今回は、巨匠イングマール・ベルイマンが愛した北欧の島を舞台に、監督夫婦の心の移ろいを描いた映画『ベルイマン島にて』をネタバレありでご紹介します!
主な見どころは以下の2点です!
・ベルイマン島の”魔法
一見、硬派なヒューマンドラマに思えますが、かなりトリッキーな展開や演出を見ることができます!
目次
映画『ベルイマン島にて』に出演するキャストは?
映画『ベルイマン島にて』で主人公・クリスを演じるのはルクセンブルク出身の俳優ヴィッキー・クリープス。
ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『ファントム・スレッド』(17)で一気に認知度を上げ、その後も『蜘蛛の巣を払う女』(18)や『オールド』(21)など大作にも出演しています。
今作の監督ミア・ハンセン=ラブも、『ファントム・スレッド』の演技を見てキャスティングに至ったそうです。
クリスの夫トニーを演じるのはイギリスの俳優ティム・ロス。彼の名を知らなくとも『レザボア・ドッグス』(92)のミスター・オレンジ、『海の上のピアニスト』(98)の主人公1900と聞けば「あ~!あの人か」となる人もいるのでは?それくらい、数々の名作の顔となっている大御所です。
また、クリスが執筆する脚本の劇中劇に登場する主人公・エイミーを演じるのは『アリス・イン・ワンダーランド』(10)のアリス役を演じたことで注目を集めたミア・ワシコウスカ。今回はベッドシーンも演じており、大人びた演技が印象的でした。
エイミーの相手役を演じるのはノルウェー出身の俳優、アンデルシュ・ダニエルセン・リー。『オスロ、8月31日』(11)では主演を務めるほか、ミア・ハンセン=ラブ監督の元夫であるオリヴィエ・アサイヤス監督作『パーソナル・ショッパー』(16)にも出演しています。
それでは『ベルイマン島にて』をネタバレありでレビューします。
『ベルイマン島にて』あらすじ【ネタバレあり】
名匠イングマール・ベルイマンが愛した島
アメリカで映画監督として活動するカップルのクリスとトニーは、創作活動のためにスウェーデンのフォーレ島を訪れる。そこは2人が敬愛する巨匠、イングマール・ベルイマンが愛し、晩年を過ごした島でもあった。
創作活動だけでなく、夫婦の関係も停滞気味であるクリスは、心機一転ここで滞在して脚本を書きあげようとするが、なかなか思うように筆は進まない。
一方、クリスよりも著名な監督としてキャリアを築いているトニーはクリスにアドバイスをしているようで、肝心なポイントは教えないなどドライな対応。
おまけに自分の作品については明かさない態度に対して、クリスは不満を募らせる。
しかしクリスはトニーと島でのツアーを回る約束をドタキャンし、卒業制作のためにフォーレ島に訪れていた青年・ハンプスと各地の名所を回ると、不思議とクリスにも脚本のアイデアが浮かび始める。
ハンプスとの出会いでクリスにも変化が…?
以下、映画『ベルイマン島にて』のネタバレがあります!ご注意ください。
クリスは脚本のプロットをトニーに聞いてもらい、映像化できるかどうかの相談を持ち掛ける。
物語の主人公・エイミーは監督であり、友人の結婚式のためにフォーレ島を訪れる。そこで15歳のころに恋に落ちた青年・ヨセフと再会する。
彼への想いが消えていないエイミーは、妻のいるヨセフと愛をかわすも、ヨセフは数日後、別れも告げずに島を去る。絶望したエイミーが迎える結末とは…。
クリスはこの物語の結末をどうすべきか悩んでいたが、結局トニーは的確なアドバイスをくれることはなかった。
その後、トニーは仕事の関係で急遽3日間アメリカに戻ることになった。すると、クリスは(劇中劇で)エイミーが着ていた服と同じものを身につけ、エイミーが渡されたメモを頼りに、ベルイマンの自宅を探し出す。
そこにはハンプスがおり、クリスをベルイマンの妻の部屋に案内する。そこにあった寝椅子で横になるクリス。
目が覚めると、そこには劇中劇で「ヨセフ」を演じていた俳優のアンデルシュがいた。時はクリスがトニーに聞かせていた脚本の撮影日になっていた。
撮影を終えたアンデルシュが島を後にすると、入れ替わるようにトニーが娘を連れてしまにやってくる。娘を見つけると、クリスは思いっきり抱きしめて笑顔を見せるのであった。
『ベルイマン島にて』感想
作中のキーワードを解説
それでは、さっそく映画『ベルイマン島にて』の感想をまとめていきます!っとその前に…。
本作で登場する用語・ロケ地について簡単に解説しておきます。
・イングマール・ベルイマン(Ernst Ingmar Bergma)
スウェーデンの映画監督。『第7の封印』(57)でカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞し、ほかにもベルリン国際映画祭金熊賞、アカデミー賞外国語賞などあまたの映画賞を受賞している巨匠です。かのスティーヴン・スピルバーグやマーティン・スコセッシなど、多くの著名な監督に影響を与えてきました。
・フォーレ島
ベルイマンが晩年を過ごしたスウェーデンにある島。不思議な形をした岩をはじめ、ベルイマンが自身の作品の舞台にしたことでも知られ、多くの映画ファンが訪れる。島にはベルイマンの自宅や、ゆかりの品も見ることができます。
・ベルイマン・エステート
作中では明言されていませんが、クリスたちが島に滞在するときに利用した滞在制度。
世界中のクリエイターや学者たちに開放されたフォーレ島の施設は、申請時に「コミュニティに対して文化的な還元の仕方」をプレゼンして、申請が通ると無料で宿泊施設が利用可能になります。ちなみに申請目的はベルイマンに関係なくてもOKだそう。
・オリヴィエ・アサイヤス
本作の監督であるミア・ハンセン=ラブの元夫で映画監督。
映画『ベルイマン島にて』のクリス・トニー夫婦は、ミア・ハンセン=ラブと
オリヴィエ・アサイヤス監督をモデルにしています。
例えば、作中でトニーは娘に、次の映画は幽霊が登場すると話していますが、それはアサイヤス監督の過去作『パーソナル・ショッパー』のことを言っていると思われます。
『ベルイマン島にて』はハンセン=ラブ監督とアサイヤス監督の関係も反映された作品であることは明らかであり、二人の関係性を知っていると、本作の見え方も変わってくることでしょう。
全然関係ないですけど、『パーソナル・ショッパー』も面白いのでおススメです。
作家性と人間性の違い
クリス(とハンセン=ラブ監督)はイングマール・ベイルマンを敬愛しながらも、彼の人間性には首をかしげる場面があります。
ベルイマンは映画監督としてはものすごい偉業を成し遂げた人物ですが、私生活はいろんな意味で破天荒。なんと妻は生涯にわたり6人もおり、子どもは9人いました。
無論、これだけの作家生活を送っているため、子育ては全部妻に任せきり。それを聞いたクリスは、自身にも幼い娘がいることもあって、ベルイマンではなくその妻たちに感情移入します。
自分が尊敬する人間の作品は好きだけど、その私生活は好きになれないジレンマは、クリスでなくとも感じたことのある人は多いのではないでしょうか?
「ベルイマン島」でベルイマンや彼の作品と向き合うと同時に、自分自身を見つめなおしていくクリスの繊細な変化は大衆映画にはない良さがありました。
ハンセン=ラブ監督作品は、DJで成功を目指す青年の『EDEN/ エデン』(14)や、ミドルクライシスを描いた『未来よ、こんにちは』(16)もそうですが、人生の節目・振り返りを題材とした丁寧なドラマが何ともたまりません。
ベルイマン島の”魔法”
本作のラストでは、時間が急にとんだり、クリスのプロットとなる劇中劇と現実の様子が不思議に重なる演出が立て続けに起こります。
作品では以下の順で描かれました。
・クリスがトニーにプロットを話す
↓
・劇中劇のシーン
↓
・トニーがアメリカに3日ほど戻る
↓
・劇中劇のエピローグ…と思いきや、そこには劇中劇でエミリーが着ていたものと全く同じクリスの姿
↓
・ベルイマンの自宅で寝落ちするクリス
↓
・目が覚めると、実際にクリスが監督となって撮影されている最中に
↓
トニーが娘を連れてフォーレ島に戻って(正確には訪れて?)くる
↓
・娘とクリスが抱き合って映画は終わる
このように実際の世界と劇中劇が入り乱れ、さらには時間が飛躍してクリスやトニーの関係にどんな変化があったのかを、視聴者が想像する余地を大きく持たせる演出がなされています。(ただこれがハンセン=ラブ監督の自伝的作品と考えれば、クリスとトニーの夫婦としての関係はよくなっていない可能性が大)
ただし、ハンセン=ラブ監督自身はクリスとトニーの関係に対して、かなり遠回しながらも、作品のパンフレットで意味深な回答をしています。
・監督が興味を持ったのは、クリスとトニーにまだ「同情心」がある点
・それぞれの虚構が理由で、2人の間に溝が深まっても2人はどうやって旅を続けていくのか?
“それぞれの虚構”というのは、お互いが手掛けている作品のことでしょうか。自伝的ではありながらも、あくまでキャラクターと自分自身を切り離しているかのような回答も気になります。
クリスとトニーが破局するかどうかは、この作品において重要な内容というわけではないのかもしれません。
夫婦で同じ仕事はいい面も悪い面もある
突然ですが、皆様は職場内恋愛や結婚って、アリですか?ナシですか?
どちらが良い・悪いという話ではなく、社内恋愛ってメリットもあればデメリットもあると思うし、それこそお互いの性格や価値観次第だと思うのです。
そして、今回の『ベルイマン島にて』では映画監督という(職場内ではないけど)同業者カップルの仕事風景を見ることができます。
その様子は切磋琢磨というより、夫婦という非常に小さな枠内にもかかわらず、キャリアにものを言わせて上から目線な夫と、それに抑圧されている妻の構図でした…。これは明らかによくない…。
筆者はアンチ亭主関白ということもあり、そもそも夫婦は対等であるべきだと考えているので、仕事のアドバイスだってキャリアとか関係なしに、誠実に答えてあげるべきだと思うんです。
同じ仕事をしているカップルなら、仕事の悩み相談とかはかどりそうだと思ったのですが、そこにキャリアの差ができると、あまりいい方向には転がらなさそうですね…。
今回は映画監督というケースではありますが、図らずしもトニーの振る舞いは反面教師的な要素も結構あります。いろいろ夫婦生活で学べるところもあるなあと思いました。
それにしても、このトニーをアサイヤス監督のモデルと知っている人は多いと思うのですが、当人はどういう気持ちでこの映画を観るんでしょうか…汗
自分はアサイヤス監督のファンなので、さながらベルイマンの結婚生活を知って幻滅しているクリスと近い感情になりつつあります(笑)
『ベルイマン島にて』あらすじ・感想まとめ
・作家性と人間性の違いをまじまじと感じられる作品
・夫婦で同じ仕事はいい面も悪い面もある、ちょっと「反面教師」的な内容がツボでした。
以上、ここまで『ベルイマン島にて』をレビューしてきました。
シンプルな作風に見えて、後半からラストはかなり特殊な演出が印象的な本作。
フォーレ島の美しい風景やベルイマンの自宅の内装など、内容とは別の見どころも多い作品でした。上映時間が114分なのに対して、体感だと2時間半くらいに感じたのはしんどかったですが…汗
それを踏まえても良作であったので、カップル関係や仕事へのモチベーションなどに悩みを抱えている人にも良い作品かと思います!