近未来を舞台とする作品を得意とするアンドリュー・ニコルの初監督作品で1997年公開の『ガタカ』。
完璧なDNAが全てとされる世界で、不完全とされる遺伝子構成を持つ「不適正者」として生まれた青年の不可能を可能に変える人間の強さを描いた傑作SFドラマです。
遺伝子だけでは、人の可能性は推し量れないと、静かに訴えかける物語で、この作品の持つ世界観は、アメリカ本国での公開から24年の月日を経た2021年の今も、新鮮で美しく、色あせることがありません。
若かりし日のイーサン・ホーク、ユマ・サーマン、ジュード・ローと圧倒的な存在感をもつ俳優陣の繊細で瑞々しい姿も、作品の魅力にもなっており、哲学的でありながら、見ごたえのある作品となっております。
・新下層階級は科学の領域
・遺伝子レベルのエリート
・見果てぬ宇宙飛行士への夢
・ビンセントとユージーン
・引き返すことのない決意
それでは『ガタカ』をレビューします。
目次
【ネタバレ】『ガタカ』あらすじ・感想
遺伝子配列が全て
70年に一度、7日間しか打ち上げのチャンスがない土星探査に準備に慌ただしい宇宙局「ガタカ」の局内で発覚した殺人事件。
土星探査へのミッションを一週間後に控えた宇宙飛行士のジェローム・モローの胸はざわつきがとまりません。
それは、ジェロームの正体が、本当は「ガタカ」へ入局すらできない「不適正者」のビンセント・フリーマン (イーサン・ホーク)だから。
ガタカに警察の捜査が入るのに不安を覚えながら後にしたビンセントが、通路の落ちた自分のまつ毛に気付くのはずいぶん後になってからのことでした。
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DNAが全ての世界で、遺伝子操作なしに両親の自然の営みのもとに生まれたビンセント。
出生後すぐに、神経疾患発生率60%、注意力欠陥障がい89%、心臓疾患99%、推定寿命は30.2歳と遺伝子レベルの「不適正者」の烙印を押されてしまいます。
虚弱体質で視力も悪く、仕事の選択肢を与えられずチャンスすらもらえない世界で、宇宙飛行士への夢を持って勉強やトレーニングに励んでも、遺伝子情報がついてまわり、自分は、科学の領域での「新下層階級」だと悟ったビンセント。
元競泳選手で、頭脳明晰で身体能力も高く、最高のDNAをもちながら、事故で下半身不随となったジェローム・ユージーン・モロー (ジュード・ロー)の遺伝子を使い、ジェロームになりすますことで、夢に向かう決断を下したのでした。
ユージーンのDNAを使って見事、宇宙局「ガタカ」への入局が決まったビンセントは、ユージーンが家で採取する血液や尿のサンプルを指先やパウチに隠して、ガタカへ通い、宇宙飛行士となる努力を続けるのでした。
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殺人事件の捜査
適正者で、並外れて優秀な遺伝子を持つ「ジェローム・モロー」として、ガタカで頭角を現し、周囲に一目を置かれる存在となったビンセント。
自分の皮膚や垢、爪、髪が抜け落ちないように、毎日こそぎ落とし焼却処分しては「不適正者」ビンセントの痕跡を消し去ることを日課とするのでした。
そんな時に起こったガタカでの殺人事件。
ビンセントの正体を見破りかけたミッション責任者の上司の死は、土星探査を目前したビンセントの秘密が白日の下にさらされかねないと心中穏やかではありません。そして「不適正者」のまつ毛が、局内で見つかったという、捜査情報を耳にしたビンセントは動揺するのでした。
アイリーンの心臓
ジョゼフ局長(ゴア・ビダル)に、殺人事件の捜査の協力をするように頼まれた同僚のアイリーン(ユマ・サーマン)に近づくビンセント。
ガタカで働きながら、遺伝子検査で「心不全の恐れあり」と記録にあると告白するアイリーンに、同じように心臓に爆弾をかかえるビンセントは、興味を持つのでした。
事件の容疑者の「不適正者」を探すのに捜査の手が迫る中、アイリーンといたダンスホールに踏み込んできた刑事から逃れるビンセントとアイリーン。
あらぬ嫌疑で拘束をされるのに逃げ出しただけのビンセントでしたが、「ビンセント!」と自分の本当の名前を呼びかける刑事の声に思わず息の飲むのでした。
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何か知っているのか?と思わせぶりなシーンが続いたあとに、「ビンセント!」と呼びかける捜査官の正体が誰なのか?
薄々、気づく仕掛けになっております。
遺伝子至上主義の誤算
殺人事件の捜査で、ジェロームに会いたいという刑事に促され、刑事を伴いジェロームの自宅に向かうアイリーン。
これまでビンセントの秘密に疑いをもちながら確信が持てずにいたアイリーンでしたが、こともなげに刑事を迎えたのは、本当のジェロームことユージーン。
捜査官の去った後に帰宅したビンセントが、何者か混乱するアイリーンに、自分は「本当は「不適正者」のビンセント・フリーマン」と伝え、自分もまたアイリーンとまた心臓に問題がもつ身で残る寿命すら短いと告げ、遺伝子情報が全てだと考える社会システムの誤算を指摘するのでした。
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遺伝子至上主義の世界で、欠点を探すのに必死で誰もが気づかなかったのは、DNAに影響されない人のもつ信念とあくなき探求心だったのです。
完璧な弟アントン
ガタカで殺害された被害者の詳しい検視の結果、土星探査の打ち上げをめぐるトラブルでミッション責任者を殺したのは、局長のジョゼフだったことが判明。
70年に一度しかない、1日に数10基の宇宙船を打ち上げるミッションが予定通り決行されることを見届けた局長の自供で、事件は解決したのでした。
ダンスホールに踏み込んで「不適正者」にこだわり、ユージーンと対峙いた刑事が実は、弟のアントン(ローレン・ディーン)だと気づいたビンセント。
ガタカで、身分を騙って宇宙飛行士として出発を目前にした兄のビンセントに、アントンは不可能を可能にしたその理由を問います。
ビンセントと違い、両親の遺伝子から有害な要素を排除して誕生したアントンは、幼少の頃から兄より恵まれた身体や能力を持っていました。
身分詐称という手段に出てまで自分の夢を追うビンセントの心情が理解できないアントンに、ビンセントは、両親に隠れて子供のころに兄弟ふたり、海でやっていた度胸試しをしようと、夜の海岸に連れ出すのでした。
水平線にまで泳ぎだし、限界を感じた方が先に岸に戻るという度胸試し。
遺伝子のすべてにおいて兄に勝るアントンが、一度だけ度胸試しにビンセントに負けた思い出がありました。
今回もまた泳ぎだした海で、余力を残して海岸に引き返そうとするアントンに、ビンセントは「海に泳ぎだしたとき、僕は岸に戻ることを考えずにただ全力で泳いだ」と言い、自分より身体能力の高い完璧な弟のアントンに勝ったあの度胸試しが、不可能を可能に変える信念の礎になったと告げたのでした。
『ガタカ』あらすじ・ネタバレ感想まとめ
以上、ここまで『ガタカ』をレビューしてきました。
宇宙志飛行士になる夢を、自分の意思ではどうすることも出来ない遺伝子によって挑戦する機会も奪われ、それを当たり前と許容する世界で、自らの選択と執念で土星行きのチャンスをつかみ取る青年ビンセント。
細胞レベルの新下層階級というレッテルを貼られたことをものともせず、ビンセントが宇宙への切符を手にしたのは、彼の狂おしいまでの情熱と探求心、DNAのどこにも表れることのない不確定要素だったのです。
・可能性と選択肢
・DNAにはないもの
・全力で挑戦する強い信念
頭脳明晰で容姿端麗、心臓も強く寿命も長いと予想され、遺伝子レベルでは、完璧なはずのユージーンが思うように出ない水泳競技での成績に絶望したのは、ビンセントと大きく違うところでした。
人より遺伝子的に劣るとされているビンセントの、宇宙飛行士になりたいと切望する魂の叫びにも似た夢に、ユージーンもまた惹き付けられたのだと思えるのです。
優れた遺伝子は、何をするにも成功する確率は高いかもしれませんが、保証ではないのです。遺伝子操作という、自然に摂理に逆らう世界であっても、DNAだけでは、人間の運命までは操れないという作品のメッセージは、人に強く訴えかけるものがあります。
逆境や試練があるからこそ、人の強い想いや熱意が生まれ、不可能に挑戦をする本来の人間の強さを浮き彫りにするのです。
そしてその強さは、DNAを構成する4つの基本塩基、グアニン(G)、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)の、どこにも示されておらず、その配列が全てではないと最後に土星探査船へと向かうビンセントをみて、改めて理解するのです。