人を殺した男、殺された女、浮かび上がるもう一人の男、殺人者を愛した女。
なぜ殺したのか、なぜ愛したのか。
そして、人間に“良心”はあるのか。
『怒り』の原作・吉田修一と監督・李相日による2010年公開された“人間の本質は善と悪”をテーマに描かれるヒューマンミステリードラマの傑作映画です。
- 原作、監督のタッグ的な観点から『怒り』が好きな人には刺さる作品
- 何が善で何が悪なのか。法的に見れば殺人は絶対的に“悪”ではあるけれど…とか色々と考えさせられます
- 要所要所で寄り添うように流れる久石譲の音楽も、どこか切なく胸を抉ります
それではさっそく映画『悪人』をネタバレありでレビューしたいと思います。
目次
『悪人』作品情報
作品名 | 悪人 |
公開日 | 2010年9月11日 |
上映時間 | 139分 |
監督 | 李相日 |
脚本 | 吉田修一 李相日 |
原作 | 吉田修一 |
出演者 | 妻夫木聡 深津絵里 岡田将生 満島ひかり 塩見三省 池内万作 光石研 余貴美子 井川比佐志 松尾スズキ 山田キヌヲ 韓英恵 中村絢香 宮崎美子 永山絢斗 樹木希林 柄本明 |
音楽 | 久石譲 |
『悪人』あらすじ
若い女性保険外交員の殺人事件。
ある金持ちの大学生に疑いがかけられるが、捜査を進めるうちに土木作業員、清水祐一(妻夫木聡)が真犯人として浮上してくる。
しかし、祐一はたまたま出会った光代(深津絵里)を車に乗せ、警察の目から逃れるように転々とする。
そして、次第に二人は強く惹(ひ)かれ合うようになり……。
出典:シネマトゥデイ
【ネタバレ】『悪人』感想レビュー
殺された女
保険外交員の石橋佳乃(満島ひかり)は、仕事終わりに女友達と飲みながら女3人で気兼ねなく楽しい時間を過ごしていました。
最近できた彼氏は、老舗旅館の息子で大学生の増尾圭吾(岡田将生)という話で盛り上がりますがその実、圭吾からしてみればダーツバーでナンパしただけで佳乃が一方的にしつこく連絡をしてくるだけの関係でした。
一方で佳乃は出会い系で知り合った清水祐一(妻夫木聡)と体の関係を持っていました。
佳乃いわく一緒にいても楽しくない、解体作業員の仕事をしている男。ただセックスだけは上手い。
それだけの関係なのに、祐一は長崎から佳乃のいる久留米まで一時間半かけて会いに来ているといいます。
飲み会の帰り、佳乃は祐一と待ち合わせしていましたが、その途中で偶然そこを通りがかった圭吾に会い、祐一との約束を冷たく放棄して圭吾の車に乗ってどこかへ行ってしまうのでした。
翌日、佳乃の父(柄本明)が営む理容店に警察から電話がかかってきます。
警察署に向かうと、そこには変わり果てた姿の佳乃が…。
顔にあざを作り、裸足で冷たい台の上に横たわっていました。
容疑者として名前が挙がったのは、圭吾でした。
人を殺した男
その日、祐一は仕事を終えて解体業を経営している大叔父・矢島憲夫(三石研)と家に帰りました。
風呂に入って飯を食って、あとは祖父の病院の付き添いと仕事。
それ以外にも、矢島は近所の老人たちの面倒を見ていたりもする祐一を不憫に思ってか、重機の免許をとるため来月あたり長期休暇を取ってもいいと持ちかけました。
ある雨の日、祐一が祖母(樹木希林)と晩御飯を食べている時、祖母は昼間に仕事場に警察が来たという話をしました。
祐一が出会い系で知り合い関係を持っていた佳乃のことについてでした。
容疑者は福岡の大学生だという目星がついているというところまで聞いたとき、祐一は吐き気に襲われ、心配する祖母をよそに外に出て愛車に閉じこもりました。
携帯に保存していた佳乃の動画を削除したところで、メールの着信が鳴り響きます。
二ヶ月ほど前にメールのやりとりをしていたという佐賀に住む女性からでした。
殺人者を愛した女
佐賀にある紳士服店で販売員をしている馬込光代(深津絵里)は控えめでおとなしく、接客の物腰は柔らかい女性です。
土砂降りの雨の日に仕事を終えて家に帰ると、光代とは対照的な性格の妹が彼氏を連れ込んでいました。
妹と彼氏は外食すると言い、光代は家に一人。
晩御飯を食べていたとき、ふと妹の部屋のベッドが目に入って、そっと戸を閉めました。
翌日、仕事が休みだった光代は、駅前で待ち合わせをした誰かの姿を待っていました。
そこに現れたのは祐一でした。
祐一が運転する車の中で、光代はまさか自分が祐一のような金髪の人とドライブするとは思わなかったとどこか少し嬉しそうに言います。
行き先は、前にメールで話していた灯台にするか、食事をしてからにするかと切り出したところ、祐一はホテルに行くと言いました。
行為のあと、光代はぼんやりとホテルに来る間に通った国道沿いにある靴屋の話をし始めました。
そこから少し行ったところにある高校に通い、小学校も中学校もすぐ近く、今の職場も国道沿い。
気が付いてみれば、自分は国道を行ったり来たりしているだけで同じエリアから少しも出ずに生きてきたと言います。
話を聞いた祐一は自分も同じようなものだと返しました。
シャワーを浴びた光代は、祐一にお昼は何を食べようかと声をかけましたが、祐一は一万円を渡し「これしかない」と言うだけでした。
駅まで送ってもらった帰り際、光代は本気でメールしていたと打ち明けました。
普通の人は遊びとか軽い気持ちかもしれないけれど、自分は本気だったと。
そしてホテルで渡された一万円を祐一に返し、車から降りました。
真相に近づいていく周辺
祐一と光代が出会った一方で、圭吾が警察に身柄を確保されます。
カプセルホテルで身をひそめていたところを発見され連行されたのです。
佳乃の父のところへそれを伝えに行った警察いわく、佳乃を殺した犯人は別にいるかもしれないとのことでした。
事件の当日、二人が峠へドライブに行ったのは確かでしたが、圭吾は殺すまでのことはしていなかったのです。
よく知りもしない男の車にひょこひょこ乗ってくる安っぽい女はタイプでもないと事件現場の道に蹴り出しただけ、というのが圭吾の言い分でした。
その頃、祐一は佐賀の紳士服店、光代の職場を訪れていました。
祐一は仕事中ずっと光代に謝りたいと考えていて、衝動的に長崎から来てしまったと言いました。
そして自分も本気で誰かと出会いたくてメールをしていたと告げました。
光代を家まで送り、長崎へと戻る途中で祖母から電話がかかってきます。
警察が家に来ているというのを聞いて、祐一は光代のところまで引き返しました。
そして、もっと早く光代に出会っていたかったと言い、状況も何もわからないままの光代を車に乗せてどこかへと走り出しました。
戻れない二人
昼間になり飲食店に入って、いつもだったら働いている時間に初めてズル休みしていることを暢気に嬉しそうに光代が話していると、向かいに座っていた祐一が泣きながら「人を殺してしまった」と言いました。
そして、光代と知り合う前に知り合った佳乃から「会いたかったら金を払え」と言われていたことや、佳乃と約束していた夜に他の男の車に乗っていくのを見てバカにされたような気持ちになって殺してしまったこと、どうしたらいいか分からずに誰かと話したい気分だったときに光代からメールがきたことを打ち明けました。
それからどれくらい経ったのか、外は雨が降っていました。
二人は警察署の前の交差点の車の中にいました。
祐一は、光代に車から降りて欲しいと言います。
これ以上は迷惑をかけられないから、と。
しかし、光代は「祐一に出会ってやっと幸せになれると思った」と言い、罪を償って出てくるまで待っていると祐一を送り出します。
土砂降りの中、警察署に向かって歩く祐一の後姿を見つめていた光代は、たまらなくなってクラクションを鳴らしてしまいました。
そして、二人の逃亡が始まります。
たちまち世間では祐一が指名手配犯としてワイドショーなどで取り上げられ、写真も公表されてしまったために二人は人のいないところへと身を隠しました。
知り合った頃にメールで話していた灯台で、祐一は幼いころに母親から捨てられたことを打ち明けました。
周りには、母親は絶対に戻ってくると言っていたのですが、誰一人として信じてくれなかったことも。
“悪人”
暖房器具もない灯台でたき火と毛布だけで暖をとり、買いためた食料で食い繋いでいましたが食料は底を尽きてしまいます。
そろそろ買い出しに行かないと、と言う光代に祐一は「もういい」と言いました。
ずっと一緒にはいられないと言う祐一に、光代は「あんなことしなかったら一緒にいられた」と返します。
祐一は、光代と出会うまでは佳乃の事件に対して罪悪感も何もなかったはずなのに、出会ってからは一緒にいればいるほど苦しくなっていったのでした。
その後、光代は妹に公衆電話から連絡をしました。
心配をかけて悪いけど“彼”のことが大事だからあと一日だけでも一緒にいたいと言う光代に、妹は容赦ない言葉をぶつけてきました。
光代が一緒にいるのは殺人犯だとか、あんたのせいでどれだけの人に迷惑がかかっているのかとか、まだ暴言の途切れない電話を途中で切って茫然としていると後ろから警察に話しかけられ、光代は保護されてしまいます。
保護されたのは町の小さな交番だったのでどうにか抜け出し、祐一の待つ灯台へ向かいます。
別れの時が迫っていることに、自分のわがままで逃亡させてしまったのに何もしてあげられなかったと光代は泣きました。
祐一が「俺はあんたが思っているような男じゃなか」と光代に馬乗りになって首を絞めたところで、灯台周辺を取り囲んでいた警察官たちが突入して来ました。
祐一の逮捕後、まだ寒い日常に光代は愛おしい人を想いつつ、佳乃の事件現場へ花束を手向けに行きました。
しかし、佳乃の父親がやってきたことで花束を持ったままタクシーに戻ってしまいます。
事件に対して「世の中にはひどい男がいるものだ、人間のできることではない」と言うタクシー運転手の言葉に、光代は「そうですよね、世間で言われるように“あの人”は悪人なんですよね」と言うのでした。
映画『悪人』のざっくりとした感想
本当にやるせない。
マジで祐一は佳乃なんかに出会わずに光代と出会っていたら良かったのに、と思わずにいられません。
たった一つの歯車ですべてが狂ってしまった感。
でも、なんかこういう何かがちょっと違っていたら、とか出会う順番が違っていたら、なんていうのは現実に起こり得そうな話として妙にリアルで好きです。
物語の主軸にいる祐一や光代、佳乃、圭吾それぞれのエピソードもなかなかに心を抉られるんですが、周りの人たちの場面も結構キツかったりします。
特に佳乃の両親の描写が悲しくて仕方ない。
死体になった娘と対面した両親の場面とか、父親が事件現場に行って、佳乃の幻を見て「お前は悪くない」って頭を撫でる場面とか。
圭吾のところに殴り込みに行って力なく、でもガツンとくる言葉を吐き捨てて帰っていくところとか。
祐一の家庭環境も穏やかではなくて切ないです。
母親との関係もそうだし、大叔父や祖母との関係も。
場面の切れ目に割と祖母の場面が挟まれている印象なんですけど、祐一が初めての給料で買ってくれたものを大事そうに撫でているところとかそういうちょっとした描写が切ない。
祐一が指名手配されてメディアに名前も顔も晒されて、祖母もメディアに追いかけられることになってしまって。
家からバス停まで報道陣のカメラに追われる場面があるんですけど、そこでのバスの運転手の言葉が良いです。
めちゃくちゃ個人的なことを言うと、樹木希林は私の祖母に似ているんですよね…もう亡くなっているんですけど。だから余計になんか切ない。
そして見出しにも書きましたが『怒り』の原作と監督がタッグを組んでいる作品ということで、私はどちらも好きです。
見た順番としては公開順に沿って『悪人』の方が先で、後から『怒り』を見てこっちも好きだな~と思ったパターンなんですが。
『怒り』は見たけど、『悪人』はまだ見たことがないっていう人には全力でおすすめしたいです。
映画『悪人』の好きな場面など。
光代が祐一と会ってホテルに行ったあと、祐一の車から降りて駐輪場で自分の自転車の鍵を開けているところ。
本気で出会いを求めてメールしてたのに、祐一が体目的みたいな態度を取ったことで一人になった駐輪場で泣いてしまうんですけど。
光代の奥手さというか純粋さみたいなものを印象づける場面になっていると思います。
二人の逃亡が始まって、メールで知り合った頃に話していた灯台に行くところも好きです。
見ている側としては“ここの灯台の話をしてたんだなぁ”って想像できて合致するというか。
そこで身を隠すことにして、寒いからお湯を沸かしてタライに入れて、祐一が光代の足を温めてあげるんです。
そのとき夢を見たっていう話をするんですけど、それもまた良い。
ずっと逃げられるわけがないことは二人もきっとわかっていて、だから何気ないような小さな幸せみたいなものが凄くグッときます。
あとは光代が交番に保護された時、戻ってこない光代を想って祐一が毛布を抱き締める場面。
子供みたいな顔して、捨てられた小さい子みたいな顔して毛布をギュッとするのが涙腺直撃します。
そしてラストシーンで光代がタクシーの運転手に言う言葉は、そのままそう思っているわけではないんじゃないかな…というのが個人的な気持ちだったりします。
もう二人は巡り会わないのかな。
フィクションだから“この先”なんて公式にはないんですけど、どうなるのか知りたいところです。
『悪人』まとめ
以上、ここまで映画『悪人』についてネタバレありで紹介させていただきました。
- 胸糞エンドではなく、やるせないエンドが好きな人におすすめ
- 物理的に起こってしまったことと、心情であったり気持ち的な内面のこと。善と悪のコントラストが絶妙に描かれていると思います
- 結末に近づくにつれて祐一と光代の不器用なまでの純粋さを感じる場面が切なくて抉られる作品です