村上春樹の短編「納屋を焼く」をベースとして映像化を試みた本作『バーニング 劇場版』では、イ・チャンドン監督の新たな視点や解釈が織り交ぜられています。
原作を基礎に置きながらも、人間の感情の機微を生々しく描き出し、観客の想像力を最大限にかき立てるような傑作を作り上げました。
- 現実と想像の境界線はどこか?様々な解釈の可能性を残す展開
- ミステリーにとどまらず、社会の分断をも描く監督の手腕
- 人間同士の探り合い、不穏な空気感を体現する3人の役者の演技力
それではさっそく映画『バーニング 劇場版』について、村上春樹の原作小説との違いや、消えたヘミの行方についてなど私なりに紐解いて考察していきたいと思います。
目次
『バーニング 劇場版』3つの考察
①映画『バーニング 劇場版』の魅力とは
『バーニング 劇場版』から受ける閉塞的な韓国の田舎の風景や物語の展開は、日本でも2018年に公開されて話題となった『哭声/コクソン』を思い起こさせます。
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また、『バーニング 劇場版』と『哭声/コクソン』はどちらもホン・ギョンピョが撮影監督を務めており、徹底した映像美と、どこか浮世離れしたような幻想的な世界観が作り上げられている点が魅力的です。
はっきりとした答えを映画に求める方にとっては半ば消化不良に陥ってしまう可能性もありますが、観終わった後に自分自身で様々な可能性に思考をめぐらせるのも、また映画の楽しみのひとつであると思っています。
②ヘミはどこへ消えたのか?
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ヘミが自分自身で消えたのか、あるいは何者かの手によって消されてしまったのか、特定する術はないのです。
しかし、主人公ジョンスは、彼女の飼っていた猫、自分があげた時計、といった断片的な一つ一つの疑惑を繋ぎ合わせ、揺るぎない「真実」を見つけたように思ったのです。
また、ジョンスにとって決定的だったのはベンとの会話でもありました。
ヘミが失踪する前に、3人でジョンスの家で過ごした時間。
ヘミが先に寝てしまった後、唐突にベンは告白をはじめます。
時々ビニールハウスを焼いていること。
そして、次に焼くビニールハウスはもう決まっていて、それがジョンスの家のすぐ近くのものであること。
この会話を終え、ベンたちと別れた後、ジョンスはランニングをしながら近所のビニールハウスをくまなく見て回ります。
しかし、どれも一向に燃やされる気配はありません。
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“ビニールハウス”はあくまでメタファーであり、それが女性を意味しているのではないかということ。
そして、ベンが次に燃やすと言ったのはヘミのことではなかったかということ。
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アフリカから帰ってきた日も「消えてしまいたい」と泣いていたヘミの様子からは、彼女が極めて不安定な状況で、どこかに逃げ場を求めていたことが伝わってきます。
当然、ヘミが自分自身で失踪した可能性も大いにあるのです。
劇中では、ヘミがベンにメタファーの意味を問うシーンがありましたが、まさに映画で登場した個々のパズルのピースはあくまで一つ一つの事象にしか過ぎません。
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ジョンスが失踪したヘミの部屋を訪ね、パソコンに向かって文章を打ち、カメラがだんだん引いていくシーン。
ここでエンドロールが流れると思わされるような場面でした。
ジョンスは小説家志望と言いながら、ここまでのシーンでは彼が小説を書くシーンは一度も描かれることはありませんでした。
しかし、この終盤のシーンではジョンスがヘミの部屋で小説を執筆しているような様子が映し出されます。
もし、ジョンスが文章を書き始めていたのだとすると、これ以降のラストシーンは彼がすべてのピースを頭の中で結び付けたものを、小説としてフィクションに落とし込んだその様子であるとも言えます。
ジョンスが頭の中でたどり着いたひとつの正解に対して彼が実際に行動を起こしたのか、もしくは小説という形で彼なりに自分を理性的におさめようとしたのか。
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③村上春樹の原作「納屋を焼く」との違い
村上春樹の原作「納屋を焼く」では、主人公は既婚であり、知り合いのパーティーで出会った女性(劇中のヘミ)とは友人という設定になっています。
物語の中で主人公が感情を露わにすることはなく、出来事は淡々と語られていきます。
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映画の中では、特にジョンスがヘミに対して想いを深めるに従って、彼自身の理性が揺らいでいく様子が非常に迫るものがありました。
原作では淡々と目の前で移り変わる状況を飲み込んでいく主人公の姿がありますが、『バーニング 劇場版』では電話ひとつに飛びついてしまうような、冷静さを次第に欠いていくジョンスの様子が映し出されるのです。
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イ・チャンドン監督のインタビューにおいても、監督が展開を緻密に計画していたことが語られています。
「最後のシーンで2人がぶつかり合う。けれど、別の見方をすると2人が1つになる過程を見せているとも思っています。」
出典:movie.walkerplus.com
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主人公ジョンスが住むのは、ソウルから1時間ほどかかるパジュという地域で、北朝鮮との軍事境界線に接しているエリアです。
それに対して、ベンはソウルの中でももっとも高級な江南エリアに住んでおり、外車を乗り回して生活しています。
ヘミもジョンスとパジュで育った幼馴染で、アルバイトをして生計を立てています。
ヘミは若いうちから裕福な生活を送るベンに憧れのような感情を抱いており、一方でジョンスはそんなベンに疑惑の目を向けるのです。
持たざる者と持てる者を隔てる大きな壁、それが引き起こす人間同士の探り合い、重大な疑惑と混乱。
ミステリー要素が強い短編作品に、社会的な要素を加え、より入り組んだ物語に仕立てあげた監督の手腕は素晴らしく、『バーニング 劇場版』は傑作としか言いようがありません。
『バーニング 劇場版』3つの考察まとめ
以上、ここまで映画『バーニング 劇場版』について考察してみました。
- ジャンル分けできないような多様な側面を持つ『バーニング 劇場版』という映画
- 村上春樹の原作に新たな視点を盛り込み、複数の解釈の可能性を残す
- 息をのむような後半の展開、自分自身の価値観も揺るがしてしまうような演出は必見