作品賞候補になりました。

同作で助演女優賞を受賞したヴィオラ・デイヴィスは『マ・レイニーのブラックボトム』にも出演し、監督・主演を務めたデンゼル・ワシントンは『マ・レイニーのブラックボトム』でプロデュースにまわっています。

アカデミー賞では過去に黒人文化や、黒人にとって避けられない問題である人種差別を扱った映画が作品賞を受賞したことがあります。

作品賞を受賞した『ドライビング Miss デイジー』(1989)、『グリーンブック』(2018)などは人種問題を扱いつつも「異人種間の友情」という穏健な着地をしており、いかにもウェルメイドな作りです。

『グリーンブック』

(C)2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

ニコ・トスカーニ

こちらは双方ともに白人監督に映画ですが、人種問題を積極的に描いている黒人監督の大物と言えばやはりスパイク・リーでしょう。
スパイク・リー

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高い評価を受けた『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)、『ジャングル・フィーバー』(1991)、『ブラック・クランズマン』(2018)などは人種問題を真正面から描いていますが『グリーンブック』のような穏健な姿勢とは程遠い作風です。

オーガスト・ウィルソンの作風は、スパイク・リーと同じような基本姿勢です。

加えて、ウィルソンの作品では異人種間だけでなく、同じ黒人同士の間でも諍いが発生します。

『マ・レイニーのブラックボトム』

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ニコ・トスカーニ

ウィルソンは半分白人のミックスだったので、そういった出自が余計に彼の立ち位置をややこしくしていたのかもしれません。

『フェンス』も『マ・レイニーのブラックボトム』も穏健とは程遠い、劇中の問題がこじれたまま終わる後味の悪い結末になっています。

フェンス

(C)2016, 2017 Paramount Pictures.

『マ・レイニーのブラックボトム』は、舞台劇が原作なので作りが限りなく舞台的です。

ほぼ全編がリアルタイム進行で、舞台もシカゴのレコーディングスタジオからほとんど出ず、同じ人物が最後まで出続ける一本道の進行です。

「時の単一」「場の単一」「筋の単一」が揃ったこの作劇スタイルは、フランス古典演劇において「三一致の法則」として規則されていましたが『マ・レイニーのブラックボトム』は概ね(たまたま)この規則を守っています。

場面移動が少なく画変わりが少ないので、視覚的な刺激には乏しいですが、限られた空間内をほとんどリアルタイムで物語が進行するため目の前で舞台を見ているような生々しさがあります。

『マ・レイニーのブラックボトム』

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役者のパフォーマンスが前面に出る作風なので、出演した俳優たちにとっては大いにプラスになったことでしょう。

ニコ・トスカーニ

全編が94分で、コンパクトにまとまっているのも良いです。

ブルースの誕生から1920年代まで

さて、『マ・レイニーのブラックボトム』は虚実をないまぜにした作品ですが、登場人物の一人でタイトルロールでもあるマ・レイニー(本名 ガートルード・プリジェット 1882?/1886?-1939)はれっきとした実在の人物です。

『マ・レイニーのブラックボトム』

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ニコ・トスカーニ

ブルースという音楽に馴染みの無い方も多いと思いますが、ブルースは『マ・レイニーのブラックボトム』の重要な要素であり、重要な黒人文化なので映画の補足としてブルースの誕生から映画の舞台になっている1920年代までの歴史について解説しておきたいと思います。

300年に及ぶ奴隷貿易でどれほどの数の黒人がアフリカ大陸からアメリカ大陸に連れ出されたのか、定かな根拠はありませんが一説に
5,000万人の黒人が生きてアメリカの地を踏んだと推定されています。

黒人はアメリカ大陸で多くの新しい音楽を生み出しました。

北米のアメリカ合衆国だけに限ってもジャズ、ワークソング、スピリチュアル(黒人霊歌)、ゴスペルなど、これらはすべて黒人文化から発生して発展したものです。

ジャズ

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『マ・レイニーのブラックボトム』で主題になっているブルースもそれらのうちの一つで、映画の主要人物が大半黒人なのはそういう背景からです。

タイトルになっている「マ・レイニーのブラックボトム」はレイニー自作の代表曲ですが、「ブラックボトム」は1920年代に流行ったダンススタイルのこと…だけではなく「黒人居住地区」の意味合いで使われることもあるので、そういう二重の意味でこのタイトルが選ばれたのでしょう。

ブルースが誕生したのは、19世紀末から20世紀初頭のアメリカ南部と言われています。

もちろん何もないところから生まれた訳ではなく、スピリチュアル、フィールドハラー(農作業の際の叫び声)、ワークソングなどが原型になっています。

『フィールド・ハラー』

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少なくとも20世紀の初頭に「ブルース」という音楽ジャンルは存在せず、マ・レイニーは初めてブルースを聞いた1902年の体験を「奇妙で辛辣な悲哀の歌」と表現しています。

その後、レイニーは自身を「ブルースの名付け親」と主張するようになります。

マ・レイニー

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ニコ・トスカーニ

ブルースの本当の名付け親が誰なのかは定かでありませんが、「ブルースの父」と呼ばれているW.C.ハンディ(1873-1958)が初めてブルースを聞いたのが1903年のことなので、少なくとも「ブルースの母」が「ブルースの父」より先にブルースに出会っていたことは間違いないようです。

1920年代に入ると、呼び名さえ定まっていなかったブルースは徐々にスタイルを確立していきます。

まず南部のミシシッピ州デルタ地帯のプランテーション農場から、「カントリー・ブルース」が生まれました。

その後、北部の都市で都会的で洗練された「シティ・ブルース」が生まれます。

シカゴではリロイ・カー(1905-1935)が登場し、セントルイスではロニー・ジョンソン(1899-1970)が活躍。

リロイ・カー

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ロバート・ジョンソン(1911-1938)はカントリーブルースとシティブルースの両方に影響を受けた、より洗練したスタイルを確立しました。

ニコ・トスカーニ

ジョンソンはあまりにもテクニックが凄かったため、「魂と引き換えに悪魔と取引していた」という伝説が語られています。早死にしたのは悪魔と取引した代償だとも


そして、「ブルースの女帝」と讃えられるベッシー・スミス(1894-1937)による「クラシック・ブルース」が登場し、彼女の歌は後のジャズシンガーたちに多大なる影響を与えることになります。

また、『マ・レイニーのブラックボトム』劇中で「ジャグバンド」という言葉が出てきましたが、これは「ジャズバンド」の誤植ではなく、この時代に流行ったジャグ(瓶)を楽器として用いたストリングバンドのことです。


シティブルースの舞台となった都市部でも、特にシカゴは重要な土地になりました。

この街で「レイス・ミュージック」という新たなジャンルが誕生し、それがR&Bというポップ・ミュージックへと発展することになります。

アメリカ南部と北部の文化が出会う重要な土地が、シカゴでした。

シカゴ

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ブルースは南部のミシシッピで生まれましたが、レイニーは南部をテントで巡業するツアーで好評を博しており、南部は彼女にとって重要な基盤でした。

ニコ・トスカーニ

『マ・レイニーのブラックボトム』の舞台がシカゴで、ことあるごとにレイニーが「南部に帰る」と主張していたのはそういう背景に基づきます。

ブルースの黒人女性歌手

ブルースにとって、最も重要だったのは歌です。

アメリカ黒人のルーツになっているアフリカの音楽は、ドラムが重要な役割を果たしている場合が多いですが、奴隷として連れてこられた彼らは「通信に使える」との理由で使用を禁止されていました。

そのため、黒人音楽は歌が主要な表現手段になりました。

『マ・レイニーのブラックボトム』

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ニコ・トスカーニ

ブルースがスタイルを確立し始めた1920年代に「女帝」と呼ばれたベッシー・スミスと「母」と呼ばれたマ・レイニーが現れ、双方とも歌手だったのは象徴的ですね。

1920年代。

レコード会社が黒人ミュージシャンの録音に積極的になるきっかけを作ったのも、黒人女性歌手でした。

黒人女性歌手のメイミー・スミス(1891-1946)は、1920年に「クレイジー・ブルース」を録音しました。

メイミー・スミス

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このレコードはミリオンセラーになり、レコード会社はそれまで意識していなかった黒人購買層のことを意識せざるを得なくなります。

1921年-1922年にはトリクシー・スミス(1895-1943)、アルバータ・ハンター(1895-1984)、リジー・マイルズ(1895-1963)といった女性歌手が次々と録音を発表します。

ニコ・トスカーニ

こうしたレコードは「レイスレコード」と呼ばれ、1920年代初頭、この手のレコードが週に4、5枚発表されたこともあったそうです。

1923年、すでに南部ツアーで人気を博していたスミスとレイニーが遅れてレコードデビューします。

共に好評を博し、世界恐慌(1929年)が始まるまで積極的に録音が行われました。

ニコ・トスカーニ

この二人は同時代に同業界のトップランナーだった人物なので、もちろん交流がありました。

スミスは『マ・レイニーのブラックボトム』には名前しか出てきませんが、HBOのテレビ映画『BESSIE/ブルースの女王』(2015)では主役(R&Bシンガーのクイーン・ラティファが演じています)になっており、こちらにはマ・レイニー(演・モニーク)が脇役として登場します。

映画劇中で、スミスの持ち歌である「ムーンシャイン・ブルース」を録音したいとレイニーが拒否する場面がありましたが、実際レイニーは「ムーンシャイン・ブルース」を二度録音しておりヒット作になっています。

レイニーは1928年に最後のセッションを行うまで、90曲以上の録音を残しました。

ニコ・トスカーニ

『マ・レイニーのブラックボトム』劇中でレイニーの尊大なわがままに散々振り回されつつも白人のマネージャー、プロデューサーが従っていたのは、彼女にそれだけの実績があったからだとご理解いただけたと思います。


なお、劇中、レイニーは尊大な態度で度々進行を遅らせ、マネージャー、プロデューサーだけでなくバックバンドまで悩ませる困った人として描かれていましたが、(もちろん彼女なりの理由があっての行動ですが)実際のレイニーは面倒見も金払いもよく、仕事仲間からは大変に好かれていたそうです。

ニコ・トスカーニ

レイニーの「ブルースの母」という敬称は、彼女のお母さん的な親しみやすさも含めた愛称でもあったようです。

『マ・レイニーのブラックボトム』の舞台は1927年ですが、史実でもレイニーは1927年にシカゴのスタジオで「マ・レイニーのブラックボトム」を録音しています。

『マ・レイニーのブラックボトム』

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ニコ・トスカーニ

しかし、録音されたのは12月で、シカゴの風土を考えると冷えたコーラをがぶ飲みするような気候ではなかったはずです。

また、映画では吃音のあるレイニーの甥が「マ・レイニーのブラックボトム」の口上を読み上げていますが、実際の録音には口上を読み上げた人物の記録が残っていないので、本当は誰が読んだのかは不明です。

ニコ・トスカーニ

さて、その後ブルースは文化として尊重され、黒人の地位が向上したと言いたいところですが、残念ながら人種差別はそんなに根の浅い問題ではありませんでした。

『マ・レイニーのブラックボトム』は、白人歌手と白人バンドの演奏を白人プロデューサーが満足げに聴いている場面で終わっています。

「ブルースの女帝」ベッシー・スミスは1937年に交通事故に遭いましたが、近くの病院が白人専用病院だったため受け入れを拒否され、黒人病院に搬送されて間もなく息絶えました。

ベッシー・スミス

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ニコ・トスカーニ

まだ43歳でした。

ブルースのその後

『マ・レイニーのブラックボトム』の音楽を担当しているのは、ジャズサックス奏者のブランフォード・マルサリス(1960-)です。

ブランフォード・マルサリス

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ブルースは他の音楽ジャンルにも影響を与えましたが、ジャズも影響を受けた一つです。

当時のジャズ界の大物ミュージシャンだったルイ・アームストロング(1901-1971)、コールマン・ホーキンス(1904-1969)はマ・レイニーとセッションを行った記録が残っており、アームストロングは『Louis Armstrong Plays W. C. Handy』というアルバムでW.C.ハンディの楽曲を取り上げています。

ニコ・トスカーニ

そんなわけで、ジャズミュージシャンがブルースを題材にした音楽を取り上げるのはごく自然なことで、映画ではレイニーの楽曲に混ざってマルサリスのオリジナル楽曲が演奏されていますが、少なくとも私は全く違和感を感じませんでした。

2021年のアカデミー賞でヴィオラ・デイヴィスと主演女優賞を争っているアンドラ・デイですが、彼女が候補作『The United States vs. Billie Holiday』(2021)で演じているジャズシンガーのビリー・ホリディ(1915-1959)はベッシー・スミスの歌唱から多大な影響を受けています。

ビリー・ホリデイ

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ホリディは『ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実』(1972)でも題材になっており、ホリディを演じたダイアナ・ロスがアカデミー賞の主演女優賞候補になっています。

ジャズはロックの構成要素にもなっています。

チャック・ベリー(1926-2017)はロック創成期の代表的存在ですが、代表曲の「ジョニー・B・グッド」にはブルース形式(ブルース進行)が用いられています。

チャック・ベリー

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ロックミュージシャンには、ブルースの楽曲を積極的に取り上げている人もいます。

エリック・クラプトン(1945-)はブリティッシュロック界の伝説的な存在ですが、若いころからブルースを積極的に取り上げており、「Me And Mr Johnson」はロバート・ジョンソンのカバーアルバムです。


映画『マ・レイニーのブラックボトム』あらすじ・感想・解説まとめ

『マ・レイニーのブラックボトム』

出典:IMDB

ブルースに馴染みのある人、積極的に好んで聞く人は少ないと思いますが、ブルースは歴史であり文化であり、ポップミュージックの源流でもあります。

背景にある黒人差別の悲しい歴史にも目を向けつつ、映画『マ・レイニーのブラックボトム』を期に一度試してみてはいかがでしょうか。

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