映画『教誨師』は、諸外国では廃止されてきている死刑制度を残す日本の司法への問題提起もしつつ、一人の男が死刑囚たちと対話する様を通して、罪とは何か、贖罪とは何かという根本的問いを突き詰める映画です。
- 個性豊かな名優たちが演じる様々な事情の死刑囚たちと、彼らの話を真摯に受け止める教誨師役の大杉連の受けの演技が素晴らしい。
- 誰もがステレオタイプにはまらず、二転三転する人物像が面白い
- まさかの超常現象が起きる意外な展開
- 罪を償うとはどんなことなのか問いかけてくる物語
それではさっそく『教誨師』についてレビューしたいと思います。
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『教誨師』作品情報
作品名 | 教誨師 |
公開日 | 2018年10月6日 |
上映時間 | 114分 |
監督 | 佐向大 |
脚本 | 佐向大 |
出演者 | 大杉漣 玉置玲央 烏丸せつこ 五頭岳夫 小川登 |
『教誨師』あらすじ・感想【ネタバレなし】
教誨師・佐伯(大杉漣)と6人の死刑囚の対話
本作は、ほとんどのシーンが狭い面会室のみで展開されます。
画面は今どき珍しいスタンダードサイズで部屋の狭さと相まって観客に圧迫感と閉塞感を与えてきます。
そんな舞台立てで描かれるのは、大杉漣演じる初老の教誨師・佐伯保と、6人の死刑囚たちによるほぼ座ったままの会話劇。
画面は果てしなく地味です。
それでも映画が始まってすぐに観客はどんどん引き込まれていきます。
それは、大杉漣と死刑囚6名を演じる俳優たちの名演故です。
教誨師という仕事は、キリスト教的観点から罪を犯した人間に道徳を説き、罪と向き合わせて改心を促す仕事です。
もちろん無理やり考えを変えさせるわけではないので、この仕事はひたすら相手の話を聞いて語り掛けることの繰り返しになります。
大杉連演じる教誨師・佐伯はまじめで誠実な男で、死刑囚たちの話をひたすら我慢して聞いていきます。
この不器用なマジメ人間役に大杉連はぴったりハマっています。
また死刑囚と一口に言っても様々なキャラクターが揃っています。
- 無口な中年男・鈴木
- フランクで明るいヤクザ・吉田
- 大阪のおばちゃんで噂好きの・野口
- 2児の父で内向的で気が弱い男・小川
- もともとホームレスで学のない朴訥な老人・進藤
- 物知りで頭の回転が速いが挑発的で厭世的な青年・高宮
彼らがなぜ死刑になるほどの罪を犯したのか、何をしたのかは最初のうちは分からないまま話は進みます。
高宮以外の5人はとても死刑囚には見えません。
それでも佐伯が辛抱強く話を聞いていくうちに、彼らの過去や表向きの人格の裏に隠れた本性が明らかになっていきます。
誰もが一面的な人物には描かれていません。
鈴木を演じるのは『淵に立つ』や『勝手にふるえてろ』など様々な作品で独特な存在感を出す古館寛治。
吉田を演じるのはベテラン光石研、野口役には脇役で様々な作品に出演する烏丸せつ子。
進藤役は『凶悪』『バクマン。』『万引き家族』など老人役で多岐にわたって活躍する五頭岳夫。
小川を演じるのは佐向監督作品以外には出たことがなく会社員として暮らしていたほぼ素人の無名俳優・小川登、そして高宮役には人気劇団“柿喰う客”の中心メンバーにして映画初出演の玉置玲央。
それぞれが六者六様の人物を実在感たっぷりに演じており、彼らの秘密が会話を通して明かされていくさまがスリリングであり、時にショッキングで恐ろしく、あるいは笑えたりもします。
そして、彼らは死刑囚ではありますが、映画を見ている自分と一体何が違うのだろう?と考えてしまいます。
みんなそれぞれ自分の人生を生きていた普通の人間だったのです。
ニュースなどで見ると自分の世界とは切り離してしまいがちな犯罪者たちについて考えさせる映画でもあります。
キリスト教的物語
佐伯が教誨師であるがゆえに、本作には聖書を読むシーンも出てきます。
学がなく読み書きもできない進藤が佐伯からキリスト教の教えを受けて行くのです。
その教育を通して進藤が意外な一面を見せていく点には注目です。
進藤はキリスト教的な赦しの話をされた時に「自分だけ救われるのは申し訳ないです」と語り、佐伯をハッとさせます。
死刑囚で学のない男が、実はもっとも神に近い聖なる存在になるというのは、昔から宗教的逸話に多いパターンの話です。
進藤は最後の最後に、人が人を裁くことに対する根本的な問い掛けをぶつけてきますが、それは聖書でキリストが民衆に言うセリフに類似しています。
反対にインテリの死刑囚・高宮は明らかに佐伯に倫理的な問い掛けをし、佐伯を惑わせる悪魔のような存在に見えます。
「なんで人を殺してはいけないのか?」
「人を殺してはいけないなら死刑があるのは何故?」
高宮は挑発的ながらもあくまで理知的に佐伯を追い詰めていきます。
佐伯は真面目な性格ゆえに「どんな命にも生きる権利はあります」というテンプレのような真面目な回答しかできませんが、それでは高宮は納得しません。
高宮は話を聞く限り、障害者を大量に殺害したようで、明らかに2016年に起きた相模原の障害者施設での事件の犯人を意識したキャラクターになっています。
キリスト教的倫理観を揺さぶってくる高宮に対し、後半佐伯がとある理由で成長し、自分の言葉で答えを出します。それがどんな言葉なのかは見てのお楽しみ。
そして挑発的で悪魔のような高宮にもある変化が現れ、人間味のようなものが出てきます。
それは高宮が人間に戻り、少しは魂が救済されたということなのかもしれません。
意外な展開と演出
本作『教誨師』は、ひたすら対話が続くと思っていると少しギョッとするような演出が入ってきます。
はっきり言って超常現象のようなことが起こります。
死刑囚たちのことを一面的に見るなというように、この映画自体も特定のイメージで見られることを拒否しているように見えます。
そしてその超常現象を通して、佐伯にも死刑囚たちと同じく過去に罪とトラウマがあることがわかります。
佐伯がそれをどう乗り越えるのか?
そして罪を乗り越えた先に何があるのか?
どうせ死刑になる人間に教誨し贖罪をさせて何の意味があるのかという疑問に対し、ひとつの回答が出るのも注目です。
『教誨師』まとめ
【大杉漣さん命日の日】
今日2月21日は大杉漣さんの命日。あれから1年。映画を観にきてくださるお客様からは、“映画を観に行くと漣さんに会えるような気がして嬉しい”という声をたくさんいただきます。今日はココマルシアターにて、玉置玲央さん、佐向監督から大杉さんのお話を伺いたいと思います pic.twitter.com/bmbkEp5eYt
— 映画『教誨師』 (@kyoukaishi_1006) 2019年2月20日
名俳優・大杉漣さん最期の主演作にふさわしい名作でした。
- 画面は地味ながら名優たちの演技に引き込まれる
- キリスト教的なメタファー
- 意外な演出と展開で語られる贖罪についての物語
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