2001年公開、橋口亮輔監督作品。
あることをきっかけに子供が欲しいと思い始めた独身女性と、ゲイのカップルが繰り広げる人間愛の物語。
ラブストーリーではないけれど、見たあと大切な人をギュっとしたくなるようなストーリーです。
- 非現実的なようで、割と身近に起こり得るかもしれないと思える世界観
- 恋愛主体の話ではないんだけど、愛について考えてしまう作品
- “この映画、面白いよ”とかではなくて、“なんか良いよ”って勧めたくなるような作品です
それではさっそく映画『ハッシュ!』をネタバレありでレビューしたいと思います。
目次
『ハッシュ!』作品情報
作品名 | ハッシュ! |
公開日 | 2002年4月27日 |
上映時間 | 135分 |
監督 | 橋口亮輔 |
脚本 | 橋口亮輔 |
出演者 | 田辺誠一 高橋和也 片岡礼子 秋野暢子 冨士眞奈美 光石研 つぐみ 沢木哲 斎藤洋介 深浦加奈子 岩松了 寺田農 加瀬亮 |
『ハッシュ!』あらすじ
ペットショップで働く直也。
気ままなゲイライフを送りながらも充足感を得られずにいる。
土木研究所で働く勝裕。
ゲイであることを隠し、自分の気持ちをストレートにうち明けられない優柔不断さにうんざりしている。
歯科技工士の朝子。
傷つくことを怖れ、人生を諦めたような生活を送っていた。
やがて、付き合い始めた直也と勝裕。
平穏な時が流れようとしていたある日、二人は朝子との偶然の出会いから、その関係が揺らぎ始める。
朝子は勝裕がゲイであることを承知の上で、「結婚も、お付き合いもいらない、ただ子どもが欲しい」とうち明ける。
出典:allcinema
【ネタバレ】『ハッシュ!』感想レビュー
この物語の主要人物、3人
青いカーテン、青と白のボーダーのフロアマット。
恵比寿ハイツで一人暮らしをしている長谷直也(高橋和也)が目を覚ますと、昨日の夜をともにした男性はそそくさと服を着て帰り支度をしているところでした。
寝起きのコーヒーを淹れようかと提案しても断られ、連絡先の交換を切り出してもかわされて、やるせない気持ちでロードバイクを漕いで向かうのは勤務先のペットショップ。
アパートの一室、ゴミ溜めのような部屋でベッドと棚の間の隙間に挟まって煙草を吸う女、藤倉朝子(片岡礼子)。
部屋から出てバスに揺られて向かうのは歯科医院でした。
朝子は歯科技工士の仕事をしています。
仕事の帰り、たまにひょこっと現れては体の関係を求めてくるマコト(沢木哲)という青年にコンビニで待ち伏せされ半ば強引に避妊もせずに抱かれたりする日々。
あるとき、婦人科で筋層内筋腫だと診断されたことをきっかけに、子供が産めない体になるかもしれないということを真剣に考え始めます。
村下土木研究所で働く栗田勝裕(田辺誠一)は、ゲイであることを周りに隠しながら慎重に日々をおくっていました。
同僚の永田エミ(つぐみ)から好意を寄せられていることに気付いていながらも、それとなく受け流すことしか出来ない、よく言えば優しい性格の持ち主です。
職場の飲み会でも話に夢中な上司の傍らからお酒を注ぐなどして“普通のどこにでもいる男”として当たり障りなく振る舞う毎日でした。
男2人、女1人、傘1本
ある朝、直也が目を覚ますと隣には誰もいませんでした。
と思ったらトイレから出てくる人影。
昨晩、直也と夜をともにしたのは勝弘でした。
その日から2人は付き合い始めます。
ある雨の日に2人が蕎麦屋でお昼を食べていると、少し離れた席で子供が泣き出しました。
じっと見ている勝裕に対して直哉が「子どもが好きなのか」と問うと「そういうわけではないけど子供がいたら何か違うんじゃないかとは思う」という答えが返ってきました。
ゲイなのにそんな事を言い出すのが面白くない直哉は、場もわきまえず「つーかさぁ、女とヤれんの?」なんて言葉を投げ付けました。
その会話を、偶然同じ店に居合わせた朝子が、聞いていました。
向かい合って座る2人の男性がテーブルの下で絶妙な位置に足を置いている。
そして先ほどの会話の内容。
なにかを察する朝子でした。
先に蕎麦屋を出ようとしたのは朝子でした。
しかし、来るときに持っていた傘がなくなっていたことで店のバイト(加瀬亮)と口論になります。
その様子を見ていた2人でしたが、店を出た直後に勝裕が朝子に傘を貸しました。
朝子が帰宅するとアパートにはビニール袋を被ったマコトが身をひそめて、驚かしてきました。
マコト曰く、大家さんに弟だって言ったら簡単に開けてくれたという事に動揺するより驚くより何より、自分の体をこんなにしたのはこいつだという怒りで手近にある物を片っ端から投げたり蹴ったりして追い出しました。
その時、勝裕から貸してもらった傘を壊してしまいました。
父親になれる目
朝子は新しい傘を買って、勝裕の職場に届けました。
その事がきっかけでエミに誤解され、知り合ったばかりだというのに夕食に誘われます。
的を射ない話ばかりをするエミは、朝子に「勝裕と結婚する」と言い出しました。
後日、筋層内筋腫の手術を受けることに決めた朝子は勝裕の職場に赴き、研究に使う大きな水槽にボートを浮かべてぼんやりしていた勝裕に声をかけました。
朝子が確認したかったことは二つ。
エミと結婚するのかということ。
そしてもう一つ。
「恋人って、蕎麦屋で一緒だった人だよね。違う?」と聞きました。
注意深く生きてきたつもりだった勝裕はひどく動揺しました。
朝子がそんな質問をした理由は一つ。子供が欲しい、ということ。
まどろっこしいのが嫌だからと端的に伝えると、さっきの質問とは違った動揺を見せる勝裕でした。
結婚とか付き合ってくれとかそういうことではなく子供が欲しいと言う朝子は、勝裕の目を見た時に“父親になれる目をしていると思った”と続けます。
恋人がいるのもわかっているから、今はセックスじゃなくても子供を作る方法はあるから、とどこか必死に言うのをエミが見ていました。
子宮でなんか考えないよ、脳みそあるんだからさ
朝子から「子供が欲しい」と言われた夜、直也の部屋で一緒に過ごしながらも勝裕は上の空でした。
そのせいで拗ねる直也と気まずくなったものの、ご機嫌とりをしてベッドで抱き合う2人。
勝裕は「ちゃんと話してくるね」と言います。
詳細も何も知らなかった直也が「何を?」と返したのに対して「子供作ろうって言われたから」と爆弾発言をしました。
手術を受けた朝子の元に、勝裕が“話”をしに来ました。
しかし病院でぼんやりと他人の生んだ新生児を見ている横顔を、勝裕は眺めることしか出来ませんでした。
季節は蝉が鳴く夏、仕事中の直也の携帯が鳴りました。ポケットから出してみたら、それは勝裕の携帯でした。
ディスプレイに表示されている名前は“藤倉朝子”。
直也は朝子に会いに行き、勝裕がハッキリ断っていないことを知りました。
朝子は朝子で直也にも協力して欲しいと言います。
2人の仲を壊そうと思っているわけではなく、勝裕と子供を作りたいだけだと言う朝子を、直也は行きつけのゲイバーに連れて行きました。
直也の友人であるユウジ(山中聡)は「直也に聞いたんだけど今度お母さんになるんでしょ?」と言い、店中に響き渡るような大声で「この女、直也の彼氏から精子もらって子供作るんですって!」と心無い言葉を投げかけました。
さらには「ザーメンフェチ?そういう発想って子宮で考えるの?」としつこく罵倒してくるのに対して、朝子は「子宮でなんか考えないよ、脳みそあるんだからさ」と答え、店を後にしました。
隣でやりとりを見ていることしか出来なかった直也は後を追いましたが、「今度から言いたいことがあるなら直接言って」と言われ、それ以上は追うことが出来ませんでした。
直也は帰ってから勝裕に携帯を返しながら、朝子とのことをまくし立てました。
朝子とまだ会っていた事に対して詰めれば、勝裕は「自分にも父親になれる可能性があるのかもしれないと思った」と返しました。
“家族”について
すっきりしない気持ちのまま勝裕は友人の結婚式に出席するために新幹線で実家に帰りました。
今は兄・勝治(三石研)と、見合い結婚をした年上女房の容子(秋野暢子)と姪のかおるが暮らしています。
夜、勝裕が眠れずに物置小屋の中にある井戸のところへ赴くと少しして兄がやってきました。
勝裕は、子供のころに井戸に毒を入れたと言い出します。
昔家族で出かけたときに父親が珍しく素面ではしゃいで、高い双眼鏡を買ってくれた時の事を話しだしました。
酔うと父は大声を出すということが怖くて嫌だった勝弘は、早くいなくなってしまえばいいのにと井戸に青色のインクを盛ったというのです。
父の死因はお酒の飲みすぎで肝臓をやられただけだったので、特段それが原因になったわけではないのですが、「勝裕は自分が毒を盛ったような気になっていた」と言いました。
東京に戻ってきた勝裕は、その足で直也の勤めるペットショップに行きました。
2人で歩く帰り道、話題は朝子のことになります。
突拍子もなくてわけのわからない女ではあるけれど、子供のことに関しては本気でぶつかってくる朝子に対して、勝裕は自分も本気で向き合わなければならないと思っていると言いました。
直也も、その言葉を受けて一緒に考えてみると言いました。
数日後、ファミレスで3人は話し合います。
妊娠や出産に関する本や資料を次から次へと出してプレゼンする朝子に対して、不意に勝裕が切り出しました。
そもそもどうやって作るの?と。
セックスで作る気のない勝裕に対して朝子はスポイトを取り出して、これでやってみようと思う、と言いました。
あるときは3人でボウリングをして、またあるときは3人でデパートにベビー服を見に行って。
朝子と直也は些細なことでぶつかって険悪になったり、勝裕に対しての意見が一致して意気投合したり。
少しずつ3人の距離感が近づいていきました。
“母である女”2人と、“母になりたい女”
あるとき、2人の暮らす部屋に勝裕の兄夫婦と姪のかおる、それに直也の母がやってきます。エミが手を回し勝裕と朝子の関係を暴露していたのです。
エミが用意した資料には、朝子が過去に子どもを2回おろしたことや精神科に長いこと通っていたことなども書かれていました。
朝子は書かれていることがすべて本当だと認めたうえで、どうして子どもが欲しいと思ったのかを打ち明けました。
そして「自分の家族は自分で選びたかった」と言いました。
それに対して、家族っていうのはなるものではなくて気が付いたら側にいるものだと言う直也の母、朝子の言うことがわからないでもないと言うかおり、気色悪いと一蹴する容子。
特に容子は、子どもを2人も殺しておいて随分と勝手だと、絶対に認めないと強く言いました。
3人で過ごす楽しい時間に慣れ始めていた朝子にとって容子の言葉は深く突き刺さりました。
思わず感情的になって容子に殴りかかったところを制止され、それでも感情のたかぶりが収まらずに気を失ってしまいました。
勝治は、帰り際に勝裕の恋人が直也であることに気付いているようなことを示唆して「お前の人生だから、好きにしたらいい」と言いました。
目を覚ました朝子は、1人で帰ると言い「ありがとうございました」と告げて足を止めます。
あたしさぁ、と切り出した続きは「小さいころに1回でもいいから誰かに死ぬほど抱きしめられてたら、こんな風になってなかったと思うんだよね」という言葉でした。
家にいるとき家具の間に挟まって座っていると落ち着くのは、そのせいだったのです。
後日、まるでサヨナラのような去り方をした朝子を、勝裕と直也が訪ねました。
いつものようにベッドと棚の間に挟まっていた朝子はアパートの外から呼びかける2人の声に涙が止まりませんでした。
「女の部屋とは思えなかった」と笑いながら歩く帰り道、勝裕の携帯に着信がありました。
エミでした。
夜の公園で真っ白なワンピースを着て待っていたエミは、勝裕にネクタイをプレゼントしました。
しかし勝裕は「こんなこともうやめたほうがいい、もっと自分を大切にしないと」と言います。
エミはネクタイを踏んでぐちゃぐちゃにして、勝裕を嘘つき呼ばわりしだしました。
らちがあかないから帰ろうと直也が言うとエミは泣きながら勝裕に縋り、勝裕はどこかに入って落ち着こうと宥めます。
収拾がつかなくなり半ば無理やりに直也が2人を引きはがすと、エミは「私死ぬから!」と大声をあげました。
勝裕は帰ってからも落ち着かず、エミが死んでしまったんじゃないかとそわそわしていましたが直也が宥めます。
そのとき電話が鳴りました。
容子からでした。
勝治がバイクで転んで頭を打った、とのことでした。
それぞれの愛情、家族のかたち
その夜、勝裕は口から青いインクを吐く夢を見て魘されて目を覚ましました。
夜中なのにそのときちょうど家の電話が鳴りました。
容子からでした。勝治が、死んだというのです。
後日、3人で勝裕の実家の跡地に行きました。
勝治の亡くなった後、自称親戚たちがやってきてあれよあれよと土地を売ってしまったのです。
最初は反対していた容子も最終的には判を押し、今頃はかおるとどこかであっけらかんとやっているのだろうというのが勝裕の見解です。
実家のあった場所をあとにして、3人は河原を歩きました。
勝裕はへたり込んで泣き出しました。直也と朝子は両側にしゃがんで勝裕の背中をさすりました。
それから。
鍋がおいしい季節のある頃、朝子は引っ越しをしました。
直也と勝裕は手伝わされ、2人で晩御飯の鍋の用意をさせられていました。
文句を言いながらも楽しげに待っている2人のもとに帰ってきた朝子は「買いたいものがあって商店街を探していた」と言いました。
買ってきたのは大きいスポイト。
しかも2つ。
朝子はカラっと言います。
「ひとりっ子じゃ可哀想でしょ。栗田くんの次は、直也と子ども作るから」
映画『ハッシュ!』ざっくりとした感想など。
人に勧められて見た作品なのですが、一言で言うなら「見てよかった」です。
2001年公開の作品ってことは当時とんでもなくセンセーショナルだったんじゃないかなぁ…。
残念ながら当時の私は映画というものに興味を持つことなく過ごしていたので、見たのは凄く最近です。
題材だとか脚本的なことで言えば、最新作ですって言われても何の違和感も抱かないと思う。
どうしても誰かにこの作品のことを伝えたくて、あらすじも割と事細かに書いてしまったわけですが出来れば映像で見て欲しいです。
直也とかちょっと最初の方はイラっとするキャラなんですけど、結局やっぱり憎めなかったり。
勝裕も優柔不断なところにイラっとしたりもするんですけど、憎めない。
朝子も万人受けする性格じゃないし物言いもズバっとしてるから、苦手だなぁと思う人もいるんでしょうけど憎めないはず。
そんなゲイのカップルと、子宮の病気をきっかけに子どもが欲しくなった独身女性とかいう組み合わせ。
結婚がなんだどうしたこうしたって周りから言われる年齢になってしまっている私は朝子の立場でストーリーを追ったのですが、なかなかにわからないでもないんだなぁこれが。って感じでした。
映画のなかで描かれている先、3人はどうなるのかわからないけど、家族になってたらいいなと思います。
パパ2人ママ1人、子ども2人。
そんな家族のかたちがあってもいいんじゃないかなぁと、思うのは甘いですかねぇ。
藤倉朝子と、朝子を演じた女優・片岡礼子について
私は凄く好きだなぁと思いました。
どうして今まで知らなかったんだろうと思うくらい。
それで、これまでに出演した映画とかドラマを調べてみたんですけど、びっくりするくらい私が見てきた作品と掠ってなくて。そりゃ知らないままきちゃうわ。
「あのさぁ」とか「あたしさぁ」って切り出すセリフの言い方が好きです。
ゲイバーでユウジにキレ気味に言ったセリフも、勝裕と直也の家からサヨナラするみたいに出て行く場面でのセリフも。
他にもいっぱい。
物語のなかで特に描写があるわけではないけど、容子が言う“子どもを二度おろしていて精神科にも長いこと通っていた”という経歴がしっくりくる女性像そのものって感じの朝子を生々しく演じてて本当に凄い。
朝子が身近にいたらいっぱいよしよししてあげるのにな、とまで思ってしまうほどでした。
数あるなかでも一番好きな場面というかセリフは、勝裕の兄夫婦と直也の母にエミが書類を送って、朝子のことを暴露したことが発覚したところで。
子どもが欲しいと思った理由みたいなものを言うところなんですけど。
明日も頑張って生きられるかなとか、そういう風に考えたくて。
とか、人間関係とか諦めていたけれど2人と出会って、人とご飯食べたり手を繋いだり、そういうことがしたいなぁって、まだ諦めたくなかったんだなって思った。とか、そんなことをつらつらと喋る場面。
表情とか声色とか語気とか、ドキュメンタリーでも見てるんじゃなかろうかと思うくらいリアルです。
朝子のこと、よしよししたくなっちゃう。
『ハッシュ!』まとめ
以上、ここまで映画『ハッシュ!』についてネタバレありで紹介させていただきました。
- あらすじを読み切ったひとにも、映像で見て欲しいです
- 正しいかたちの“愛”だとか、正しいかたちの“家族”って何なんでしょうね
- 2001年公開ですが古さを全然感じさせない作品です