【坂井真紀インタビュー】終末医療を扱う映画『痛くない死に方』での役作り、自身の死生観についても語る

【坂井真紀インタビュー】終末医療を扱う映画『痛くない死に方』での役作り、自身の死生観についても語る

(C)ミルトモ

柄本佑主演・高橋伴明監督の、在宅医療のスペシャリスト・長尾和宏のベストセラー「痛くない死に方」「痛い在宅医」の映画化『痛くない死に方』が2021年2月20日(土)に公開されます。

『痛くない死に方』は、日々仕事に追われ、家庭崩壊の危機に陥っている柄本佑演じる河田仁が、大病院でなく在宅医だからこそできる医療を模索し、人と向き合うことを実践していく成長物語。

この度、父親のために痛みを伴いながらも延命治療を続ける入院ではなく“痛くない在宅医”を選択したのに、父親が苦しみ続けてそのまま死んでしまい、自分を責める智美役を演じる坂井真紀さんにインタビューをさせていただきました。

『痛くない死に方』坂井真紀インタビュー

『痛くない死に方』坂井真紀インタビュー

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−−映画『痛くない死に方』は、在宅医療のスペシャリストである長尾和宏著のノンフィクション書籍 『痛い在宅医』と医療実用書『痛くない死に方』の映画化です。『痛くない死に方』のご出演が決まった時に、脚本を読まれた際の第1印象や、長尾先生の原作の印象をお聞かせください。

坂井真紀(以下、坂井)「ドキュメンタリータッチで丁寧に書かれていたため、これが自分だったらと考えずにはいられない台本でした。長尾先生の本も読ませていただきました。長尾先生も脚本に協力されているので、その原作を読むことで、社会にこういった問題が起きているということも学ばせていただきましたし、知人のそういった話を聞くことはあっても、実際に自分に起こらないと現実味がうすく、きちんと自分のこととしても社会の問題としても考えていかなければいけないことと思いました。」

−−高橋伴明監督との仕事はいかがでしたか?演じられた智美の父・敏夫の臨終のシーンなどは、かなりの緊張感があったと思うのですが、そこでの現場の空気感もお聞きしたいです。

坂井「佑くん(柄本佑)も本作のコメントで仰っていましたが、私も伴明さんの組に入れることはそれだけで嬉しく飛び込んで行きました。本作はとても繊細なお話なのですが、豪快で生命力がある伴明さんが死を題材に扱うという対比が、良い距離感と現場の集中力、緊張感を生んだような気がします。」

『痛くない死に方』坂井真紀インタビュー

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−−カットがかかったら緊張は緩みましたか?

坂井「緩まないです。緩められないシーンの連続でしたし、伴明さんは良い集中力を持って現場を進められます。」

−−高橋監督の演技指導はいかがでしたか?

坂井「細かく演出されるというよりは、じっとお芝居を見てくださり、おっしゃる一言が的確です。繊細な芝居が続くなか、伴明さんがドーンと構え力強く見てくださっていたので、安心してお芝居ができました。」

−−先ほど他人事に思えないというお話もありましたが、父を介護する女性を演じられるにあたって、意識されたことや、事前に調べられたことはございますか?

坂井「介護のやり方などはDVDで勉強させていただきました。あとは、長尾先生が現場にいらして下さったので、嘘がないよう事細かく相談させていただきました。ここは大丈夫だろうか?こういった表現でいいだろうか?など看病や介護の作業を詳しく聞ける長尾先生がいて下さったのでとても助かりました。」

−−嘘がないようにやるという意味ですと、要介護状態の父親役の下元史朗さんの演技も素晴らしかったです。下元さんとの親子の関係を築くに当たって現場ではどのようにすり合わせをされましたか?

坂井「史朗(下元史朗)さんは、高橋監督とは何度も仕事をされていて、信頼関係ができていたと思います。史朗さんは体の状態、病気の進行を的確に表さないといけないので、普通のお芝居よりも大変な状況で、息使いだけで相当な疲労です。ですから私は、史郎さんのその状況を精一杯受け止めることに努めました。そして、父親の体に触れるということはどういうことだろうか、そこから描かれていない親子関係も見えてきますから、正解のないことですが、体の触れ方は大事に演じたいと思っていました。」

−−お2人の介護シーンは、相手のリアクションを受けてリアクションを返していくようにしていたんですか?

坂井「そうです。台本に書かれていることを基本にして、それを忠実に表現して、でも書かれていることだけでは介護シーンは特にうまらないので、そこで起こることにリアクションをきちんとしていくことが大切でした。」

『痛くない死に方』坂井真紀インタビュー

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−−台本には事細かい点まで書かれていたんですか?

坂井「台本にはそこまで細かく書かれていませんでしたが、時系列はもちろん容態の変化はそれこそ長尾先生がいらっしゃったので、きちんと確認し把握してから演じました。」

−−高橋監督は現場ではどのような存在でしたか?

坂井「監督はとにかくテストでやったお芝居をよく見て下さいます。そして、多くを語るわけでなく、時々ぼそっと的確なことおっしゃってくださいました。監督が現場で役者のお芝居をじっと見てくださることは、役者にとってはとても安心するんですよね。監督のその眼差しに監督の存在の重みを感じていました。」

−−父親が他界した時に、智美が柄本さん演じる河田に「私が殺したんですか?」と訴えかけるシーンで、あの長回しで表情を映す中で、坂井さんは一回も瞬きをしていなかったのが、見ていて印象的でした。あのシーンの裏側を教えてください。

坂井「あのシーンは、まず佑くん側から撮って、その次に私の撮影という順番で撮っていたんですが、佑くん側を撮ってる間に、今までの智美の感情が溢れて涙が全部流れ出てしまったんです。感情を出しすぎたかなと一瞬思いましたが、でも、もう涙も枯れたというその状況がその時の智美の心情に一番近かったのかなと。瞬きをしていないのは自分では気付いていないんですが、何度も何度も泣き、泣き疲れた後の諦めみたいなもの、もしくはある種の怒りを表現できればと思っていました。」

−−撮影中、現場でカメラが回っていない時に起きた印象的なエピソードなどはありますか?

坂井「とにかく、暑かったのです。8月に一軒家でロケをしていて、何もしていなくても汗で衣装が濡れてきちゃうくらいの環境でした。でも、集中してお芝居をどんどん積み重ねていかなければならないシーンが続いてたので、暑いなんて言ってられなかったのですが、とにかく暑かったです(笑)」

−−父が要介護状態になるまでの智美の歩んできた人生や、そこまでの父との関係性、夫婦間に子供のいない理由などは、具体的に語られない状態で介護生活が始まるという演出になっていましたが、坂井さんが演じる上で智美というキャラクターはこういった過去があると決めていた部分はあったのでしょうか?

坂井「書かれてないその人の人生が掴めないとスタートが切れないので、そこは監督にもお聞きしました。智美は翻訳の仕事で、なるべく家をベースにして仕事をしていると監督から聞きました。子供がいない理由までは聞けなかったんですが、私自身で子供は作りたくても作れなかったのかなと仮定しました。父親に癌が見つかってからも割と時間が経っており、仕事と共に病気の父の看病をすることが生活の中心になっていると思いました。」

−−本作は言語化しづらい演技がたくさんあると思いますが、最後の方で成長を遂げた河田が改めて登場して智美に謝るというシーンがありました。あの謝罪を受けた時の智美の心情も言語化しづらいと思うのですが、坂井さんは智美はどういう心の状態だったと解釈されていますか?

坂井「あの時一番思っていたのは、『今さら何を言うんだ』ということでしょうが、しかし、謝りに来てくれたことには多少の敬意が生まれていたと思います。」

−−怒りと敬意をミックスした表情を作ろうとしたんでしょうか?

坂井「あの場面は色んな感情が入り混じった状態で、智美としても、相手を追い返すというような簡単な分かりやすい行動は取らないですし。やってきた河田を受け入れて、何を話に来たのかと思ったら、そんなこと(謝罪)か…という気持ちですね。」

−−本作は「死」がテーマで、中でも在宅医療、平穏死、尊厳死などがメインになっています。坂井さんの個人的なお考えとしては、ご自分やご家族の最期は在宅で迎えたいという想いはありますか?

坂井「私の想いというよりも、本人の想いに応えてあげたいと思います。」

−−劇中の智美の「心が痛い」というセリフに象徴されるように、『痛くない死に方』というタイトルには、身体的痛みだけでなく精神的痛みも和らげたいという想いがこもっていると思います。坂井さんは「痛くない死に方」、もしくは「尊厳のある死」とはどのようなことだとお考えですか?

坂井「病気による痛み、悲しみによる痛みなどは、死が近づくにつれて避けられないものになると思いますが、やはり孤独ではなく、家族に温かく見守られることが一番のような気がします。」

『痛くない死に方』坂井真紀インタビュー

(C)ミルトモ

−−本作も”痛い”描写はたくさんあると思いますが、それでもあえて『痛くない死に方』というタイトルが付けられている点に、メッセージがこめられていると思います。改めて坂井さんにお聞きしたいのですが、『痛くない死に方』というタイトルに込められた意味やメッセージはどのようにお考えですか?

坂井「本作タイトルの『痛くない』というのは、体の痛みだけではなく、ちゃんと心が安らいだ状態で死ねること、本人が納得し満足して悲しまずに最期まで生きることだと思います。」

−−最後に『痛くない死に方』の注目して欲しいポイントや、坂井さん自身が気に入ってるシーンがあれば教えてください。

坂井「奥田瑛二さん演じる長野先生はすごく理想の医者だなと思います。ああいう先生に出会え看取ってもらえたら理想的ですよね。この作品は柄本佑くん演じる河田という医師の成長物語でもありますが、奥田演じる長野先生はじめ、それぞれのキャラクターの人生の1ページが丁寧に描かれていると思いますので、観客の皆さんがどこに想いを寄せるのかそしてどこかに希望を抱いてくださるか、少しでも観てくださった方の未来が明るくなればと思います。両方他人事ではないように感じる作品なので、観客の皆さんにも自分にも関係していることだと思って見ていただきたいです。」

スタイリスト:梅山弘子(KiKi inc.)
ヘアメイク:ナライユミ
インタビュー・構成:佐藤 渉
撮影:白石太一

『痛くない死に方』作品情報

『痛くない死に方』

©「痛くない死に方」製作委員会

出演者:柄本佑、坂井真紀、奥田瑛二、余貴美子、宇崎竜童、大谷直子、下元史朗、大西信満、大西礼芳、下元史朗、藤本泉、梅舟惟永、諏訪太朗、田中美奈子、真木順子、亜湖、長尾和宏、田村泰二郎、東山明美、安部智凛、石山雄大、幕雄仁、長澤智子、鈴木秀人
監督・脚本:高橋伴明
原作:長尾和宏
プロデューサー:見留多佳城・神崎良・小林良二
制作:G・カンパニー
配給・宣伝:渋谷プロダクション
製作:「痛くない死に方」製作委員会
音楽:吉川忠英
撮影・照明:今井哲郎
美術:丸尾知行
録音:西條博介
編集:鈴木勧
助監督:毛利安孝
制作担当:植野亮
装飾:藤田徹
衣裳:青木茂
ヘアーメイク:結城春香
医療協力:遠谷純一郎、井尾和雄
公式サイトhttp://itakunaishinikata.com/

あらすじ


在宅医療に従事する河田仁(柄本佑)は、日々仕事に追われる毎日で、家庭崩壊の危機に陥っている。

そんな時、末期の肺がん患者である井上敏夫(下元史朗)に出会う。

敏夫の娘の智美(坂井真紀)の意向で痛みを伴いながらも延命治療を続ける入院ではなく“痛くない在宅医”を選択したとのこと。

しかし、河田は電話での対応に終始してしまい、結局、敏夫は苦しみ続けてそのまま死んでしまう。

「痛くない在宅医」を選んだはずなのに、結局「痛い在宅医」になってしまった。

それなら病院にいさせた方が良かったのか、病院から自宅に連れ戻した自分が殺したことになるのかと、智美は河田を前に自分を責める。

在宅医の先輩である長野浩平(奥田瑛二)に相談すると、病院からのカルテでなく本人を見て、肺がんよりも肺気腫を疑い処置すべきだったと指摘される河田。

結局、自分の最終的な診断ミスにより、敏夫は不本意にも苦しみ続け生き絶えるしかなかったのかと、河田は悔恨の念に苛まれる。

長野の元で在宅医としての治療現場を見学させてもらい、在宅医としてあるべき姿を模索することにする河田。

大病院の専門医と在宅医の決定的な違いは何か、長野から学んでゆく。

2年後、河田は、同じく末期の肺がん患者である本多彰(宇崎竜童)を担当することになる。

以前とは全く違う患者との向き合い方をする河田。

ジョークと川柳が好きで、末期がんの患者とは思えないほど明るい本多と、同じくいつも明るい本多の妻・しぐれ(大谷直子)と共に、果たして、「痛くない死に方」は実践できるのか。

『痛くない死に方』は、2021年2月20日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開です。