原作はベストセラー作家・伊坂幸太郎の小説!
純朴を演じる天才・濱田岳と、奇妙を体現できる・瑛太が繰り広げるコミカルだけど泣くほど切ない、愛と恐怖のミステリー。
- 前半は青春群像劇、衝撃の真実を知った後半はミステリー、ラストはさらに面白くなるからたまらない!
- 映像化は困難だろうといわれていた難関小説を、見事に表現。
- 都市伝説芸人・関暁夫の狂気に満ちた怪演は鬼気迫るものがあり必見
- どれが伏線か全然分からない、一筋縄ではいかないミステリー
それではさっそく『アヒルと鴨のコインロッカー』をレビューしたいと思います。
目次
『アヒルと鴨のコインロッカー』作品情報
作品名 | アヒルと鴨のコインロッカー |
公開日 | 2007年6月23日 |
上映時間 | 110分 |
監督 | 中村義洋 |
脚本 | 中村義洋 鈴木謙一 |
原作 | 伊坂幸太郎 |
出演者 | 濱田岳 瑛太 田村圭生 関めぐみ 松田龍平 大塚寧々 岡田将生 関暁夫 |
音楽 | 菊池幸夫 |
主題歌 | ボブ・ディラン「風に吹かれて」 |
【ネタバレ】『アヒルと鴨のコインロッカー』あらすじ・感想
椎名(濱田岳)のどこか不思議な人間性にハマる
東京から「銘菓ひよこ」を持って仙台の大学に進学した椎名(濱田岳)。
唯一好きで歌えるボブ・ディランの「風に吹かれて」を口ずさんでいたことで、ある事件に巻き込まれます。
この椎名、とにかく流されやすい。
坂道を転げ落ちるようにクルクルッと巻き込まれていく様子に、ハラハラさせられます。
謎多き前半を放棄せずに見ていられるのは、椎名の魅力による力が大きいです。
後半で面白いほど数珠つなぎに伏線回収が行われるので、ぜひ前半部分は集中していただきたいです。
椎名の「自分が薄い」いかにも流されやすそうな性格がコミカルに描かれています。
濱田岳さんのナチュラルな演技は見ごたえありますよ。
日本人に似ているブータン人の特徴を活かした秀逸な構成
住むことになったアパート、椎名の部屋の隣にはブータン人が住んでいます。
その人物の名前はドルジ(田村圭生)。日本人にしか見えない容姿です。
彼女と別れて1年前から塞ぎこみ、部屋に引きこもっているという謎めいたこのブータン人男性を巡って、ストーリーが進んでいきます。
アパートの扉前、椎名がボブ・ディランの「風に吹かれて」の鼻歌を歌いながら引っ越しの片づけをしていると、後ろから声をかけてきた隣人の河崎(瑛太)。
どうやら彼も「風に吹かれて」が好きらしい…半ば強引に河崎の部屋に入れられ「一緒に本屋襲わないか?」と言われた椎名。
聞けば落ち込んでいるブータン人・ドルジを励ましたい、彼が知りたいといっていた「アヒルと鴨の違い」の答えを教えてあげたいから、「広辞苑」を本屋から盗んできたいというんです!
浅黒く超怪しい男・河崎は掴めない印象…まさかと思っていたら、なんと椎名は河崎に押しきられ、本屋への強盗に協力してしまいます…。
河崎がただの隣の隣の隣人のブータン人・ドルジを救うことに固執する訳、そして本屋を襲い「広辞苑」を盗まなくてはいけなかった理由。
なぜ河崎という男は怪しく感じるのか、不可解な河崎の行動の意味深さは後々に分かってきますが、これには唸ってしまいました…。
中盤、全ての伏線が見事に回収されていくんです!
よく映像化できたな~と演出の凄さに何度観ても驚かされます。
そして謎を解くカギとして、ブータンの信仰や風習、罪に対する因果応報という考え方、そして生まれ変わりの概念などが、物語のとても重要な根幹を成しています。
- 神様の代わりを信じている(何かを神様の代わりにする)。物語の中では「ボブ・ディラン=神様」としています。
- ブータン人は死を恐れない。生まれ変わりを信じているから。
- 罪を犯したら何か悪いことが身に降りかかるという考え方。
- 石を投げるブータン独自の遊び
- 鳥葬の文化
- 蚊も殺さない、吸わせてあげるという国民性
ブータンに関わる事柄に注目してみると、さらに面白味が増してきます。
本当に秀逸な構成です。
椎名(濱田岳)がいる現在と…もうひとつ交差するのは2年前の過去
椎名がまだいない2年前、アパート界隈で飼い犬や飼い猫を虐待し、殺害する事件が多発していました。
2年前の主人公・琴美(関めぐみ)はペットショップに務めており、この事件に心を痛めていました。
実は琴美は河崎の元彼女、そして唯一河崎から逃げ出した女性。
さらには、ブータン人のドルジとも深く関わりのある女性です。
琴美が虐待の現場をドルジと一緒に目撃。
正義感の強い琴美は、ペット殺害の犯人に「警察に言ってやる」と追い詰めてしまうところから、急激に恐怖感が増します。
琴美は犯人たちに個人情報の塊である「通勤定期」を拾われてしまいます。
犯人による彼女への脅迫・嫌がらせは次第にエスカレート、ついに命まで狙われそうになる状況までに…果たして2年前の琴美はどうなってしまうのか!
そして河崎、ドルジ、琴美…3人の真相が少しずつ明らかになってきます。
琴美の登場する2年前は、モノクロ映像の描写で描かれます。
現実と過去が交互に飛び込んできますが、しっかり理解できるのは過去がモノクロ演出というはっきりした線引きの賜物。
この工夫によって、知らないうちに自然とミスリードに導かれ…それに気づいたときには「してやられた感」を嬉しく感じてしまいました!
異なる2人から、繰り返し発せられるセリフは鍵
- 「(名前の呼び方に)“さん”はいらない、“河崎”呼び捨てにすると親しく聞こえるだろ?」
- 「神様を閉じ込めるんだよ、神様に見て見ぬふりしてもらおうよ。」
この台詞は、繰り返し2回登場します!
誰が話すのかがとても重要なポイント!心が動かされるとき、相図のように発せられます。
言葉の力を使うのが上手いなぁと感じ、伊坂幸太郎がなぜ人気なのか理解できます。
作者の手のひらの上で操られている感覚!
体験型のミステリーが増える中…本作のように「傍観者として客観的にストーリーを観ることができるもの」はトリックを発見しやすく、ラストも想像できがちですよね。
しかし、本作は予測を上回ってきます。
ミステリーの王道を行きながらも、予測できない結末が用意されている新しさも入っています。
大事なアイテム「ドルジの音声レコーダー」
留学生ドルジが「日本語を学ぶため」に常に携帯しているのが、音声レコーダーです。
小さな録音器具の中には河崎の秘密が入っています!
河崎という謎すぎる男が隠している切ない事情が明らかになったとき「変だな~」と思っていた言動に意味があったと知ります。
音声レコーダーがスパイ映画のような面白い使われ方をするのです。
大事なキーパーソン!ペットショップの店長・麗子(大塚寧々)
琴美が勤務するペットショップの店長・麗子(大塚寧々)。
ミステリアスな彼女は、大事なキーパーソンです。
無表情で抑揚なく話す麗子は、ストーリーの「気持ち悪さ」のようなものを増す役割をしています。
観る側の心理を先回りするように現れ、見事に整理して去っていきます。
麗子が出てきたら、浮かんだ謎がキレイにおさらいできるのです。
最後に麗子が話す印象的な言葉があります。
「助けられる人は助けたい…最近そう思うようになった」
この一言です。
麗子が切実にそう感じるようになった理由は、ストーリーの中に答えがあります。
この映画の中で一番心に響いたセリフでした。
要所に感じるドルジ(田村圭生)の河崎(瑛太)に対する憧れ
ラストにすべての伏線が回収され、もう一度振り返るとドルジの河崎への強い憧れが浮き出てきます。
河崎の着ていたボロボロの上着を愛用し、河崎のように振る舞い、河崎の意志を継ぐ。
幸せの国からやって来たドルジは、自分の国の思想を捨ててまでも「巨悪」に立ち向かうために自分も罪を犯します…。
すべては日本でできた「大切な人が望んだ復讐のため」なのです。
失意のドルジの耳に、椎名の歌う「風に吹かれて」の鼻歌が聞こえ、椎名に出会う場面がドルジ目線で再び流れたとき、こみあげる涙が止まりませんでした。
全てを理解した上で考えると、あの出会いは偶然ではなく必然、一曲の音楽が導いた縁、神の意志であるような気さえします。
「外人だと分かったら俺のこと相手にしなかっただろ?」
と、ドルジが椎名に問いかけるシーンがあります。
この言葉にすべてが凝縮されています。
ドルジは肝心なときに言葉が通じなくて相手にされずミスをします、致命的なミス。ずっと悔やみ後悔しているんです。
椎名がドルジの正体に近づいてくるにつれ、衝撃に背筋がゾクゾクッとして身震いしました。
平凡で悪意のない椎名が暴いていくからこそ、真実の怖さが際立ちます。
『アヒルと鴨のコインロッカー』まとめ
ドルジはアヒルを自分、琴美と河崎と椎名を鴨と言います。
本作を観ると「アヒルと鴨」の違いがよく分かります。
そしてラストに出てくるコインロッカー。
椎名がコインロッカーに入れた「想い」は何だったのか。
「友情」だったり、「自由」だったり、「約束」だったり、「罪」だったり…観た人それぞれで見えた世界が違います。とても興味深い作品でした。
- 日本とブータンは確かによく似ている、それがトリックになるなんてアイディアが凄い
- モノクロとカラーの理解しやすい演出により、まんまと自然にミスリードにハマる
- 「そうだったのかー!」と構成の気持ち良さが身体を駆け巡るサスペンス
ドルジの行く末が気になる、尾を引く結末…。
観終えてもなお、心を掴んで離さない映画です!