タイトルからとてつもない大ぶろしきを広げてしまいました。
さて、この壮大かつもやっとした命題ですが、映画好きな方であれば一回ぐらいは疑問に思ったことがあるのではないでしょうか?
映画を撮影するのはカメラマンで、照明を調整するのは照明さんです。
ニコ・トスカーニ
録音するのは録音さん、出演するのは俳優で、脚本を書くのは脚本家、企画を立て予算を集めて回収するまでの道筋を考えるのはプロデューサーです。
一見すると彼らの方が仕事の重要度は高そうですが、監督はスタッフの中でも別格の扱いを受けます。
ニコ・トスカーニ
そんな特別な存在感を持つ監督というポジションですが、では「映画監督」って何をする人なのでしょうか?
そう改めて問われると答えられる人は意外と少ないのではないでしょうか?
この記事ではその疑問に答えたいと思います。
目次
映画監督とは演出をする人である
ニコ・トスカーニ
と言いつつ、この答えに「答えになっていない」というツッコミが飛んできたら甘んじて受け入れます。
ニコ・トスカーニ
「答えになっていない」と思った方はこう思ったことでしょう。
「演出って何?」と。
演出って何?
演出を英語で”direction”と言います。
ニコ・トスカーニ
“direction”をする人が”director”=監督です。
日本では映画とアニメだけディレクターのことを「監督」と呼び、テレビドラマと舞台は「演出」と呼びますが、英語では(ついででクラシック音楽の指揮者も)全部”director”です。
ついででバラエティ番組やドキュメンタリー番組の演出をする人を英語原文のままディレクターと呼びますが、これらも同じく「演出をする人」を指します。
これらのポジションは分野の違いこそあれど基本的にやることは一緒です。
ですので「演出(ディレクション)って何?」という疑問の答えがイコール「監督って何する人なの?」という命題の答えになります。
ニコ・トスカーニ
「演出は演技指導だ」
ニコ・トスカーニ
「演出は演技指導」という回答は「演出って何?」という問題に対して10/100点ぐらいの答えにしかなっていません。
じゃあ、演出って何なのか?
またしても私なりの解釈を無理やり一言でまとめますが、演出とは「脚本を舞台や映像作品にするための方法を考えること」です。
映画監督が映画ができるまでに関わる仕事
さて、少しずつ内容が具体性を帯びてきました。
ですので、「演出」を説明するためにどうやって映画が作られるか順序を追っていきたいと思います。
以下、映画の製作工程を列挙してみます。
映画ができるまで
- 1.脚本を書く
- 2.キャストを決める
- 3.スタッフを決める
- 4.ロケ地を決める
- 5.ロケハンをする
- 6.撮影のスケジュールを調整をする
- 7.衣装、小道具など美術周りの用意をする
- 8.車両など移動の手配。宿泊、食事などの用意をする(諸々の雑事)
撮影
- 9.撮影する
ポストプロダクション(後処理)
- 10.編集する
- 11.カラーグレーディングをする
- 12.整音する
- 13.CGなどの処理を行う(あれば)
ニコ・トスカーニ
商業映画ならばまず、製作費を集めるという大事な仕事がありますが、ここは映画の中身に関係ないので割愛します。
さて、この中で監督が少しでも関わるものはどれでしょう?
一つか二つ?それとも三つか四つでしょうか?
ニコ・トスカーニ
1の脚本は監督が脚本家を兼任していないならば関係ないですが、脚本が何らかの理由で現場で変更になることなどさして珍しくないので結局無関係とも言い切れません。
2、3のキャストとスタッフの決定は商業映画の場合なんらかの理由(製作委員会に芸能事務所が出資してて主幹事会社から出演権買ってるなど)で全権がない場合もあるみたいですが、どちらも思い切り内容に関係してくるので基本的には関わります。
オーディションがあれば監督は立ち会います。
ニコ・トスカーニ
4のロケ地決定は商業映画だと必ずしも映画監督に権限があると限りません。
というか事情が諸々でご当地映画の場合は、もう出資してくれる自治体などの地域で撮影することありきなので大枠の中で5のロケハンに進むという感じでしょうか。
ロケハンは監督はまず間違いなく関わります。
『サイドウェイ』(2004)『ファミリー・ツリー』(2011)などで知られるアレクサンダー・ペインはロケハンが制作過程で一番好きらしいです。
DVDによく付いてる特典映像でも監督がロケハンに帯同してる姿がよく映ってますね。
ニコ・トスカーニ
6の撮影スケジュール、8の雑事はさすがに関係ありません。
ざっくり食事とか現場のセッティングをするのは制作部、スケジュール調整と進行、小道具管理は助監督の仕事です。
ニコ・トスカーニ
7の美術周りの用意は商業作品だと助監督と美術系スタッフの領分ですが、監督も無関係ではありません。
最終的にどうするか決めるのは監督です。
10~13のポストプロダクションは技術者の領分ですが普通は監督も立ち会います。
特に編集と整音は作品の出来栄えにダイナミックに影響してくるので普通は監督が立ち会います。
ニコ・トスカーニ
北野武は『その男、凶暴につき』(1989)で初めて映画を監督した時「あんなに大変な仕事はあるのかと思った」そうですが、そのぐらい映画監督は色々なことをしなければいけないのです。
助監督って何?【閑話休題】
前述の通り映像の世界では役割ごとに部門が分かれています。
撮影に関わる人たちが所属する撮影部、録音に関わる人たちが所属する録音部、照明に関わる人たちが所属する照明部、制作に必要な雑事を行う人たちが所属する制作部などです。
演出部もあります。
演出部に所属する助監督は監督と美術スタッフなどの橋渡しをする役割で、監督がケアしきれない「演出」を担当します。
商業作品だとチーフ(ファースト)助監督からサードまでの3人体制か、フォースまでの4人体制で序列があります。
映画の助監督は大変ハードなお仕事で、
「助監督を乗り越えれば大抵のことは平気になる」と言われるくらい過酷な役職
春本雄二郎監督は、日芸卒業後、10年近くの助監督を経て、初監督作品『かぞくへ』を超低予算でつくり、
国内海外の映画祭から高い評価を受ける映画監督です#映画好きと繋がりたい pic.twitter.com/k3wsMLDRIx— 映画監督 (@MovieFumiya) February 20, 2020
全員が「演出」に関わる役割ではありますがそれぞれ役割が違います。
助監督それぞれの役割
チーフは最も重要な役割で、ほかの助監督と大きく役割が異なります。
チーフ助監督の主な役割は一言で言うと「進行」です。
撮影のスケジュールを組み、撮影に入るための準備・根回しをします。
円滑な根回しをするには各部門の仕事が頭に入っている必要があります。
ニコ・トスカーニ
チーフの助監督は絶え間なく変化する状況(天気とか誰か遅刻したとか)に対応するために、裏で常に頭を抱えながらスケジュールを切ってます。
監督が実績の無い若手の場合、チーフ助監督の方が監督よりもギャラがいい場合があります。
セカンド助監督は衣装香盤の作成をします。
衣装香盤とはどのシーンでどの役者がどんな衣装を着るかを記したものです。
実際に衣装を用意するのは衣装係ですが、台本を読み込んで文化背景、時代背景、キャラクター設定からどんな衣装にするか調べて資料を提示するのは助監督です。
サード助監督は3人体制では一番下の席次で、カチンコを打ちます。
アメリカではカメラのアシスタントがやるらしいですが、日本では伝統的にカチンコを打つのはサードかフォースの助監督です。
また、小道具系の用意はサード助監督の仕事です。
セカンドの助監督が衣装でやったようなことをサードの助監督は小道具でやります。
フォース助監督がいる場合、カチンコを叩くのはフォースでフォース助監督はサード助監督の補助をします。
ニコ・トスカーニ
エキストラの選別やエキストラの動き、配置などをしている人がいたらその人がセカンド助監督です。
人がいっぱい動く作品になると監督以外のこの「演出部」の腕も重要になります。
数ある国産大作映画でも『シン・ゴジラ』(2016)は演出部の細かい仕事ぶりがよくわかる映画です。
同作は大量のエキストラを動員していますが、画面を見ると大勢のエキストラが淀みなく一つの方針に従って動いているのがわかります。
蒲田東口でやってた映画「シン・ゴジラ(仮?)」の撮影はこんな感じでした。蒲田五丁目交差点から蒲田駅前に向かって全力疾走で逃げ惑う市民の図。特にエキストラ最前列は迫真の演技をしてた印象。 pic.twitter.com/1u2wPPF4bU
— Shimpei Kanada (@kanadashimpei) September 6, 2015
また、現場のつくりこみ(物を配置する、現場の美術を揃える)なども助監督の仕事です。
『シン・ゴジラ』は会議室の場面や、ガレキだらけになった災害現場など大規模な作りこみの必要な場面が大量にありましたが、よく神経が行き届いていることが画面から伝わってきます。
ちなみに、インディーズの現場では専任の助監督がいることはまずありません。
ニコ・トスカーニ
映画監督が撮影中にやること
前の項目でここだけ飛ばした、映画監督が最もエネルギーを使う「撮影する」について詳細に解説します。
編集やロケハンも「脚本を映像化する」という「演出」のプロセスの一部ですが、撮影が「演出」において極めて大きなボリュームを占めていることは間違いありません。
では、撮影で映画監督は何をするのでしょうか?
演技指導をする
これは多くの方のご想像の範囲内ではないでしょうか。
役者の演技について方向性を決めるのは監督です。
殆ど口出ししない人もいれば、何度も執拗にリテイクする人もいます。
#シャイニング
「ジャケットにも採用された、この映画の象徴ともいえる『叩き割ったドアの裂け目から顔を出したジャック・ニコルソンの狂気に満ちた表情』を撮るためにキューブリックはわずか2秒程度のシーンを2週間かけ、190以上のテイクを費やした」。まさに狂気。 pic.twitter.com/qljXQzEDXU— Saitoh Masaya (@MS3110) November 25, 2019
その人の好み次第ですね。
舞台演出出身の映画監督だと演技指導以外技術スタッフに丸投げの人もいるらしいです。
ニコ・トスカーニ
これは舞台の演出でも映像の演出でも同じ要素ですね。
動きを付ける
俗にいう段取りで、現場で監督がする一番大事な仕事です。
これは演技指導に含まれるか含まれないか微妙なところですが、ちゃんと段取りして立ち位置を決めておかないと動いている途中でフレームから切れたり、スタッフが動き方がわからなくて画面に見切れてしまうことが起こります。
助監督がいつもテープを持っているのはバミリ(立ち位置の目印)をつけるためです。
アクションの振り付けも「動き」の一例で、立ち回りをやる際は入念にリハーサルします。
ちゃんとリハーサルしないとカメラやマイクが追えませんし、動きを間違えると事故になる危険性があります。
映画には殺陣師とかアクションコーディネーターと呼ばれるアクション演出の専門家がいますが、彼らが存在する最も重要な理由は事故や怪我を防ぐことにあります。
また、そういった実際的な意味ではなく演出として俳優を動かす場合があります。
これは理屈ではなく、同じフレームでも何も動かないより何か動いていたほうが生理的に退屈しないからです。
例えばテレビシリーズの「相棒」では杉下右京警部が犯人を追い詰める時に、追い詰める右京さんと追い詰められる犯人が話しながら動いて背中越しに会話をして向き直ってまた動いて…みたいな動きをすることがありますが、カメラがピントが合った状態で追えているので、あれは明らかに段取りしています。
つまり、あの動きも演出のうちだということになります。
ニコ・トスカーニ
この「動き」の要素は映像の演出でも舞台の演出でも重要な要素になります。
特に舞台は映画みたいに編集やカメラワークで画替わりさせることができないで、この「動かす」というやり方は舞台の方がより大きな意味を持ちます。
この舞台的な発想を映画で非常にうまく生かしているのが舞台演出家出身のサム・メンデスです。
メンデスは『007 スカイフォール』(2012)を境目に大作映画を手掛けることが多くなりましたが、彼はこの「人を動かす」という方法論を映像の演出で非常に上手く活かしている人です。
多くの映画賞を受賞した『1917 命をかけた伝令』(2019)は複数の長回しをつなげて全編ワンカットに見えるように工夫していましたが、メンデスの美意識が高いレベルで結実した素晴らしい演出だと思います。
👑#1917伝説👑
デビュー作でアカデミー監督賞に
輝いた #サム・メンデス 監督ですが2019年に「#ザ・フェリーマン」で
トニー賞を受賞したように
舞台演出家としても超一流👏「映画」と「演劇」で“演出”の頂点を極めた
当代髄一の巨匠がその至芸を
『#映画1917』で発揮しています💥 pic.twitter.com/MztZRJ3kqY— 映画『1917 命をかけた伝令』公式 (@1917_moviejp) February 18, 2020
また、この「人を動かす」を変態的に上手くやったのが若くして亡くなった相米慎二監督です。
相米監督は1シーンを1カットで撮るワンシーンワンカットの名手でしたが、『セーラー服と機関銃』(1981)は完ぺきな計算の元、フレームの中で何かが淀みなく動き続ける実に美しい演出が発揮されてました。
カット割りを決める
普通、映像作品は複数の異なる画で構成されます。
カット割りとはその構成のことです。
例えば、3人の人物が座って室内で座って会話をしているシーンがあったとします。
こういう場合は普通「3人の位置関係がわかる画(エスタブリッシングショット)」「話している人物の寄り」「話を聞いている人物の寄り(リアクションショト)」の三つで構成されます。
これをどんな順番でどこに持ってくるかを決めるのがカット割りです。
何でこんな面倒臭いことをするかと言うと、3人の会話を全体が見える引き画でダラダラ撮ってお終いでは面白くないからです。
カメラには「対象に寄る」「引く」ということが可能なので、表情を見せたい部分では寄るべきだし、位置関係を見せたいなら引くべきです。
これが間にカメラの挟まらない舞台と、カメラが挟まる映像作品の演出の決定的な差です。
このカット割りは「どこで何を強調して見せるか?それとも敢えて見せないか?」という映像の「見せ方」において重要な部分で、「監督=演出する人」の重要な仕事になります。
カッティングの決定権は基本的には監督にあります。
カッティングの考え方は人それぞれで、最初にみっちり絵コンテを書いてその通りにやる人もいれば段取りで役者を動かして見てから現場で考える人もいます。
ガメラ3の絵コンテ集を読んでますが、いかに映画が絵コンテに忠実か分かる。 pic.twitter.com/f6K2tDohv0
— スガワラタカフミ (@mgs3pwv124) January 20, 2020
ニコ・トスカーニ
カッティングを考えるためにカメラマンと俗にいう割り打ち(カット割りの打ち合わせ)をしたりもします。
もっと細かい話をすると、ピントをディープフォーカス(パンフォーカスとも言う。画面全体にピントがあっている状態)にするか手前に合わせて奥をボカすか、奥に合わせて手前をボカすか。
もしくは途中でピントを送るか、ボカすにしてもどれぐらいボカすかというのもカメラマンと話し合って決めます。
さらにカメラ自体に動きをつけることも多々あります。
パン、ティルト(三脚の首を上下左右に振ること)ぐらいならその場の思いつきでできますが、特機(レールを使った移動ショットやクレーンなど)が入ってくるとさらに話は複雑になります。
特機は準備に時間がかかるので予算と時間の限られている現場ではここというところでしか使えません。
ニコ・トスカーニ
特機をオペレートする人の腕に左右されるのもあるし、画面がダイナミックに動いた時の編集点を見誤るとせっかく苦労して撮っても編集でちゃんと動きが繋がらないという悲しいことがおきます。
画を決める
プロの映画監督にはアルフォンソ・キュアロンやスティーブン・ソダーバーグのように撮影まで兼任する人もいますが、たいてい監督は監督に専念します。
実際にカメラを回すのは撮影部門の技術者です。
じゃあ。同じ撮影監督で同じカメラマンなら監督が違っても同じ画になるのかというとこれは全然違います。
同じ撮影監督、同じカメラマンでも監督が違うと全然違う画になるのは監督の好み、美意識が画面に反映されているからです。
ロジャー・ディーキンスは現代を代表する名撮影監督ですが、コーエン兄弟と組んだ時とサム・メンデスと組んだ時では画が全然違います。
コーエン兄弟と組むとコーエン兄弟お得意のシンメトリーが多用されたいかにもコーエン兄弟っぽい画になりますし、メンデスと組むと主観的な画造りと長回しを多用したメンデスっぽい画になります。
ニコ・トスカーニ
また、画については後処理の工程であるカラーグレーディングにも大きく影響を受けます。
スティーヴン・スピルバーグとかクリストファー・ノーランとか頑なにフィルムにこだわる人もいますが、現在の収録はほとんどがフィルムではないデジタルで撮影されています。
低コストの現場では「log」と呼ばれる映像情報を眠らせておいて編集で色変更(カラーグレーディング)をする形式。
「ムーンライト」は時代ごとに違うフィルムの質感でカラーグレーディングしたらしいけど、個人的には青年編のルックが一番好き。 pic.twitter.com/Gwje2hbtmR
— しかC (@igufoto) December 31, 2017
ちゃんとしたところは「raw」という非圧縮の生データを現像処理して編集で色変更する形式を用いることが多く、後処理の工程の重要度が増しています。
ニコ・トスカーニ
映画監督の仕事とは?まとめ:監督はやることがいっぱい
いかがでしたでしょうか?
映画監督とは「演出をする人」だと定義づけしましたが、演出をすると色々なことに関わらなければいけないことがお分かりいただけたかと思います。
ニコ・トスカーニ
見方が変わりますよ。
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